十話 「人間の常識が無いのですね?」


「ちょっと目を離した隙になにをやっているのですか?」


 クリスタロスギルド、プライベートルーム。

 陽の光が入り込むギルドの一室で向かいの席に座ったコラキさんがジト目で俺にそう言って来た。


「自身ありげだったから俺よりも強いと思っただけなんだ! この世界の人間があんなに弱いなんて思わないじゃないか! 六歳の魔物の方が強かったぞ……!」


 プライベートルームに俺の絶叫が響く。


「どんな環境に居たのですか? やはり魔物として育ったコウジさんには人間の常識が無いという事なのですか? だとしても、今後の為にもう少し人間のフリが上手くなった方が良いのでは?」

「本当に人間として育てられたんですよ俺は」

「そういう事にしといてあげますね」


 黒縁眼鏡の奥からジトっとした視線を向け続けるコラキさんにこれ以上なんて言ったところで何も信じてもらえないだろう。

 どこからどう見ても魔物なのにいつまで自分の事を人間だって偽り続けるんだろう、という心の声がコラキさんの表情に出てきている。


 竜っぽいだけで俺は本当に人間なんだって声を大にして言いたい。


 ……まあとは言っても、種族の違いなんて些細な違いだ。

 甘んじてその勘違いを受け入れよう。


 ――それよりもだ。

 種族の事なんかよりも大きな事件が起こってしまった。


 コラキさんからギルド内の探索をしておくのを勧められたので、俺は先程まで言われた通りにギルドを見て回っていた。

 どんなクエストがあるんだろうと思い、依頼書が所狭しに貼り付けられている壁を見ていたら竜に関するクエストを見つけた。

 気になったので取ろうとしたら、金髪のお兄さんにそのクエストを横取りされた。

 そのお兄さんが「このクエストをやりたいなら俺に強さを示せ」みたいな事を言っていたので、言われた通りに強さを見せようとした。

 すると、そのお兄さんが気絶して病院に運ばれた。


 お兄さんが担架に乗せられて運ばれている最中に周りの冒険者から向けられた視線。

 俺はあの視線を生涯忘れないだろう。

 幸い、周りに居た人達が事のあらましをギルド職員さんと、駆け付けた救護の人に説明してくれたので注意されただけで済んだがもうあんな事は懲り懲り。


 とは言っても、言い訳はしたい。

 まさかそんな強キャラっぽい事を言っていたのに一撃で倒れるなんて思わないだろ普通。

 掛かって来いとか言うから、取り敢えずの様子見で放った蹴りで終わるなんて思わないだろ。


 コラキさんは分かってくれないようだが、アズモなら絶対俺の気持ちを分かってくれる。

 アズモなら「喧嘩を売られたからそれを買っただけだ。相手が想像以上に弱かったからこんな事になった。自分と相手の力量を見誤って喧嘩を売って来たあいつが悪い。つまり私達は何も悪くない」って確実に言っている。


 やっぱ俺にはアズモの存在が必要不可欠なんだ。

 早く会いに行かなくてはならない。


 その為報酬金が多く、合法的に竜に関わりに行けるこのクエストは絶対に受けたい。

 気絶したお兄さんが運ばれる最中、衆目に晒されながら恥を忍んで地面に落ちたこのクエストを拾って来た。


 冒険者登録した初日に「おい、あいつ……」「あぁ、やべぇな……」なんてヒソヒソ言われてしまったが、全てはこの為。

 俺はこのクエストを受けたいだけなんだ。


「あ、そのクエストですが、受注条件に冒険者ランク3以上とあるのでコウジさんは受けられませんよ。開始ランクである10どころか、そもそも冒険者証をまだ持っていませんから」

「え……?」



―――――



「これで十体目!」

「ブエェェ――」


 頭から兎みたいな長い耳が生えた魔物が断末魔を上げて倒れていく。

 兎みたいな耳はあるが、頭の天辺には一本の立派な角があり、体毛は毒々しい色をしている四足歩行の魔物。

 ルミラージという名前の魔物らしい。


 ルミラージは俺が今受けられるクエストの中で一番必要とされる冒険者ランクが高い魔物。


「こいつを十体倒して、ランク昇格点に100点加点。冒険者ランク6から5に上がるのに1500ポイント必要だからあと140体……はー、これは骨が折れるな……」


 冒険者都市クリスタロスから少し飛んだ先にある平原。

 そこで俺は冒険者ランクを上げる為に兎もどきと追いかけっこをしている。

 ランクを上げて例の竜調査クエストを受けるためだ。


 翼を生やせば人に見つからないように飛んで入って飛んで出て来るというのを楽々行えるが、地道にランクを上げて正規の手段で入る事にした。


 郷に入っては郷に従え。

 この街で普通に活動する為に、ルールは極力守ろうと思う。

 最初それを知らずに森に入ってしまったが、あの時と違って今はそのルールを知ってしまった。


「でもあの熊の一匹や二匹くらいを森からくすねて来るのはアリか……?」


 冒険者ランクは10から始まって1で終わる。

 数字が小さくなっていくごとに強さが認められていくという仕組みだった。

 俺も冒険者ランクは当然10から始まったのだが、初日にギルドまで持ってきた化け熊が結構強い魔物だったらしく、その分の点数が登録時に反映され一気に冒険者ランクが6まで上がった。


 竜調査クエストを受ける為には冒険者ランクを3まで上げる必要があるので道のりは遠い。

 毎日コツコツと魔物を倒しながら路銀を稼ぐついでにランクを上げて、街で調べものをして知識を付け、コラキさんから人間の街の事を教えてもらい常識を身に着ける。

 暫くはそんな生活になりそうだった。


「お、兎だ」


 また跳んでいる兎を見つけたので、口から水ブレスを放ち直ぐに仕留める。

 仕留めた兎を拾い、ギルドから支給された背負えるクーラーボックスの中に死体を入れた。

 この箱は特殊な魔術が組み込まれているらしく、中に入れた物の腐敗や老化を著しく遅らせる効果があるらしい。

 そんな事が出来るなら積載容量が増える魔術でも組み込んでくれれば良いのになんて思ったが、無い物ねだりをしても仕方が無い。


 今持てる道具を使って、今出来る事を一つずつ熟していくしかないのだ。


 周りに人が居ない事を良い事にブレスを乱用し、目に付く兎を仕留めては箱にしまっていく。

 途中で持参してきたハンバーガーを食べたりして休憩を挟みながら、夕暮れまでルミラージを狩る。


 結果今日一日の成果はルミラージ23体。

 途中までは良かったが、ルミラージ側も「おい、なんかあそこにやべーの居るぞ」って事に気付いたらしく滅多に姿を現さなくなった。

 今日で数も激減しただろうし、明日は10体も倒せないのではないだろうか。


「やはり熊……いや、ここで過ごす以上なるべくちゃんとした手順を踏んで……」


 ランク上げのあまりのシビアさに、正規の手段で竜調査クエストを受けると決心した心が揺れる

 俺は移動手段があるからまだ良いものの、他の冒険者はどうやってランクを上げているのだろうか。

 魔物が跋扈し、道が舗装されておらず、鋭い植物が生い茂る場所を車で移動したりしているのだろうか。


 冒険者ランクを上げる手段として、魔物を倒して納品する他に、クエストの達成、ダンジョンの段階踏破、格上との模擬線勝利などがあるとコラキさんから教えてもらったが、文字が読める必要があったり、コネが必要だったりする。

 俺一人でさっさとランクを上げる手段は無いのかもしれない。


「コラキさんが冒険者になってくれるって言ってたけどなあ……」


 コラキさんが居れば文字が読めない問題は解決する。

 だが、コラキさんの本職はギルド職員。

 俺についてきてくれるとは言っていたが、上司からの理解や家族を説得など先に色々とする必要があると言っていた。

 まだしばらくは時間が掛かるだろう。


「……こういう時アズモが居てくれたら」


 アズモがこの場に居たら何て言うだろうか。

 きっとアズモなら――


 ――既に私達は熊を納品している。今更、熊の一匹や二匹くらいを納めたところで職員や冒険者連中からとやかく言われる事は無いだろう。


「……そういやアズモって割とこういうところあるんだった」


 慢心が多く、楽を好み、抜け道を探しがち。

 言ってしまえば世の中を舐めているような七歳児だった。

 ……だが、俺と気が合う奴だ。


 兎がぎゅうぎゅう詰めになったクーラーボックスの紐を手に持って羽ばたく、街に帰る途中で森に忍び込み熊を一体狩って、空を飛んで人が居ないルートを確認してから森を出て来て何食わぬ顔で街に帰る。


 全てを納品したら冒険者ランクが上がり、5になった。

 また一歩目標に近づいたのである。


 ……ただ、他の冒険者や職員からの視線を物凄く集め、コラキさんからは結構怒られた。


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