十六話 「どうして天災竜なんかになっちまったんだよ」


 月明かりで照らされた公園に打撃音が響く。

 街の外れにある公園には、喧嘩を心配してやってくるような良心のある人も、何が起こっているのか見学しに来る野次馬も居なかった。


 寂れた公園に居るのは、真っ赤な色合いで満たされた女と薄汚れた着物に身を包んだおっさん。それと、ボロボロのワイシャツを来た俺。

 打撃音は女が俺に殴りかかる事で発生していた音だった。


「反撃して来ないんですか!? 竜と戦える機会なんて普通は無いからどんなものなのか知ってみたかったのにな!」


 赤色の女はそう言って俺の腹へ目掛け、前蹴りを放って来た。


「……」


 俺は腕をクロスしてそれを受ける。

 衝撃が腕を伝い全身に流れていく。

 勢いを殺せずに少し身体が後退し、頭までビリビリと震える。


 尚も攻撃しようと突っ込んで来る女に対して炎ブレスを吐き牽制する。


「防いでもこの威力か……」


 ジンジンと痛む腕を振って衝撃を少しでも逃がす。


「師匠には全然及びませんけど、これでも冒険者ランクは1ですからね!」


 ブレスを躱し、肉薄して来た真っ赤な女が再び腕を振るう。

 凄まじいラッシュによりいなしきれず、多少食らってしまう。

 それでもなんとか頭や胸、腹などに放たれた拳は防いだ。


 身体中、打撃痕だらけで段々と避けづらくなってくる。


 ――このまま倒れる前に俺から……。

 そう考え拳を握り、真っ赤な女目掛けて放つが宙を切って終わった。


「うっ!?」


 カウンターで腹に良い一撃をもらい、身体がくの字に曲がった。

 腹を押さえながら口から胃液を吐き、倒れないように両足で踏ん張る。


「やーっと、また当たった! あなた避けるのは上手いのに、なんか攻撃するのは下手くそですよね!」

「っ!」


 追撃して来ようとする女へ向かい咄嗟に炎ブレスを吐き近寄らせないようにする。


「またこれです~!!!」


 腹を押さえながら、下を向いてしまう顔を上に踏ん張って上げ、ブレスを連続して放つ。

 高温のブレスを避ける真っ赤な女は不満を口にした。


 ……俺達はずっとこんな事を繰り返していた。


 真っ赤な女が殴り、俺はそれを防ぐ。

 定期的に攻撃を命中させる真っ赤な女と違い、俺はまだ一発も与えられていない。

 強いて言うなら、一回だけ女の不注意で炎ブレスが当たった程度だ。


 ただあれは、真っ赤な女が俺のブレスをどうせそこまで熱くないだろうと侮って手で払ったせいで右手の甲に負ったもの。

 身をもって火の熱さを知った女はそれ以降一度もブレスに当たってくれない。


「ふーむ……」


 幸いな事に、真っ赤な女から師匠と呼ばれるおっさんは戦闘に混ざって来ない。

 ずっとベンチに座って俺と真っ赤な女の戦いを眺めている。


 真っ赤な女ですら冒険者の最高峰であるランク1であるため、師匠と呼ばれるおっさんはそれ以上の実力の持ち主である事に間違いはない。

 現に、俺が逃げるのを変な魔法を上手く使い邪魔して来た。


 あのおっさんが見学するのを止め戦いに混ざってきたら、一対二になる。

 そしたら俺一人ではもうどうにもならないだろう。


 ……こんな時、アズモが居てくれたら。

 そんな思いが頭に浮かんでは消える。


 捜しに来たアズモはもう何処か遠い場所に行ってしまった。

 俺に残ったアズモの残滓もずっと何も言わない――いや、言えない。

 俺は一人で、自分の力だけで害そうとして来る奴と戦うしか無い。


「考え事ですか! 余裕ですね!」


 ブレスの間を縫うように進んできた女が左手を腹に撃ち込んで来る。

 片手でそれを難なく掴み、残す手で女に返そうとする。


 ……だが、やはりこの距離でも当たらない。

 拳は女の顔の横を通っていった。


「どうして、またそうやって……! やっぱり舐めていますよね!? さっきからずっと!」


 真っ赤な女は至近距離でそう吐き捨てて火傷した方の手で俺の顔面を殴って来た。


「ぐっ!」


 歯を食いしばり踏ん張るが、衝撃が凄まじく頭から地面に倒れ込む。

 真っ赤な女は仰向けに倒れた俺に馬乗りになると、そのまま乱打を始めた。


 ボコ、ガ、ドゴ。と、顔面に何発もの拳を打ちこまれる。


 止めさせる為にこの至近距離で炎ブレスを吐こうとして……止めた。

 代わりに太い水ブレスを吐き、水の勢いで真っ赤な女の腹に当てて無理矢理引き剥がす。


「痛い、痛いですがどうしてそこで炎じゃくて水を使ったんですか!? 捕まえようとしていた人にこうも舐められると不快になります!」

「……全力で戦っている」

「あなたは噓つきです! 私とちゃんと戦ってください!!」


 真っ赤な女は悲痛な叫びをあげる。


 竜に関係する者だとバレた。

 その為、人間であるこの真っ赤な女は俺の事を捕らえようとして襲ってきた。

 ……しかし、気付いたら目的が入れ替わり、今じゃただの戦闘を行っている。


「竜のあなたにとって、私は戦うのに相応しくないんですか!?」

「……調子が上がらないだけだ」


 戦ってみて直ぐに分かったが、俺は真っ赤な女一人だけなら苦戦する事なく倒せる。

 今更俺が翼も牙も持たないただの人間に負ける訳が無い。

 それなのに倒せない。攻撃を与え続けられているのは人間の方では無く俺。


 不甲斐ない結果で自分が嫌になる。

 今日一日で色んな事が有り過ぎて、頭も身体も事実に追いつけない。


「嘘です! 私の事を弱いって思っているからです!」

「そんな事……」


 ない。と、言い掛けて言葉に詰まった。

 異世界に来てから今日までの事を考える。


 俺が二歳の時のアズモと協力して倒した化け熊に苦戦する二人、冒険者ギルドで俺に絡んで来た癖に一撃で気絶した大人、街を歩いていても「強い」と感じられる人が一人も居ない。

 こんな事、俺の知っている魔物の国ではありえなかった。


 ……人間は弱い。

 そう結論付けるしか無かった。

 そして、俺はそんな人間を誤って殺したくない。


 アズモはふとした何らかの弾みで暴走してしまった。

 今では魔物と人間どちらからも恐れられる災害に成り果てた。


 ここでもし、俺も道を踏み外してしまったら……。


 それを考えたら身体が震え出した。

 目の前にいるはずの真っ赤な女が視界に映らなくなる。

 音が遠くなり、夜風も感じられない。



 ――お願いだ、教えてくれアズモ。


 何処に行っちまったんだよ……なあ、答えてくれよ。


 本当は直ぐ近くで俺の事を見ているんだろ?


 だっていつもお前は俺の傍に居たじゃないか。


 二人だったら何でも出来るって言っていたじゃないか。


 どんな時も決して俺から離れようとしなかっただろう。


 それなのにさ――



「どうして天災竜なんかになっちまったんだよ……」


 届かない。そう頭で分かっているはずなのに、思わず口から零れ出た。


 誰も俺の言葉に答えない。

 そのはずだった。しかし。


『――カ』


 頭の中に誰かの声が響いた。


「……アズモ? 起きたのか?」


 俺にくっついて来たアズモの残滓はまだ目覚めないはずだ。

 次にこうして会えるまで一か月は掛かると言っていた。


 まさか、俺の声に応えて無理やり……?


「まだしばらく寝ていてくれ。お前まで居なくなったら俺は――」


『――欲しいカ。力が欲しイカ』


「……誰だお前は」


 アズモの声ではない。

 機械的で、俺の心情を煽るかのような声。


『どんな力が欲しイ? 言ってミロ、叶えてヤル』


「…………ふざけるなよお前」


 頭の中で俺に話し掛けても良いのはアズモだけなんだよ。


『どんな力が欲しイ?』

「消えろ。自前の力だけで充分だ」

『どんな力が欲しイ?』


 頭の中が煩い。

 アズモ以外の声が俺の脳内に存在しようとしている。


 その現実に途轍もない憤りを感じた。


「……殺すぞ」



『どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ? どんな力が欲しイ?』



 ――頭が煩い。

 アズモ以外の声は消さなければ。



―――――



「うーむ……。これは不味い」


 少年の実力がどんなもんなのか見ようとしたのは間違っていたようだ。

 腕の中で暴れる少年の事を見ながら自分の過ちを悔いた。


 この少年は、知り合いが探していた最後のピースだと思った。

 だから冷静に見て判断しようと思っていたが結果は大失敗。


 馬鹿弟子に何かを触発されたのか、少年は暴走。

 暴走した少年に蹴られた馬鹿弟子は錐揉み回転しながら宙を数十メートル舞い、地面に落下。完全にノビていた。

 だがまぁ、あいつは病院に連れ込めばどうにかなる。

 問題は少年だ。


 弟子を蹴った後少年は物凄い勢いで地面に頭を打ち付け始めた。

 額が割れているせいで血が出ているのに、それを厭わずに土に頭をガンガンと打ち続ける。

 弟子が無事か確認していたが、慌ててそれを止めた。


「うぉ……。こいつの膂力はどうなってんだか」


 機械化した腕の噴射機能を用いても尚、俺の拘束を解き地面に頭を打ち付けようとしている。


 これはもう弟子と同じようにオトした方が早いだろう。

 そう考え、腕を振り被ろうとすると、公園に何者かがゾロゾロと入って来た。

 小人に、ちっさい獣に……なんだあれは? 泥なのか? どういう組み合わせなんだあれは?


「あ、どうも親衛隊です。その汚い手を放して貰ってもいいですか」


 小人が俺に話し掛けて来た。

 あまりの衝撃に口を開けてポカーンとしていたら、小人の後ろに居た白い獣が俺に向けて殺気を飛ばしてくる。それに呼応するかのように泥の方も濃密な殺気を飛ばす。


 ……これは不味いな。

 小人は分からんが、後ろに居る二体はこの街を軽く滅ぼせるくらい強い。

 それこそ、竜のような馬鹿げた力を持っている。


「あ、あぁ、すまん。お前さん達の邪魔をするつもりはないんだ。……ただ、こうしていないと坊主が怪我しちまいそうで、な」

「いいから放してください。先程の言葉が聞こえなかったんですか?」


 より一層、後ろに控える二体が殺気を剥き出しにしてきた。

 これは従わないと不味いだろう。


 そうでないと、俺のお気に入りの喫煙スポットが御釈迦になっちまう。


「……」


 これ以上の問答で変に恨みを買うのも大変だと考え、無言で少年を放した。

 解放された少年は地面に両手をついて頭を振り被り、また自傷行為に走ろうとしだす。


 ……だが、地面に頭を打ち付ける前に少年は消えた。


「――ウルルル……ハグッ」


 後ろに控えていた白い獣から馬鹿デカイ花が生え、花が少年を丸吞みした。


「なっ……!?」


 衝撃が凄まじくて思わず声が出た。


 人が見た事も無い花に食われる……そんな嘘のような事が起きたのに、会話していた小人は当たり前のようにそれを受け入れている。


「では、私達はこれで」


 少年が無事なのかを聞く前に小人達は公園から消えた。


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