八話 「読めるやつ、読めるやつは……」
「改めて冒険者について説明をします」
「はい」
クリスタロスギルド内、プライベートルーム。
向かい側に座ったコラキさんが黒縁メガネを掛け、資料を手にしながらそう言った。
俺はそれに頷きながら、資料に目を通す。
予想通り、単語が少し読める程度で何て書いてあるのかが全然分からない資料だった。
まるで英語長文をやっているようだ。
「昨日は結局、仮の仮の仮登録って感じだったので今日は登録もします」
「はい」
「これをする事で各種サービスを受けられるようになります」
「はい」
「これが本契約書になります」
「はい」
「ついでにわたしも登録してコウジさんについて行きます」
「はい。……はい?」
読める単語が頻出している分なら読めなくも無いか……?
なんて考えながら資料を読んでいると、コラキさんが変な事を言った気がする。
思わず資料から顔を上げてコラキさんに顔を向ける。
コラキさんは片手で眼鏡をクイっと上げ、柔らかく微笑んだ。
「冒険者業と受付業を兼任しようと思います。その方が後々色々と楽になりそうだと考えたので。それに戦力は多いに越した事はないですよね」
「なるほど……」
あれ、キャラ変わったか……?
昨日少し喋った程度の仲だが、こんな事を言うような人だったっけ?
もう少しおどおどしていて頼りなさそうなお姉さんだったような。
というか昨日は眼鏡を掛けてなかったよな?
「という訳で、よく読んでからここにサインをお願いします」
「あっ、はい。……すみません、サインする前にこの紙に何て書いてあるのか読んでもらってもいいですか?」
例に漏れず、コラキさんが差し出してきた紙もなんて書いてあるのかが読めなかったので代読を頼む。
本当ならそんな手のかかりそうな事はコラキさんじゃなくて、アオイロに頼みたいところなんだが、今朝アオイロの救出に失敗したので宿においてきた。
スズランがアオイロをグルグル巻きにし過ぎていたせいで蔓ボールから取り出せなかったのだ。
今頃、部屋ではスズランがアオイロの救出作業に取り組んでいる事だろう。
「そのくらいいいですよ。……では失礼して」
コラキさんは俺の申し出を了承し、ペンで読む場所を示しながら読んでくれる。
「……クリスタロスギルド、ギルド登録同意書・申請書。先に同意書からになります。私は以下の事項に同意します――」
――同意書は日本で目にしたような同意書と同じような内容だった。
身分証明書を取得する目的での登録では無い。
満十五歳以上の健康的もしくは冒険出来ると認められた者である。
既に冒険者登録を此処、もしくは他の場所で行っていない。
ギルド規則に触れるような事を行った場合除籍される事を理解している。
所属ギルドから緊急依頼が発令された場合、優先して緊急依頼に取り組む。
……などという文言が続いた。
コラキさんが読み上げる文字を頭の中で反芻し、頷きながら聞いて行く。
とは言えどれもギルドで冒険者をやるのなら当たり前だよなと思える事柄が続く。
ただ、勿論、そんな事が書いてあるのかと思えるような事も書いてあった。
「上記全てを守る上、業務中に起こる事故・事件等による怪我もしくは死亡をしても自己責任である事を理解し、当ギルドに賠償請求を行わないと誓う」
「……」
物騒な事が書いてあるが、当然の事でもある。
冒険者業は危険を伴う仕事だ。
魔物との命を賭けたやり取り、ダンジョンでの罠、特殊地形による災害。
俺はそれら全てを見たり聞いたり体験したりして知っている。
だが、それら全てのリスクを負ってでも冒険者という職業には惹かれる理由がある。
魔物素材・食料の納品、クエスト攻略から得られるお金。
レア素材による一攫千金を夢見て冒険者になる者も多いだとか。
実力の伴っていない冒険を行う冒険者からギルドを守る為の保険……が必要になるのも道理か。
かく言う俺も、金が目当てある。
アズモに会いに行く、その目的を達成するにもやはり何かと金が必要になる。
普通に仕事をして稼ぐには時間が掛かり過ぎる。
俺にとって冒険者という職業は目的を迅速に達成する為の手段として優秀。
「――以上です。もう一度聞きたい場所があったら教えてください。代筆はしますか?」
「いえ、どちらも大丈夫です」
「分かりました。ではこちらにサインをお願いします」
コラキさんからペンを受け取り、名前欄に自分の名前を書く。
勿論日本語ではなく、異世界の言語。
アズモ・ネスティマスという名前を書けるように練習していた時に、ついでに覚えておいて良かった。
「書けました」
「コウジ・サワハタ……ちゃんと書けています。これにて冒険者登録は完了です。今日の昼には冒険者証をお渡し出来ると思います」
「分かりました」
これで俺も冒険者の一員か……。
今までは訓練や誰かの為として私情で魔物を倒してきたが、これからはちゃんと正規の手順を踏んで依頼として魔物を倒していく。
……少しだけ感慨深いな。
「この後は当ギルドの使い方の説明になりますが、少し休憩にしましょう。この書類を提出してきます。ギルド内の見学をしておくと良いですよと言っておきます」
―――――
「うーん、やっぱ字が読めねえな……」
沢山の冒険者に混ざって、依頼書が貼られた壁を見ていたがどれも目的が何なのかがさっぱり分からない。
物によっては写真が貼られているようだが、写真の横に書いている文字が読めない為意味が無い。
察するに写真の魔物の討伐とかって書いてあるような気がしなくも無いが、「家出したペットを探しています」みたいな依頼だった場合とても不味い事になる。
冒険者への依頼は魔物討伐から家の掃除まで様々な物がある、と聞いた。
ペット探しが混ざっていてもなんらおかしくはないだろう。
「読めるやつ、読めるやつは無いか……」
右端から左端まで、壁に貼られている依頼書が見えるようにゆっくりと歩く。
何個持ってこいと書かれているのは読めたが、何を持っていけば良いのか分からない依頼。
写真が貼ってあるが、そこに映っているのが何なのか読めない依頼。
なんて書いてあるのかちっとも分からない依頼。
すると、隅の方に読める依頼書があるのに気付いた。
写真の貼ってある依頼だった。
暗い森……リイルさんとトガルさんと出会った森が映った写真。
見る。という意味を現す言葉が書かれた文書。
そして俺が読める数少ない名詞――
「――竜」
森で竜を見つけろ。
……確か、トガルさんが言っていた。
『この森で竜を見たなどという情報が色々な奴から寄せられたようでな、それを確かめて来いというクエストが掲示板に貼られていたんだ』
写真に写った暗い森は二人と出会った場所で間違いないだろう。
この街に来る際に空を飛んでいたが、森と言える場所はあそこしか無かった。
依頼書にも「竜」という単語が書かれている。
この単語だけは絶対に間違えるはずが無い。
角ばった文字だけで構成されたアズモ達の種族を指す単語。
恐らくこれがトガルさん達の受けていたクエストだろう。
……コラキさんになんて書いてあるか教えてもらおう。
そう思って手を伸ばしたら、誰かと手が触れた。
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