七話 ストーカーと一夜を過ごすって怖すぎないか?


「一日目からめっっっちゃ疲れたな!」


 借りた部屋のベッドにボスンと身体を預け、大きく伸びをした。

 異世界で宿泊施設に止まるのは初めてだったので、どんな感じなんだろうとワクワクしながら入ったが、普通のビジネスホテルとなんら変わらなかった。


 白を基調とした簡素な部屋を見渡すと、デジタル時計が23時を過ぎている事を告げていた為、もうそんな時間になっていたのかという驚きと共に今日一日の疲れがどっと来た。


 学校でアズモと異世界の事を思い出して、アオイロと死闘を繰り広げて、昼くらいにこの世界にやって来て、冒険者を襲っていた熊を倒して、クリスタロスという冒険者街にやって来て、倒した熊の換金をしようとしたらレイラさんの圧に負けて冒険者登録をする事になった。

 なったのだが、何故か冒険者登録を担当してくれたコラキさんとその場の勢いで空中散歩に行く事になり、街の上空を飛び周り、軽く空の飛び方を教えた。


 途中でリイルさんを待たせている事に気付いて直ぐにギルドに戻った。

 物凄く処理を端折りまくった超簡易的な事務手続きを済ませ、リイルさんと合流。

 倒した熊を換金して得たお金を折半してトガルさんに会いに行き、そのまま夜飯へ。

 大衆的な居酒屋に入って、出される料理に舌鼓を打ちながら酔っぱらったリイルさんからトガルさんとの馴れ初めを聞いていた。


 酔い潰れたリイルさんを、足を怪我したトガルさんがキレながら持って帰った。

 別れ際にお勧めのホテルをトガルさんから教えてもらい、取り敢えず一週間分の部屋代を払い今に至る。


 ……怒涛の一日だった。

 一日一日を全力で生きるというのは良いと思うが、こんな生活を送っていたら絶対何処かで身体が持たなくなる。

 そうなる前に何処かでセーブするようにしなくては。


「はぁはぁ……コウジ君と同衾…………」

「……」


 部屋に入ってからというものアオイロがずっとこんな調子だ。

 鼻息を荒くして、目を血走らせながら俺へ熱い視線を向けて来る。


 様々な悪事を働いていたアオイロは完全に支配下に置き、元の身体を奪い保管し、僅か15cm程の花の小人へ姿を変えた。

 何がどうなっても間違いなんて起こらない。


 ……起こらないはずなんだが、ストーカーと一夜を過ごすって怖すぎないか?

 一日も経っていないのに、なんか花の身体に順応してきているし。


「……出てこいスズラン」


 怖すぎるので、信頼している召喚獣を呼ぶ事にした。


 召喚獣の名を呼ぶと赤色の魔法陣が床に現れ、白い煙をモクモクと吹き出す。

 煙は直ぐに晴れ、陣から召喚獣が現れた。


「ナーン」


 陣から出て来たのはやけに鼻に掛かった声で鳴く一匹の白い猫。

 元々は一輪の赤い花だったが、球根を触媒に召喚したら白猫になった。


「夜だけでもこいつをスズランの居る所に隔離してくれないか……?」

「ナーン! ナーン!」

「そっか……」


 スズランは頭を横にブンブンと振って、俺の願いを拒否した。

 まあ、結果がこうなるのは分かりきっていた。

 何故なら、俺がアオイロと片時も離れずに過ごしているのは、こんな風にスズランに拒否されたからだ。


 異世界に行く。

 その為にはアオイロの力を借りる必要があったが、異世界に来た後はわざわざ危険な事をしでかすかもしれないこいつを出しておく必要は無い。

 その為スズランに「アオイロをスズランのいつも居る空間で預かっていてくれないか?」と言ったが、スズランはそれを拒否。


 どうしてもアオイロを自分の住処に置いておきたくないらしい。

 でも気持ちは分かる。俺だって嫌だ。


「安心してください。私は何もしません」

「嘘吐くなストーカー」

「本当です、私を信じてください! ただちょっとこの身体で子を生せるか試してみようとしているだけです! ただそれだけなんです!」

「しっかり駄目な事考えてんじゃねーか!?」


 俺はストーカーの生態に詳しくないから分からないのだが、普通のストーカーってこんなに手を出してこようとしてくるものなのだろうか?

 見ているだけに留めたりするもんじゃないのだろうか?


「頼むスズラン。俺が寝ている間こいつを拘束して見張っておいてくれ」

「ナーン」


 今度は首を縦に振るスズラン。

 スズランは頭から赤い花を生やしていき、太い蔓を顕現させる。


「ナーン!」


 蔓をアオイロに向けて放った。


「その手は食らいませんよ! これからの二人の未来が懸かっているんです!」

「そんな未来捨てちまえ」


 丸テーブルに立っていたアオイロは部屋を駆け回り、スズランの蔓に捕まらないようにする。

 スズランとアオイロの鬼ごっこが始まった。


「動きが単調なんですよね! もっとねっとりしてなきゃ私は捕まりません!」

「ナーン!」

「動きに感情を孕みすぎです! 何を狙っているのか丸わかりです!」

「ナナナーン!」

「家具だけは壊さないように気を付けてくれよ……」


 部屋を駆け回る小人と猫。

 ドタンバタンという音を立てずに部屋を駆け回るのは流石と言うべきなんだろうか。


「……風呂でも入るか」


 部屋には冷蔵庫、空調、洋服ダンスといった物が備え付けられており、トイレと風呂は別だった。

 熊を換金したら半年分くらいのバイトの給料と同等くらいのお金を貰えたので、一週間分の部屋代を一気に払ったが、この部屋だったらずっと使い続けても良いかもしれない。

 生活必需品が揃っていて、部屋がよく掃除されている。

 ちょっと狭いような気もするが、一人と二匹で過ごす分には構わないだろう。


 適当な服屋で買った下着を持って浴室に入る。

 身体を洗っている内に浴槽にお湯を張り、浸かれるようにしておく。

 いつの間にかこびりついていた液体やら、熊の臭いやら、香水の匂いやら、酒の臭いやらが取り除けるようによく身体を洗った。


「今日もちゃんと男だ」


 最後に泡を流して鏡に映った自分の身体を眺めて、風呂に浸かった。

 アズモの身体に憑依……女の子の身体を長い間体験していたせいか、毎日自分が男であるかどうか確認して安心するという癖が付いてしまった。


「それにしても、あいつらが大きくなる前に自分の身体に戻れて良かった……」


 寮の大浴場で友達や上級生の裸を見ながら風呂に浸かるのは、なんと言うか、とにかく大変だった。

 小学生しかいない空間でも大ダメージを受けていたのだから、あいつらが高校生とかになっていたら大変だっただろう。


 竜王家の女連中とか皆色々デカかったしなあ……。


 なんて事を考えながら両手でお湯をすくい、顔に当てる。


「あいつら元気かな……」


 この世界で出会った友達の安否が気になる。


 俺が日本に戻ってからどれくらいの時が経ったのだろうか、その間にどんな経験をしたのだろうか、成長したあいつらはどんな姿になっているのだろうか。

 アズモに会いたいと気持ちが一番強いが、勿論他の奴等にも会いたい。


 逸る気持ちのまま、大空を翔けて会いに行きたい気持ちに駆られるが押さえ込む。

 あの国がどの方向にあるかも今の俺には分からない。


 現在位置の確認。

 あれから何が起こったのか。

 アズモは何処にいるのか。

 過去にこの世界では何があったのか。

 他にも言葉が読めるように勉強する必要や、この世界で生きていくために金を貯めたり、常識を身に着けたりする必要もある。


 問題は山積みだ。

 一つずつ確実に問題を熟していってアズモに会いに行く。


「待ってろよ。絶対会いにいってやるからな」


 浴槽でこれからやる事の精査をして、気持ちを新たに改めた。

 風呂から上がり、栓を抜いて身体を拭く。

 服を着て、髪を乾かして、部屋に戻った。


「ナーン」

「おー、スズラン」


 浴室から出ると、スズランがやって来たので抱き上げて撫でる。


「なんだこれは……」


 目を細め気持ち良さそうにするスズランを抱えながら戻ると、部屋が凄い事になっている事に気付いた。


 天井からぶら下がる緑色の丸い何か。

 その何かは蔓で出来ていて、蔓の奥から何者かがドンドンと叩く音が聞こえる。

 アオイロとスズランの鬼ごっこがスズランの勝ちで終わったようだった。


「よくやったなスズラン。これで安心して眠れる」

「ナーン」

「……ところで、この蔓は消えるんだよな?」


 スズランはその質問には答えずに、顔を俺の胸にすりすりしてくるだけだった。




――――


七話載せるの忘れていました。

本当に申し訳ないです。

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