十五話 「一匹の臆病な魔物」


「ナーン」


 地の底でやけに鼻に掛かった鳴き声が響く。

 若干不機嫌さが混じり、焦燥感を感じられるような声だった。


 声の主は小さな白い猫。頭から生やした花を発光させ、周囲を照らしながらのそのそと歩いていた。

 その白い猫の前を歩く小人は止まらずに振り返り、挑発的な笑みを浮かべる。


「もう少しで着きますから慌てないでくださいって」

「ナーンナンナ……」

「確かにスズランさんが言う通り、私達がコウジ君から離れている間に何者かに襲われているかもしれないですね。もうとっくに襲われた後で死んでいたらどうしましょうか。私達で敵討ちに行きますか?」

「ナーン!」


 自身の親であり主人でもある少年が最悪な目に遭う事を想像した白猫は語気を荒げる。

 まるでその鳴き声には「どうしてそんな事を言うんだ」という怒りの気持ちが込められているかのようだった。


「ふふ」


 小人は白猫のその声を聞いて満足したのか、小馬鹿にするような表情を止めて前に向き直る。


「心配しなくてもコウジ君はそう簡単にやられませんよ。コウジ君の身体はかつての私の身体を使って色々弄りましたから。魔改造済なのでこの街の人間程度にやられるなんて事はまずないです」

「ナーン……」


 白猫の不安は幾らかマシになったが、予想外の方向からとんでもない発言をされたせいで毒気が抜かれる。


 主人の身体能力にはかねてより思うところがあった。

 今の主人は何のトレーニングも積んでいないただの人間のはずなのにどうしてそんなに戦えるんだろ、なんて白猫は考えていた。

 その疑問が解消されたのだ。


「……ナーン?」

「気になります? とは言っても、寝ている間に大事な部分を切り刻んで私の体液やら細胞やらをクチュクチュして混ぜ込んで強化修復しただけですよ?」

「ナナーーン」


 なるほど、そんな方法があったんだと感嘆したような鳴き声を漏らす白猫。

 疑問が解消された白猫は走って小人の横に並び歩き質問する。


「ナーン」

「そんなに気になるんですか?」

「ナーン」

「自分やこれから仲間にしていく子達も主人の糧にしたい、と」

「ナーン」

「確かにそんな事も出来そうな気がしますね……。やってみますか? 面白そうですし」


 白猫と小人は怪しげな会話をしながら暗い道を歩く。

 お互いに嫌いあってはいるが、目的と好きなものは同じ。


 二匹の魔物は誰からも倫理や道徳を習っていない。


 片方は傍に置いてもらう為に姿かたちを自身の思う可愛い物に変質させ、好意を示す為に食いかけの魔物の残骸を連日家に投げ続けた魔物。

 もう片方は片時も離れずに見守り続け、目的の為には本人にも手を出し、障害となりそうな者は裏で排除してきた一途な魔物。


 純粋培養された混ざり気の無い悪意達が主人にしてあげられる事を考える。


 主人と同じように自身の肉体や在り方に執着しない二匹の魔物は一体何をしようとしているのだろうか。


 ともあれ、進み続けたらいずれゴールには辿り着く。

 思惑や夢、目的。主人の為に始めた二匹の今回の冒険は終わりを迎えようとしていた。


 暗くて狭い道を進み続けていると、赤、青、黄色、緑、橙、桃、白、黒……様々な色で彩られた地面が現れ始めた。

 近づけば近づく程にそれははっきりと現れ、やがて極みに至る。


 カラフルなタイル。カラフルな石壁。カラフルな灯り。カラフルな球体。

 辿り着いた広い空間全てが何かの色で構成されている。

 色は混ざり、複合し、様々な模様を作り出す。

 各色の灯篭から漏れ出した灯りは補い合うように空間を余すところなく照らす。


 前衛的なモダンアートのような空間の中でも一際異彩を放つ極彩色の球体。

 地面から爛々と咲いた丸い物体は天辺がパトランプのように光り、水平方向に様々な色の光を回し続けていた。


 誰かが掘った暗くて狭い道の先には、地下には似つかわしくない眩しい光景が広がっていた。


「……あぁ、やっぱり。この街を見た時からそうなんじゃないかと思ってました」


 タイルの上を進み中央に鎮座する球体の元まで歩いた小人はそれに手を添える。


「このクリスタロスという街は一匹の臆病な魔物によって守られています」


 クリスタロスを覆う街壁と今ここにあるタイルや壁。

 外壁には絵が描かれていたり、文字が書かれていたりと明らかに人の手が入っていた。

 だが、それ以外は全く同じと言っても過言ではないほど似通っている。


 同じ手触り、同じ材質、同じ色、同じ綻び……どれを取っても今この空間にある物と、街を囲いモニュメントとして在ったあれらは似ている。


「ナーン?」


 小人と違い白猫はよく分かっていないようで、首をコテンと傾け疑問の声をあげる。

 1000年を超える時を生きた小人と、二度の生を足しても半年にも満たない時しか生きていない白猫では得た情報を整理して理解する能力に天と地ほどの差があった。


「この中に私達が探しに来た魔物がいます」

「ナーン」


 白猫は小人が放ったセリフに「びっくり」と言っているような声を漏らす。


「中に居る子と話したいのでこの殻を破ってください」

「ナーン!」


 コンコンと球体を叩きながらして欲しい事を示す小人に元気な返事を返す。

 白猫は頭から赤い花を生やしグングンと成長させ真の姿を現した。


 開けたとは言え、スズラン本体に取っては狭い事に変わりは無い空間全体に太くて長い蔓が蔓延る。

 成長する蔓に巻き込まれたタイルや壁が砕け散る。


「――――!!!!」


 もうそこには白猫の姿は無い。

 白猫の代わりに大きな口から大量の涎を垂らす一輪の巨大な花が出現した。


 色鮮やかな空間で巨大な赤い花が大きな口を限界まで開いて咆哮をあげる。

 そこにある物全てが雄叫びを受けビリビリと震えた。


「――――ルルルァ」


 花が吠え、直後に凄まじい打撃音が響き、続いて何かに亀裂の入った音がなる。

 中央に鎮座していた球が葉で殴られひびが入ったことにより生じた音だ。


「――ルルル」


 巨大花の蹂躙が始まった。

 葉や蔓で殴られ続けられる極彩色の球体から段々と光が失われていく。


 街を長年守り続けていた魔物の命が脅かされようとしている。


「言葉が通じているか分かりませんが、早く出てこないとスズランさんに殺されてしまいますよ」


 そんな光景を花の根本から眺める小人は呑気にそんな事を言った。



―――――



「ゴガギュギュ……」


 巨大花の蹂躙が開始されてから約五分後。

 完全に割れた球を背に茶色い泥のような塊が唸るような声を出して命乞いをしていた。


「ナーン」

「ギュッギュッ……」


 泥は白猫に戻った花の足元で身を屈め完全服従を示す。


「ナーン」


 白猫はそんな泥に右前足を乗せ、一声鳴いた。

 すると、泥の天辺に薄茶色の花が生える。

 眷族化の成功である。


「ゴガギュ」


 泥は生き残る為に白猫に身も心も捧げる事を誓った。


「うーん……。意味のある言葉を発せる魔物である事を密かに期待していましたが、またしても鳴く事しか出来ない魔物ですか……」


 身体を台のように変化させ、白猫の足元に潜り込む泥を見ながら小人はそんな事を呟いた。


「ナーン?」

「ギュギュ!」

「言葉は分かるけど声帯的な問題で言葉を話すのが難しいと……」


 小人は少し考え、直ぐに手のひらをポンと叩いた。


「人間化を覚えましょう」


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