十一話 誰かはやくあたしを迎えに来て


 ――あれから一週間が経ったような気がする。


『すまねえが、少しの間隠れていてくれ! 近い内にぜってえ迎えに行くからよ!』


 パパからそう言われ、見た事の無い森へ飛ばされた。

 背の高い木と葉先が尖った草がはびこる鬱蒼とした森。


 今日もあたしはこの暗い森で一人、迎えに来るのを待っている。


 あたしはパパの家の方で酷い事が起きた事を知っている。

 そのきっかけをこの目で見ていたからよく知っている。


 激化する戦いの中で、お荷物なあたしは安全の為にここへ飛ばされた。

 家には暫く帰らず、長い間王都にある学園に居続けたけど遂にそこも危なくなったらしい。

 その結果が森での暮らし。


 もしかしたらあの時、あたしが部屋から出て人を探しに行かなければこんな事にはならなかったかもしれない。


 戦いが始まる事も、パパの兄妹が死ぬ事も、友達が暴走する事も、あの人が居なくなってしまう事も無かったのかもしれない。


 あの時、あたしがあの場に残っていれば。


「一人って寂しいわ……」


 ――誰かはやくあたしを迎えに来て。


 その気持ちが木霊となって暗い森に響いた。



―――――



「……あれは何だ?」


 公園で夜空を見上げていると何かが飛んで行くのが見えた。

 無理やり弟子になってきた奴への修行を中断し、剣を下ろす。


 空に見えるのは一対の黒い翼。

 暗くてよく見えないが、何か人型のようなのが飛んでいる。

 一瞬、例の黒い翼を持った受付の姉ちゃんかと思ったが違うだろう。


 あの姉ちゃんは飛ばない。

 環境にやられ飛ぶのを辞めた鳥だ。


 それにあの翼は羽毛というよりかは……。


「――隙あり!」


 空を飛ぶ何かに思いを巡らせていると、元気の良い小娘が剣を構え突進してくる。

 隙ありと言う割には見え見えで遅い剣先が迫ってくる。


「隙ありなんて言ったら意味がないだろう」


 勝ちを確信したアホ顔で突っ込んで来た弟子の剣の腹を機械化した左腕で弾き折って現実を叩き付けた。


「あああああ! 卸したての剣が折れたあああ!!! なにするんですか師匠!?」

「残念ながら俺に弟子を取った覚えは無い。公園で煙草を吸ってたら勝手にお前が来て、勝手に勝負を挑んで来たから身を守っているだけだ」

「そんなぁあああ!」


 喚く弟子を放っておいてベンチに腰掛け煙草に火をつける。

 夜空を見上げると、空を飛んでいた何かは消えていた。


 そう時間は経ってないはずだが……。

 何かの飛ぶ速度が速かったのか、俺の気のせいだったのか。

 もし飛ぶのが速かったとしたらそれは相当飛ぶのに慣れている。


 そしてあの翼の感じは。


「竜だったりしてな」


 まさかな、そんな事は無いだろうと思いながら呟いた。

 森に竜が住み着いたという噂を聞いたせいでおかしくなっているのかもしれない。


「何怖い事言っているんですか師匠? 竜が街中を飛んでいるって大問題ですよ?」

「そういえばそうだったな」

「しっかりしてくださいよ。もし本当にそうだった時に戦う事になるのは師匠なんですから」

「あぁ、分かっているから安心しろ」


 ——人間は竜と戦ってはならない。


 なんて言われているが実際は違う。

 馬鹿な人間が下手に竜に近づかないように誰かが考えた方便だ。


 本当に駄目なのは、竜を食べる行為。

 竜を食べたら、とある竜が天災となって人間に襲い掛かって来る。

 そうならないように何百年も前から嘘が伝承されてきた。


 今じゃ言い伝えの真実を知っている人間は少ない。


 人間が竜を殺す分には何の問題にもならないという事を知っているのは。



―――――



「あの、これなんですか?」


 アオイロが自身の首に付けられた緑色の輪を指差しながら俺に聞いて来た。


「それはスズランに作ってもらった首輪だ」

「ナーン」


 あまりにもアオイロが奔放過ぎて手に負えないので、猫型植物系召喚獣に首輪を作ってもらった。

 この首輪はスズランの蔓の一部から出来ている為、スズランの意のままに動く。

 ちょっとスズランが力を込めれば、首輪もキュッと絞まるという代物。


 横を歩く猫が自称花の妖精に首輪を付けているのはなんだか不思議な感覚だ。

 飼っていた猫に変なペットが出来た、みたいな感じだろうか。


「なるほど、お散歩ごっこって事ですね。となると、服は脱いだ方が良いですよね」


 俺の肩に乗っているアオイロが、おもむろに服を脱ぎだした。

 元魔物。それもよく分からない謎の液体で構成された生き物だったが、今は小人になっている。

 確認した事は無いが、スズランお手製の植物繊維ワンピースの下には人間と同じような肌が隠されている可能性がある。


「おい馬鹿止まれ。何故俺の確認も取らずに脱いでいくんだ」

「おや、コウジ君は自分のペットに服を着せる方だったんですね。ちょっとそれはどうかと思うので、私が一肌脱いで新しい癖に目覚めさせてあげます」

「お前は何を言っているんだ?」


 こいつがここで脱ぐと、俺は周囲を歩く人から「裸の小人を肩に乗せているやばい奴」と思われてしまう。

 そんな不名誉な称号を得る訳にはいかない。


「やれ、スズラン」

「ナーン!」

「きゆー……」


 首輪の効力は本物だったようだ。

 俺の肩に乗っていたアオイロは力尽きて倒れた。

 倒れたアオイロを肩から地面に落ちないように手で支え、胸ポケットにしまっておく。


「……何はともあれ、これで今日は安心して買い物が出来るな」

「ナーン」


 アオイロが朝から気絶してくれるのは正直有難かった。

 こいつは起きていても良くない事しかしないので、出来ればずっとこうやって寝ていて欲しい。


「今日は色々やらんとな」


 冒険者ランクを上げる為とは言え、連日大量の魔物の死体をギルドに納品するのは悪目立ちしてしまう事となる。


 俺と同じように大量の魔物の死体を買取カウンターに広げている冒険者は一人も居なかった。それどころか、「うわぁ……」「まじかよあいつ……」などと言うお褒めの言葉を沢山頂いた。


 たぶんだが、俺のやっている事は異常なんだと思う。

 街から遠い魔物の溢れる地に飛んで行き、獲得ポイントの高い魔物を大量に狩って、ギルドから渡されたクーラーボックスにぎゅうぎゅう詰めにして帰って来る。

 それを三日ほど続けていたらコラキさんからかなり真面目な説教を受けた。


『正体が世間にバレたら不味い事を理解していますか? どうしてそう目立つような事を毎日しているのですか?』


 ひたすら正論を唱え続けられるのは身に染みる。

 異世界の人間の生態がまだ掴めてないんだよなあ……なんて言い訳をせずにクリスタロスギルドで一日中他の冒険者を眺めて、どんな事をしているのかを理解しようと決心した。

 まあそれはまとまった時間が確保出来たらの話だが。


 とにかくだ。

 こうして休息日を設けて常人のフリをするのは大事な事なのだ。


「――コウジさん、こちらです!」


 考え事をしていたら待ち合わせをしていた人に名前を呼ばれた。

 黒い羽を携えた鳥の獣人のお姉さんことコラキさんだ。


 今日はいつも見るギルド職員の制服では無く、私服姿。

 薄い灰色の涼しそうな衣に身を包んで手を振っていた。


「すみません、待たせちゃいましたか?」

「いえ、私もさっき来た所なので待ってないです。……ところで、なんでコウジさんはいつもワイシャツを着ているんですか?」

「他の服を着る気になれなくて……。コラキさんはいつもと雰囲気が違うので新鮮です」

「お姉さんを惑わすような事を言ってはダメですよ」


 コラキさんは小さい子を躾けるように優しく俺を注意してきた。


 翼を生やす影響で服が破れる。

 伸縮性のある服だと上手く破れなくなるので、ジャストサイズのワイシャツを選んで着るようにしている。

 背中のはだけた服が売っているのは見たが、どうもあれを着る気にはなれなかった。


「さて、今日こそ携帯電話を買いましょう」

「やっぱり必要ですかね……?」


 スマホのような物がこの世界にもある。

 現代日本を生きていた俺はスマホの便利さを知っているので、この世界でもそれがどんなに大事な物かを知っている。

 だが字が読めない。ひたすらそれに尽きる。


 スマホがあっても字が分からなければ、宝の持ち腐れだ。

 誰かとメッセージのやり取りをする事も出来ない。


「字はわたしが責任持って教えるので安心してください。メル友になりましょう」

「色々思うところはありますが……分かりました、買います」


 スマホを持つ事に懐疑的だったが、コラキさんにゴリ押しされて買う事を決めた。

 スマホがあれば今まで出会った人やこれから出会う人と連絡を取りやすくなるので概ね理由も分かるのだが……。


 字が読めないんだよなあ……。


「携帯電話を買ったら、図書館に行きましょうか」

「はい」


 スマホも大事だが今日のメインは図書館。

 俺はそこでコラキさんに大事な事を教えてもらう。


「スイザウロ魔王国が何処にあるのかを知りたいのですよね」


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