九話 「どこからでも掛かって来いよ」


『あなたとは一緒に居られる未来が見えないわ。24にもなってまともな職に就かずに毎日棒を振り回して何をしているの? お願いだから危険な仕事は辞めて普通の仕事をしようよ』


 八年付き合って来た彼女とはそこで喧嘩別れした。

 別れてから五年の月日が経った今でも俺は冒険者の街で毎日棒を振っている。

 あの子から定期的に届く「生きてる?」というメッセージに「まだ生きとるわ」と返しながら。


 現在年齢29歳。人間の冒険者年齢の平均にあたる歳。

 だいたいここらで夢を見てこの職を始めた奴等が自分の才能に気付いて辞めていく。

 30よりも上になって冒険者を続けているのは本物の強さを持っている奴か本物の馬鹿かのどちらかしか居ない。


 ……俺はどっちだろうか。

 冒険者ランクは着々と上がっている。

 後輩も増え、教え導く機会も増えた。


 十年以上堅実に冒険者活動を続けてきた結果だろうか?

 同業者に顔が広く、先輩には可愛がられ、後輩からは慕われ、職員からは頼られる。


 ただ、いまいちパッとしない。


 俺よりも若くて冒険者ランクの高い奴は沢山居るし、俺よりも年を食ってる奴等はそれよりも更にランクが高い。

 勿論着々とこの仕事を続けて来た俺も低いランクでは無い。

 この職業で食えて行けているどころか、企業で頑張っているあの子よりも収入が良かったりする。

 あの子と時々会う時はこの街の良い飯処でフルコースを奢れるくらいの余裕もある。


 だが、言ってしまえば俺はそこまででもある。


 俺より上の奴は一等地に住居を構えているし、毎日良い所で飯を食っていて、良い相手と暮らして、子供を良い所に通わせている。


『お願いだから危険な仕事は辞めて普通の仕事をしようよ』


 この歳になったからだろうか、あの子に言われた言葉が頭の中を永遠に回り続ける。

 俺もそろそろ身を固めるべきでは無いか?


 ――しかし、ここまで積み上げてきた物がある。

 だが、やりたい事はもう全てやった。

 ――後輩の育成もしなければならない。

 だが、俺に教えられた奴が新人に教えている所を見た。


 ……そう簡単にこの仕事を辞めたくないという気持ちもあった。


 そんな事を考えながら飯を食っていると、ギルドの中をウロチョロしている奴を見かけた。

 俺の見たこと無い顔だった。


 目がしっかり出た黒髪のショートヘアで、ここらでは中々見ない薄い顔立ちをしている。

 背中の所が縦長に裂けた穴があるワイシャツを着ているのは気になるが、それ以外は至って普通の若者だろう。


 そいつは物珍しそうにギルド内の至る所を見て回っていたから、沢山の新人を見て来た俺には目立って見えた。


 また新しい奴が入って来た。

 今度の奴はどんな奴なんだろうか。

 クエストを見て回っているが、気になるクエストでもあるのだろうか。


 今日は誰に何も頼まれてもいなかったが、身体に染み付いたお節介癖はそうそう取り払える物では無い。

 食事トレーを戻し、そいつを見てみる事にした。


 そいつは今日何するかを考えながらクエストを選り好みする冒険者の人混みにも負けずに、クエストを吟味している。

 初心者用のクエストが集まった右端から、上級者でも苦戦するようなクエストが貼られた左端までゆっくり歩いて見ていく。

 若者らしい溌剌さと危うさを同時に備えた青年だった。


 まだここに来たばっかりでどれがどれ程難しいのかを理解していないのだろう。

 身の丈にあっていないクエストを受注しようとしても職員から突っぱねられる……という事も知らなさそうだ。


 青年は左端までゆっくりと歩いて行き、やがて止まった。

 あるクエストを見て固まっているようだ。

 どんなクエストに心を惹かれたのだろうか。


「――竜」


 ……っ!

 青年が呟いた言葉に自分でもうろたえるのが分かった。

 最近森に棲み着いたと噂される竜が本当に居るのかどうかを調査しに行くいわくつきのクエストだ。


 竜と名前が使われたからには何もしない訳にはいかないしな……というギルドの保身の考えの元、少し前から貼り出されるようになったクエストだ。

 その噂が出た以上、森は立ち入り禁止にするしかない。

 ギルドとしても、そんな根も葉もない噂なんてどうにかして、冒険者の活動が行えるようにしたかったのだろう。


 初心者用のクエストにしては破格の報酬金が貰えるクエストが右端に貼りだされた。

 とある初心者冒険者が「ラッキー」と言いながらそのクエストを受け森に向かったが、直ぐに怪我して帰って来た。

 それが何度も続くもんだから、そのクエストは右端から中央の方へ場所を移すようになった。

 そこでも失敗が相次ぎ、そのクエストはどんどん左へ進んでいく。


 そして昨日また失敗者が出た事により、遂に上級冒険者向けの位置に貼られるようになったクエスト。

 本来森の深部に出て来るような化け熊が浅い所で出てきたという話だ。

 竜かどうかは分からないが、あの森には今何かが居る……そんな危険な場所を調査するクエストだ。


 当然初心者が受けられるようなクエストではないが、困った事に若い奴っていうのは行動力に溢れている。

 冒険者とかいう危ない職についてもそれはとどまる事を知らない。

 そしてそういう奴に限って、説明や規則を守らない事が多い。


 ……そういう若い冒険者はどうするべきか。


 森の調査クエストを取ろうとしている青年の手に右手を伸ばして触れた。


「……兄ちゃんもこのクエストを狙ってんのか?」


 こういう若い冒険者を正すのも俺みたいな奴の役目だ。

 偶然を装い青年に触れ、俺も狙っていたと嘘を吐く。


「そうですが……えーっと……お兄さんもこのクエストを?」

「このクエストは報酬が良いからな」


 お兄さんという言葉を使って良いのか悩んでいた気がするのは少し気になるが、会話の通じる青年だったようだ。

 年上に丁寧語を使う良識も持ち合わせているらしい。

 もしかしてだが、あまり乱暴で無く、喧嘩早くも無いのかもしれない。


「クエストって一度に受けられるのは、一人とか一パーティーまでですかね?」

「あぁ。だからこのクエストは俺がもらうぜ」


 壁に貼られていた竜の調査クエストを剥がし、青年に見せびらかすように掲げた。


「じゃあな。お前さん向けのクエストなら右の方にあるぜ。ここにあるのは俺みたいな強い冒険者が受けるべきクエストなんでな」


 まぁ、俺でもこのクエストは受けられないのだが。

 青年が取ろうとしていたクエストを横から搔っ攫い、受注出来ないようにした。

 これで諦めてくれるようならそれで良い。

 駄目なら……まぁ、その時はいつものだ。


 果たしてこいつはどうくるか。


「待ってくれ。俺もそのクエストを受けたいんだ」

「……ほお」


 こういう理不尽に弱そうな奴だと思っていたが、俺の目は節穴だったようだ。

 敬語もやめ、口調も普段のものだと思われるものに戻っている。

 冒険者らしい胆力を持ち合わせている。


「だがこのクエストは難しいぞ? なんせ、お前さんじゃ到底敵わないような魔物が出て来るんだからな」

「そのクエストを受けられるような強さを示せば良いのか?」

「まぁ、その通りだが、まさか俺と一戦やるつもりか?」

「それが強さの証明になるなら」


 ……やはりいつものになったか。

 人と戦うのが苦手そうな青年だったが、心に熱いのは持っていたようだ。

 このままやり過ごせるのなら楽だったが、冒険者はこう血気盛んでなくちゃな。


 ……それにまぁ、人に何かを教えるのは得意な方じゃない。

 こうシンプルであった方が俺的にも楽だ。

 あの子にも「あなたって単純ね」って言われちまうくらい単純な男なんだ俺は。

 その分、冒険者はどいつもこいつもこんな感じにシンプルな奴が多くて楽だ。


 今回もいつものように、自信満々な若者の伸びた鼻を折って身の程を知らしめる。


「どこからでも掛かって来いよ」


 青年を挑発するように両手を広げて、余裕そうな笑みを顔に浮かべる。


 青年の全力を余裕で避けて、返しの一撃で意識を刈り取る。

 それくらいやれば良い治療になるだろう。


「――じゃあ、遠慮なく」


 青年はそう言った瞬間、ブレた。

 刹那、左耳に凄まじい衝撃が襲って来る。


 その衝撃のまま俺の身体は反転し、地面が近づき――


 地面からの衝撃を受ける前に意識を手放した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る