二十三話 「早く帰りたい……」
「え、コウジ君に倒された冒険者ランク1の真っ赤な女が『コウジって男の子がそれはもう物凄く強いんですよ! 決闘願いも討伐依頼もこれから増える逸材だと思うので申し込むなら早めにですよ!』なんて馬鹿な事を吹聴して、それを真に受けた阿呆の冒険者連中と意地汚い商人連中が納品依頼にやって来ているんですか?」
スズランを抱き抱えながらコラキさんの元へ向かうと、アオイロが俺の顔を見ながら過剰な反応をしてきた。
「説明どうも?」
「ナーン」
皮肉を込めて返すと、スズランも俺に追随した。
久しぶりにクリスタロスギルドへやって来たら知らない人達に囲まれた。
決闘のお誘いやら、クエストの依頼やら、よく分からない団体への誘致やら様々な用件を捲し立てられたが無碍にする訳にもいかず困っていたらスズランが俺を助けに来てくれた。
「コウジ君ってやっぱ人気なんですねー」
「どうして顔は笑っているのに目は笑っていないんだ……?」
「嫉妬です」
「全員名前も知らない奴なんだよな……」
ギルドに入るや否や「あー!!! やっと来た!!」と叫んで走ってきた真っ赤な女は一応面識があるが、それ以外の奴等は見た事も無かった。
真っ赤な女は何故か弟子入り志願もしてきた上に、何度断っても諦めない性質の悪い奴だった。しかも名前を聞いても名乗らない。
俺あいつとちょっと前に公園で結構真面目な命の取り合いをしていたよな……?
冒険者って奴は行動力が優れているのかもしれない。
「ふっ、コウジ君ってやっぱ人気なんですねー」
「鼻で笑いながら言うなよな」
俺の手のひらより少し大きいくらいのサイズの小人になったアオイロを叩き潰してやりたいところだが、コラキさんの肩上という安全地帯に居る為に手を出せない。
「ナーン!」
「ぐぇ」
俺に抱えられ伸びていたスズランの頭から凄まじい勢いで蔓が伸び、コラキさんの肩でふんぞり返っていたアオイロが絡め取られた。
「よくやった、スズラン」
「ナーン」
首元を撫でてやると、スズランは身体をくねらせながら嬉しそうに鳴く。
「あの…………。お帰りなさい、コウジさん」
スズランの蔓で締め上げられたアオイロが伸びると、それまでこちらの様子を伺っていたコラキさんがそう口にした。
「ただいま……です。ご心配をおかけしました」
やっと知っている人と普通に話せるという安堵から敬語を忘れかけたが、直ぐに修正する。
「いえ、無事に帰ってきてくれて良かったです。……逆にわたしが謝りたいくらいです。お出掛けした後に襲われたとアオイロさんから聞いていたので。それに、図書館で話をした後のコウジさんは心配になるくらい放心していましたし……何かしてしまったのではないかなと……本当にごめんなさい……」
ポツポツと降る雨のように少しずつゆっくりとコラキさんが紡いだ言葉が湿り気を帯びていく。
俺の目を捉えていたコラキさんの瞳は、言葉と共に俯いていき、カウンターに雫を垂らす。
「え、あ、待ってください! コラキさんが悪い訳じゃないですから! 俺が悪いというか、独り立ち出来ないあいつが悪い……っていう訳でもないけど! コラキさんは全く悪くないですから!」
慌ててしどろもどろになりながらもコラキさんにフォローを入れる。
「ナ~ン」
「ゴギュゴギュ」
俺の動揺を察したスズランは地面に降り、泥んこがスズランを迎え入れる。
二匹の召喚獣に持ち前の可愛さで場を和ませてくれる事を少し期待したが、「やれやれ」とでも言いたげな視線を向けた後に、気絶したアオイロを連れて何処かへ行ってしまった。
「えー……」
「コウジさん」
どうしようか悩んでいると、コラキさんの同僚のレイラさんがニコニコとした表情を浮かべながら近づいて来て俺の名前を呼ぶ。
「一体何をしたのカナ?」
瞳は全く笑っていなかった。
―――――
「やっぱ外に出るべきじゃなかった……」
「なに引き籠りみたいな事言っているんですか」
あの後、レイラさんに面談室に連れて行かれた。
切れ長の瞳は固定したままでニコニコした表情を顔に張り付け、機械的な質問を繰り返すレイラさんに怯えながら、言える範囲で全部話した。
――何があったのですか。
――どうしてコラキちゃんは泣いているのですか。
――普通にお出掛けしていただけなのですよね。
――ここ数日何をしていたのですか。どうしてギルドに来なかったのですか。
――何かがあったという事ですよね?
言葉を詰まらせる度に壊れた音源みたいに無限ループで同じ質問をされたが、肝心な事は何も話せなかった。
言っても大丈夫な事と駄目な事の境界線が分からない。
俺が探しに来た女の子――アズモが異形化して天災となった事を聞いた。
それがあまりにも辛くて気が気でなくなった。
何も手につかずフラフラと趣くままに歩いていたら寂れた公園に辿り着き、そこで出会った奴に竜と関わりがある事を知られたのでこの街から逃げ出そうとしたが、相手がそれを許してくれなかった。
その戦いの最中、俺もアズモのように異形化してしまいそうになった。
ありのまま全部言えたら楽だったのだろうが、言える訳がなかった。
大事な事は全部、秘密。
時が来たら言うつもりだが、今は口が裂けても言えない。
この世界では今、竜に対する風当たりが信じられない程強い。
「地球だと竜は強くてかっこよくて、ゲームの定番モンスターだったりしたのにな……」
過剰な力を持った生命体は、平和な世界では好まれない。
「魔物の世界だとコウジ君が今言った認識で合っているんですけどね」
「ほんとか……?」
「勿論過去に色々やっていたので、全員が歓迎している訳ではないですけどね。それでも功績の方が大きいので」
「早くスイザウロ魔王国に帰りたい……」
肩に座って目的地への道を示すアオイロの甘い囁きに溜息が漏れた。
この世界に来てから、辛い事に会ってばかりだ。
魔物の世界で人間であった俺が普通に受け入れられていたから、人間の国でもどうにかなると思っていた。
というか今の俺は、心も身体も立派な人間……なはずだ。
それなのに、ここはとても生きづらい。
人間の国を出たら少しは良くなるだろうか。
色々な覚悟を決めてこの世界に戻って来たはずなのに、そんな淡い期待を持ってしまっている。
アズモにもう一度会いたかっただけなのにな……。
「じゃあ帰りましょうよ。このクエストを終えたらこの国に留まる必要なんてもうないですし」
「ああ……。このクエストが終わったら俺は絶対に魔物の国に行く」
頭を振り落ち込んだ気持ちを無理矢理追い出す。
ようやく、受けたかったクエストを受ける事が出来た。
ゲトス森の調査クエスト。
まことしやかに囁かれる情報が事実なのかを確かめに行くクエストだ。
クリスタロスの近くにあるゲトス森に竜が住み着いたとされる噂。
目撃者が複数おり、今までに噂の真偽を確かめに行った冒険者はみな調査に失敗し、命からがら帰って来た。
俺がこの世界に戻って来て初めてあった人達、トガルさんとリイルさんもそのクエストを遂行している真最中だった。
二人は、本来なら森の奥深くに住んでいるとされるモンスターに襲われており、俺が駆け付けるのがもう少し遅かったらどうなっていたか分からない。
曰く付きのクエストだ。
このクエストに関しては俺も思う所がある。
この世界に戻って来た初日に俺はゲトス森の真上を飛行していたが、噂される存在の姿を見ていない。
もし本当に竜が森に居るとしたら、空からでもその姿が認識出来ていたはずだ。
しかも、噂の竜は雹水竜と呼ばれており、辺り一帯を凍らす力を持っているとも言われているが、そのような物も俺は見ていない。
正直、眉唾物だと思っているが、竜と言われている以上、確かめないと気が済まない。
「あ、止まってください。この下にある湖が件の場所です」
「ここがか」
頭ではよく分かっているはずなのに、何故か心はワクワクしていた。
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