十七話 ゲトス森の調査クエスト
わたしの名前はコラキ・ウィンドミル。24歳、ギルド職員。五人姉弟の一番上。
……考えてみれば、何かとバタバタしている事が多くて、こんな簡単な自己紹介もしていなかったと思う。
コウジさんの翼を見た時に、今まで表に出さないようにしていた気持ちが抑えきれなくなり、環境を変える為に行動を始めた。
弱いわたしと強くなろうとしている自分を切り替える為に眼鏡を掛けだした。
今後の事を考えて、ギルド職員として働く傍らで冒険者業を始めた。
忌避していた自分の翼に愛着を持つことが出来て、飛ぶ練習を始めた。
今まで無色だったわたしの世界は、この街のようにカラフルに色づき始めた。
そして最近また、わたしを取り巻く環境が凄い勢いで変わろうとしていた。
「コラキ先輩おはようございます! 新しくギルド職員に就任したトマギマです! 十年くらい冒険者業をやっていたので、色々と知った仲ではあると思いますが、改めてよろしくです!」
金髪の熟練冒険者がそう言ってわたしに頭を下げる。
「え、あ……顔を上げてください。これから同僚になるのですから、そんなにかしこまらずに……」
わたしがそう言うと、トマギマさんが顔を上げてニカッと笑う。
少々ウザったらしく感じられる余裕のある大人の表情。
今までカウンター越しに見ていた人がわたしの後ろについて仕事を覚えようとしていた。
その事実に、弱いわたしが出て来ようとしたが、眼鏡をかけ直して隠す。
「いやぁ、まさか俺がギルド職員になる日が来るとはなぁ……。少し感慨深いなぁ。あ、レイラ先輩おはようございます!」
「おはようございます。では、言った通り、暫くはコラキの補佐として働いてもらうので、色々と教えてもらってくださいね」
「分かりました! ところで俺の事を倒した坊主を見ないんですが、あいつどっか行っちゃったんですかね?」
通りがかったレイラさんに元気よく挨拶して、世間話を始めるトマギマさん。
わたしと違い人見知りもせずにハキハキと喋る後輩が出来た。
トマギマさんと言えば、最近ギルドで新人冒険者にお節介をしたら返り討ちにされて病院送りにされたベテラン冒険者だ。
29歳……だった気がする。
冒険者としての地位を築き、新人冒険者から好かれ、わたし達職員からの評判も良かった男。
それがどうしてギルド職員に……?
「えっと、どうしてトマギマさんが職員に? 冒険者業の方は……?」
「あー、引退したんですよね。元々戦いの才能とか無かったんで、坊主からやられたのをきっかけにもうここら辺で終わりにしようかなと。職員になったのは縁ですね。冒険者業を辞めるってギルマスに言ったら『じゃあウチに来い』って。まー、俺も若い奴等を導くのは好きなんで、ちょうど良いかなーって」
「は、はぁ……」
環境の変化その一、わたしに後輩がついた。
それもベテラン冒険者のトマギマさんだ。
この人が職員になった事でわたしの周りが少し……いや、かなり賑やかになった。
「あのー、すみませんー」
「はい、ただいま。何の要件でしょう……ってリイルさん」
「やっほー、コラキっちまた来ちゃった! 今日も綺麗な黒髪しているねー、どこのシャンプー使って――いてっ」
「コラキさんが困っているだろう」
「わお、ごめんなさいねー」
わたしに話し掛けて来た二人の冒険者。
仲良し幼馴染冒険者のリイルさんとトガルさんだ。
「コウジ君は今日も居ないのか? 最近見ないが彼は元気なのだろうか? 色々世話になったから礼を言いたいのだが……」
この二人もわたしと同じようにコウジさんから助けられた人達だ。
森で魔物を襲われているところを何処からか現れたコウジさんに助けられたと言っていた。
「コウジさんとはわたしも連絡が取れていないので分からないのですが、彼の使い魔が言うには寝込んでいる……との事です。でも、身体には大事が無いのでそこら辺の心配は大丈夫ですと」
「そうか……。それなら仕方ない」
「なんだなんだ、お前ら二人もコウジって坊主に用があんのか?」
「げっ! トマギマのおっさん! コウジ君に返り討ちにされたって聞いたのに、いつの間にかギルド職員になってやがるわ!」
「げってなんだよ、げって。しかもおっさんじゃねーし」
「私から見たらおっさんなんですぅ」
リイルさんとトマギマさんが言い合いを始めた。
「すまんが、ここでクエストの受理もお願いしていいか?」
トガルさんがそんな二人を放って、わたしにヒソヒソと頼み事をしてくる。
真面目そうに見えるトガルさんだけど、やはり冒険者。
わたしは主に新人冒険者の担当なので、冒険者歴の長い二人は担当外なのだが、他の人達に見えないように依頼用紙を渡して来た。
結構ちゃっかりしている。
「あ、はい。内緒ですよ」
「ありがとう、助かる」
環境の変化その二、仲の良い仕事相手が出来た。
その二に関してはこの二人以外に、もう二人居る。
しかもその二人はランク1の冒険者だ。
「受理しました。どうぞ」
クエストを受けたリイルさんとトガルさんが去って行く。
「あのやろう、またやりやがった……」
気付くと、トマギマさんの髪の毛がヘアゴムで結ばれていた。
わたしの見ない間に何があったのだろう。
仕事に戻りトマギマさんに各種受付の仕方を教える。
そうして暫く真面目に仕事に精を出していると珍客がやって来た。
「今日も辛気臭い面をしていますね」
「ナーン」
「ゴギュギュッ」
小人と可愛い獣と泥。……当たり前のように受け入れようとしているが、最後の泥はなんなのだろうか。どうして泥が喋っているのだろうか。
「アオイロさん」
コウジさんの使い魔達だ。
アオイロさんはカウンターに飛び乗り、スズランちゃんは地面に座って伸びをして、名前の分からない泥んこちゃんはスズランちゃんの下に広がりカーペットのようになっている。
「アオイロさんです。今日の相手はどなたですか」
「ちょっと待ってくださいね……」
「うわっ、なんだこいつら!」
わたしはもう慣れているが、初めてこの三体を見るトマギマさんは驚いていた。
「どれもこれも初めて見る奴等だ……こいつどっから入って来たんだ?」
「あ、トマギマさん! スズランちゃんに触らないで――」
「――どわぁ!」
どこからか野良獣が入り込んで来たと勘違いしたトマギマさんが、スズランちゃんに触れようとしてぶっ飛んだ。
「――ゴガァ!」
スズランちゃんの下で広がっていた泥んこちゃんが身体を触手のように伸ばしてトマギマさんを突き飛ばしたのだ。
「無事ですかトマギマさん? この子達はコウジさんの使い魔達で、ギルドを利用しに来たお客様方です」
「なるほど道理で強い訳だ……」
後ろにひっくり返ったトマギマさんがそう言った。
一応無事ではあるようだ。流石冒険者をやっていただけはある。
理由は分からないが泥んこちゃんはスズランちゃんに忠誠を誓っている。
不用意にスズランちゃんに近づいて来ようとする者達を排除する習性がある。
わたしも最初はそれを知らずに大変な目にあいかけた。
「この人はトマギマさんと言います。ギルドの職員で、わたしの後輩です。悪い人では無いです……と、どうにか伝えてください、スズランちゃん」
「ナーン」
「ゴギュギュ……」
スズランちゃんはわたしの言う事を聞いてくれたみたいだ。
泥んこちゃんが再び身体を触手のように伸ばして、ひっくり返ったトマギマさんの身体を支えて立たせる。
「お、おぉ、凄いな……。なんか包み込むような安心感がある」
「ギュッギュッ……」
「俺こそすまんかった。だから気にしないでくれ」
「ゴギュ」
……話が通じている? いや、そんなはずは……気のせいだよね?
「えっと、それで今日の対戦相手ですが、冒険者ランク2の人が見つかりました」
「場所は?」
「クリスタロスギルド所有の闘技場3で受けるとの事です。ですが、相手の方が『自分が勝ったらかなりの額を要求する』とかで……」
「大丈夫ですよ。私達が人間に負ける訳無いので。じゃあ、もう行って来るので終わったら冒険者ランクに点数付与の方をお願いしますね」
地図と対戦相手の資料を渡すとアオイロさんがもう行ってしまおうとする。
「あ、あの、コウジさんは無事ですか!」
環境の変化その三、コウジさんの代わりに冒険者ランクを上げようとする召喚獣達。
家の窓から三匹の召喚獣を見た日以降、コウジさんが冒険者ギルドにやって来ていない。
アオイロさんの話によれば、何かあったらしく部屋から出て来なくなったとの事らしい。
だけれど、怪我とかはしていないので心配は要らないとも言っていた。
とにかく、図書館で別れた後にコウジさんの身に何かあったようだ。
「まだ回復には時間が掛かりそうですが無事ですよ」
アオイロさんが振り返ってそう言い、ギルドから出て行く。
アオイロさんが歩くと、スズランちゃんと泥んこちゃんも歩きだしギルドから去って行った。
あの三匹の召喚獣は主人であるコウジさんの代わりに冒険者業に取り組んでいる。
魔物を倒しに行ったり、クエストを受けに来たり、格上……コウジさんより冒険者ランクが高い冒険者との手合わせ。
コウジさんの冒険者ランクを上げる為にコウジさんの代わりに仕事をしている。
それで今日は格上の冒険者との手合わせの日だった。
手合わせは様々な物を賭けて行う事が出来る。
武器、防具、道具、依頼、お金、土地、家……そして冒険者点数。
冒険者点数とは、クエストやダンジョン攻略、魔物の納品をする事で付与される点数だ。
これを貯めて一定の点数を達する毎に冒険者ランクが上がっていく。
冒険者点数を賭けて戦って負けた場合、負けた方は自身の点数の半分を相手に渡さなければならない。
手っ取り早く冒険者ランクを上げるならこの方法が一番早い。
早いが、普通格上冒険者とは明確な力の差がありまず勝てないので賭ける人が中々居ない。
低い方が圧倒的に不利な戦いなのだ。
……だけど、アオイロさん達は負けない。
アオイロさん達の写真を見て「こいつら弱そうだな」と考えて手合わせを受ける冒険者達はみな漏れなく病院送りにされている。
今日の戦いに勝ったらコウジさんの冒険者ランクが3に上がる。
そのランクになればコウジさんがずっと受けたがっていたゲトス森の調査クエストが受けられるようになる。
「……」
仕事をしながら考え事をする。
やっぱりコウジさんはあの森にいると言われているものと知り合いだったりするのだろうか。
会ってどうするつもりなのだろうか。
わたしはそれを見ても、この気持ちが変わらずに居られるだろうか……。
「ん、コラキ先輩何か考えごとでもしてます?」
「……いえ、別に。あ、ここ間違っていますよ」
「おっと、いっけね。教えてくれてありがとうございます!」
その後、そう時間が掛からない内にアオイロさん達が返って来た。
結果は勿論、アオイロさん達の勝ち。
これでコウジさんの冒険者ランクが3に上がり、例のクエストが受けられる。
【ゲトス森の調査クエスト】
ゲトス森にて竜の目撃情報が寄せられたので調査を頼みたい。
水辺での目撃が多いと言われているので、そこを中心に探索してもらう。
下に載せた地図を元に指定の場所に赴き、竜が居るかどうかを確かめて来る事。その際、発見した場合は写真に収めてくる事。
―噂の竜―
透き通るような鱗を持った水色の竜。
小竜では無いが、成体よりも少し小さい程度の大きさとの事。
凍えてしまうような冷気を纏っている。
魔物を氷に閉じ込めたり、逆に焼いたりと摩訶不思議な水ブレスを操る。
特徴からギルドでは仮の呼び名として、この竜を雹水竜と名付ける。
※戦闘は決して行わない事※
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