二十二話 「誰かが私の事を噂しているようですね」


「クシュン! ……おや、誰かが私の事を噂しているようですね」

「ナ~ン~」

「ゴギュ……」


 ギルドにある一番綺麗なテーブルの上を三匹で陣取り、カウンターの方を眺めていた。


 スズランは欠伸をしながら身体を伸ばし、泥の子はギルド内を見回し呆けている。

 二匹共暇そうだった。


 かく言う私もテーブルに座り込み、カウンターを眺め続けているだけだった。

 原因は私達の主人にあたる青年にある。


「知らない所でどれだけ人間と交友を深めていたんですか……」


 今日はコウジ君が久しぶりにギルドへやって来た。

 色々あって萎えて部屋に引き籠っていたコウジ君だったけど、ようやく立ち直ってくれた。

 毎日悪夢を見て、誰かの名前を叫んで、狂ったように電子媒体を弄り続けているコウジ君を見続けるのは少しだけ辛かった。


 私の言葉なんて意味ないから、ただ眺めているだけ。

 コウジ君は自分で勝手に立ち直って外に出て来た。


 ……私の時もこんな感じだったのかな。


「ナーン~~~!」


 ふと昔の事を思い出して柄にも無い事を考えてしまっていると、痺れを切らしたスズランがテーブルを飛び降りる。


「ギュッ!?」


 急にコウジ君の元へ行ってしまったスズランを泥の子が慌てて追いかける。


 昔の私の身体のようにビチャビチャで纏まりの無い身体を器用に動かして人の溢れているギルド内を動き回る。

 猫の姿をしているスズランはまだしも泥の子の方は、人間に受け入れられるような姿をしていない。


 この世界に居る人間は、地球の人間よりも未知な物に対する耐性が強いがそれでも限度がある。


 驚く人間や、気味悪がって引いていく人間達に混じって、武器を構える人間がちらほら。

 人間は自分達とは違う生き物の命を簡単に奪おうとする。


「人間に擬態すればいいのに」


 テーブルの端に座って足をプラプラさせながら泥の子がどうするのかを見守る。

 助けたりなんてしない。

 泥の子は人間に殺される程弱くないし、今の私は誰かを助けられる程強くない。


 泥の子の進路を読んだ冒険者が槌を振り下ろす。

 斬撃音も打撃音も、断末魔も何も聞こえなかった。

 泥の子の身体に触れた斧が泥に絡め取られている。


 槌は柄の部分だけ残し溶けて消えた。

 ちょっとした魔物の骨なら造作もなく砕いてしまいそうだった金属部分は全て泥に吸収されたのだ。


「う、うわっ!?」


 自分から襲い掛かったはずの人間が腰を抜かして地面にへたり込み、被害者面をしている声が聞こえた。

 泥の子はそんな人間の事なんて全く気にせずにスズランを追いかける。


「うーん。やっぱ弱いのはそれだけで罪ですねー」


 錬金土嚢れんきんどのう

 泥の子の種族はそう呼ばれる。

 泥にしか見えないため襲われる事も少なく、土を食べているだけで生きていく事が可能なので他の種と戦う事も無い温厚な魔物。


 繁殖力も中々のものだったのである時はそこら中に沢山居たが、その有用性から人間や魔物から乱獲され瞬く間に数を減らした希少魔物。


 無機物の物をいくらでも身体に取り込み、その取り込んだ物でモノづくりをするという創造性からその名がついた。

 指輪やネックレスなどのアクセサリーから、剣や斧などの武器、袋やロープなどの道具、個体によっては家屋や畑を作ったりする事もある。


「ギュギュ」


 今、スズランの足元に広がりカーペットのようになっているアレも一応はレアモンスターである。

 錬金土嚢という種族全体で見てもアレは抜きん出ている。


 彼女はこのクリスタロスという街の原型を作ったのだからそれはもう私達の仲間になるのに相応しい実績を持った魔物だ。


「ナーン!」

「グギュウ……」


 人間に囲まれたコウジ君にこれ以上近づけないと察したスズランが腹いせに泥の子を引っ掻き、泥の子が申し訳なさそうな声を捻りだす。

 錬金土嚢は様々な物を作り出せる種族ではあるが、それ自身は物を作れる泥という不思議生き物でしかないので他の生物なら当たり前に出来るという事が出来なかったりする。


 足が無いので歩く事が出来ず、翼が無いので飛べない。

 勿論泳ぐ事も出来ず、口も無いので話す事も苦手。

 あの声のような音は、自身の身体を楽器のように変化させ空気を送り出す事でなんとか捻り出した音。


「ゴギュ……」


 また泥の子が声を絞り出した。


「人間化を覚えればいいのになんでやらないのでしょうかねと」


 まだ幼いスズランはまだしも泥の子は人間になれる術や可能性はあるはず。

 人間になりたくない理由でも……?


 同じようなハンデを背負っていた私には分からない感情。

 快適に過ごせるようになるなら姿形は変えるべき。


 ……まぁ、私の時とは時代が違いますけどね。


「さてと、そろそろ私も動きますか」


 コウジ君は病み上がりだ。

 知らない人と仲良くなったり、話したりするのが得意なコウジ君だけど、元々の彼はそんな社交的な子では無かった。


 人間よりも動物や虫、花……それから変な生き物と戯れる事が好きだった内気な子だ。


 あの親しみやすさと人付き合いの上手さは、生きやすいようにと私が便宜を図った結果、身に着いた後天的な物だ。


 テーブルから飛び降り、地面を歩き、スズランの背に飛び乗った。


「ナーン?」

「こういうのは遠慮してはいけないんですよ。思い切って上から行ってみましょう」

「ナーン!」

「ゴギュ!?」


 スズランが地を蹴り飛び上がる。

 人間の背丈を軽く超え、天井から吊り下がっている質素な照明具に飛び乗った。

 ガランガランと揺れる照明からコウジ君の位置を把握し、狙いを定める。


「ギュギュウ!?」


 下を見ると、スズランの左後ろ足に捕まる泥の子の姿が見えた。

 コウジ君の配下勢揃い。


「――という訳でですね! 考えを改めたんですよ私は! やられて目が覚めたって奴ですね! 是非、私を弟子にしてくださ……!?」

「ナーン!」

「ギュ!」


 スズランが赤色の女の顔面に着地し、少し遅れて飛んで来た泥の子が赤色の女を下敷きにする。


「わ、わーっ!? なんかこの展開見た事ある! というかこれやばいやつだ!」


 下敷きにされた真っ赤な女が喚くが、私達魔物はそんな物には耳を傾けない。

 利己的で独善的なのが私達配下の共通点。


「スズラン!?」

「ナーン!」


 真っ赤な女に言い寄られていたコウジ君が私達に気付いた。

 コウジ君を囲っていた人間達も三匹の魔物が登場した事に気付き、少し距離を取る。


 コウジ君を含め皆一様に驚いていたが、カウンターに居るコラキという上位種の女だけは安心したようにホッと胸を撫でおろしていた。


 自分自身でどうにか出来る力は持っているはずなのに、怯えて何もしない鳥獣人族の女。

 恵まれた種族に産まれた癖に願うばかりで何もしないあの女が私は嫌いだ。


 昔の私だったら考えるまでもなくあんな奴は殺して、その力を自分の物にしていた。


「ナーンナーン」


 スズランがこれ見よがしに、コウジ君の足元に首を擦りつけ構って欲しいアピールをする。

 コウジ君の頭に着地していた私はそれを眺めながら「こちらの魔物は良い感じにふてぶてしくなりましたね」なんて考えていた。


「ほったらかしにしてごめんな、スズラン」

「ナーン~」


 スズランはコウジ君に抱きかかえられ首元までやってくると、白い耳の間から花と蔓を物凄い勢いで出して頭の上に陣取っていた私を弾き飛ばした。


 うーん、解せない。

 その猫は愛らしく見えるだけで中身は花の化け物ですよーって言って信じてくれる人はこの中に何人居るだろうか。


 高速で花をしまったスズランにやるせない気持ちを向けるが意味なんか無い。


「……っ!」

「あ、こりゃどうもです」


 飛んでいる私を誰かが掴む。

 私の飛ばされた方向に居たのは受付嬢の……。


「い、いえ。気にしないでください」


 私の嫌いな女だ。

 コラキという女はおどおどした様子で、私をカウンターの上に下ろす。


「助かりましたよ。命の恩人って奴ですね。この世界にそんな慣用句があったか分からないですけど。まぁでも命の恩人ついでに、ちょっと教えてくださいよ」

「は、はい……。私に答えられる事であれ、ば……」


 コラキという女は眼鏡の奥の瞳を揺らめかせながらそう言った。

 コウジ君に出会ってから少し強くなったと思っていたけど、私に対してはまだそんな事なかったようだ。


 どうやら私は警戒されているらしい。

 これも解せない。私はスズランなんかよりも可憐で話の通じる魔物なのに。


「それじゃ一つ。どうしてコウジ君はこんなに人気者になっているんですか?」


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