六話 「空の飛び方を知りたい!」
「ちっ、翼持ちが……」
「すみません、すみません!」
お母さんにぶつかった男が難癖を付け、お母さんが謝る。
男はお母さんに罵倒を散々浴びせると満足したのか去って行った。
よくある日常の風景。
わたしはそれを弟の手をギュッと握りながら眺めていた。
「待たせてごめんね、じゃあ行こっか」
「うん……」
お母さんの細い手が空いている方の手を握りしめる。
肉が全然付いていない白くて細すぎるお母さんの手。
わたしはその手から伝わる温もりが大好きだった。
「どうしてママが謝るのー?」
まだ幼い弟が疑問を口にする。
「有翼種だからね」
「ゆうよくしゅ?」
「ママ達みたいに翼がある人達の事を言うのよ」
「翼? これがあったらダメなの?」
「うん、そうだよ」
どうしてぶつかられたお母さんが謝らなきゃならないのか。
かつてわたしもお母さんに投げた事のある疑問。
「だって悪い事をしているドラゴンさん達と同じ物を持っているなんて不気味でしょう?」
翼を持っているから謝るのはわたしたち。
早い内からそう擦り込んでおかなければ、生きづらくなる。
……昔から風当りは強かったが、最近は更に酷くなった。
竜による天災が最近また生まれた。
竜の一家が国を巻き込んだ内乱を始めた。
それまでメディアで人間の理解者面をしていた白竜がテロ行為を行っていた事が発覚した。
原因を挙げていけばキリがない。
――わたしたちの種族は鳥獣人族という。
竜なんて大したものではなく、ただの鳥。
昔、まだ人間と魔物が戦っていた時代では、大空を翔けるわたしたち鳥獣人族は同じ戦場で戦う人にとっての希望だった。
大きな黒い翼で戦場を舞い、風切羽を飛ばして敵の攻撃・誘導、遠くまで響く声で味方を元気付ける。
魔族、悪魔、魔物……敵には翼を持った種族が多かったが、人間側で飛べる種族は少ない。
遥か上空から一方的に攻撃してくる翼持ちの敵は恐怖の象徴でしか無かった。
その為より一層、鳥獣種は求められた。
戦場になくてはならない英雄のような存在だった。
……だけど、戦争が終わったらそんな英雄は不要になる。
人間と魔族の膠着していた戦争はそれまで静観を貫いていた竜の加入により終わりを告げた。
突如として戦場に現れた二体の竜が人族も魔族も関係なく等しく殲滅する。
その姿はまさしく天災そのものだったと後世に伝えられた。
その竜に翼があったからなのだろうか。
かつての英雄に対する扱いは目も当てられないものになった。
特に黒と灰。その色を持つ有翼種に対する扱いが群を抜いて酷かった。
最近の情勢を鑑みるに、これからは白い有翼種も嫌われていくのだろう。
当時十五歳だったわたしは自分達の種族が嫌われている事を理解していた。
それでも、納得はしていない。
どうして何百年も前の事をいつまでも引きずり続けるのか。
わたしたちの種族は翼があるだけでもう飛んでいる者は少ない。
飛んでなければ戦う意思もないのだから怖がられる筋合いもない。
きっとこんなのは昔の偉い人が英雄から反逆されるのを恐れて枷をつけた結果に過ぎない。
だってそうだよ。現に戦場を駆けた勇者の一族も……。
学校で歴史を習っていただけのわたしが気付けたのに、どうしてみんなは気付かないの?
竜なんかよりも圧倒的に人間の方が――
――それを裏付けるように、初めて触れた竜の手はとても温かった。
―――――
「と、と、飛んでるぅ~~~!!!?」
コラキさんが絶叫をあげる。
足をバタバタさせ落ちないように踏ん張っていた。
「人にこの姿を見られたら不味いのでスピード上げますね」
「ひ、ひ、ひゃああああああ~~~~!」
コラキさんの悲鳴を聞きながら上昇する。
その間、色々な考え事をしていた。
まず、今日一日で分かった。
ここは人間の国だ。
魔物っぽい人が一人も居ない。
魔物の国だったら、こうして街の中を無許可で飛んでいるのがバレてしまうと警察に追いかけ回されるが人間の国ではどうなんだろうか。
……分からないが、視認される前にさっさと上空に上がってしまえばこっちのもんだろう。
幸い、陽の光はもう消えており、今日は月も出ていない。
眼下には派手な明かりで照らされた街。
地面を歩く人間は目を凝らしてやっと見える程度。
「ここらで良いか」
「はぁはぁ……もうむりですー……」
ある程度の高さまで上がり上昇を止めると、俺に抱えられたコラキさんはぐったりとしていた。
「もう大丈夫ですよ。ここからはゆっくりと飛ぶんで」
「……ほんとですか?」
訝しげに聞かれたので、ゆっくり飛んでみせて安心させる。
するとだんだんコラキさんは俺に身を任せ始めた。
そのままお互い喋らずに数分飛び続ける。
「…………竜、だったんですね」
街壁の縁に沿って飛び続けていると、コラキさんが言葉を口にした。
「偽物の竜ですけどね」
「どういうことなんですか……?」
「うーん……まあ、竜みたいなもんです。話すと長いので今はそれでどうにか……」
説明が難しくて伝えるのが難しい。
というか、自分でもいまいち分かって無い。
そんな思いが伝わったのか、それ以上聞かれなかった。
また無言で暫く飛び、やがて街壁の上でコラキさんを下ろした。
「話には聞いていたけど、上の方ってこんなに風が強かったんだ」
外壁の上を歩くコラキさんが、風で乱れる長い黒髪を押さえながら感慨深げに呟いた。
「本来なら、わたしはこんなことすら知れずに死んでたんだ……。翼があるのに、ない人達みたいにずっと、地面を、歩いて……」
「…………」
コラキさんの瞳に薄っすらと涙が溜まっているように見えた。
「俺のこの翼を見てどう思いますか」
コラキさんの正面に降り立ち、黒い竜の翼を広げる。
そしたらコラキさんも、黒い鳥の翼を広げた。
濡れたような艶やかさがある黒い羽で構成された、綺麗な鳥の翼。
コラキさんは広げた翼を自身の目の前に寄せ、触れ抱きしめる。
「……全然似てない。…………ほんとに、なんでだろ、こんなに、似てないのに」
アオイロの言う通りだった。
この世界では竜に似ていると忌避される。
でも、そうか……竜ってそんなに嫌われているんだな。
こうして似ているだけの人の人生がめちゃくちゃにされるくらいには。
ここで活動するのなら、魔物の力を見せては駄目だ。
……一日目に気付けて良かったな。
それと、あの家族に会うのなら、昔あった事を知る必要がありそうだ。
字が読めないとか言っていないでこの世界の事を勉強しなければ。
ただ、今は――
「俺と一緒に魔物の国に行きませんか? あそこなら、翼を持っている事を理由に迫害される事なんて無いです」
俺が六年間過ごした国ではそこら辺を色んな奴らが飛び回っていた。
「……わ、わたしは! 空の飛び方を知りたい! こんな狭い檻から飛び出したい! もう誰かから嫌な目に遭わされるのもやだ! ……だから! だからどうかお願いします! わたしをこんな場所から連れ出してください!!!」
旅の仲間が一人出来た。
「そうと決まれば善は急げですね! まずは何からしますか竜さん! ……ただ、出てく前にわたしたち家族にちょっかい出した屑共を……。ふふ、ふふふ…………」
闇が深そうな仲間だった。
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