十三話 二体目の天災竜


「地図を取って来るので、コウジさんは席に座って待っていてください」


 コラキさんがそう言い奥の棚の方に向かって行った。


 クリスタロス街一般市民区、クリスタロス第一図書館。

 横にも縦にも大きなこのドーム状の建物は木で出来た大きな本棚が上下左右に広がる不思議な場所だった。

 誰も手が届かなさそうな位置にまで本棚が積まれている。


 地球では決して見る事が叶わないだろう光景が広がっていた。


 あまりの光景に立ち尽くしていると、誰かが俺の横を通ってカウンターへ向かって行く。

 カウンターで椅子に座る司書がその人から何かを聞かれ手元のタブレットを操作すると、本棚が音を立てて動きカウンターの前までやって来て、一冊の本を射出する。

 それをキャッチした司書が本を渡すと、その人は礼を言い去っていった。

 役目を終えた本棚はまた動き出し本棚列に戻っていく。


 日本からやって来た俺は「地震が来たらどうするんだろ」なんて夢の無い事を考えながら建物内を見て回る事にした。


 目に入る物全てが新鮮で珍しいのでウロウロしていたらコラキさんに遭遇し「座って待っていてって言ったよね?」とニコニコ笑顔で言われたので退散する。


 そそくさと逃げるように本棚が乱立する中央から建物内の端まで来ると、そこは椅子とテーブル、ソファやディスプレイが置かれる読書スペースとなっていた。

 適当な席に座って先程買ってきたスマホに目を向ける。


 既に生体認証を行ったスマホは手で持つと勝手にロックが解除され、ホーム画面が現れた。


 ……まさか異世界でスマホを買う事になるとは。


 この世界に来てから今日まで、魔物を狩っては納品する生活を送っていたおかげで懐に余裕があったので、最新機種を一番良い通信プランで購入したが、店員さんの話を聞いていた感じではこの世界でもスマホは便利な物だと思えた。


 まず、これで電子マネーが使えるようになる。

 このスマホがあれば、財布を持ち歩く必要が無くなるのだ。

 ギルドの報酬金で財布がパンパンになる事もなくなり、大量の現金を他の人に奪われるのではという思いから解放されるようになる。


 しかも、少なくともこの街では全店舗で電子マネーの対応がなされており、店舗によって使える電子マネーが分かれているなどという面倒な事も無いときた。


 ここにお金を入れておけば、全国どこに行ってもこのスマホ一台で清算する事が可能になる。と、携帯ショップの店員さんは熱弁していた。


 この世界で旅をしなくてはならない俺は、その言葉に心を掴まれ購入を決意。

 乗せられるままに明らかに要らんだろというオプションも全部付けて買って来た。


 中には「失くしても勝手に手元に戻って来る携帯電話自立歩行機能」オプションなどという怪しい機能も入れてもらったがどうなのだろうか。


 ……などと異世界スマホに思いを馳せていると、コラキさんが両手に大きな本を抱えて戻って来た。


「お待たせしました。こちらが世界地図になります」


 そう言ったコラキさんは机の上に地図を広げ、俺の隣に座る。


「お、おお……。何か凄いって事は分かるんですけど、何が書いてあるかは全然分からないです……」

「安心してください。その為に私が居ますから」


 本の見開きには、A2サイズの紙くらいの大きさの地図が載っていた。

 地球と同じように海が多く陸地の方が少ないが、見た事の無い形の大陸が六つあった。


 恐らく地図の中央に載っているのは俺が今居る大陸なのだろう。

 無理やり中央に寄せたせいか、地図の端の方が歪になっている。


「こちらからこちらまでがケロスという国の領地になり、こちらがケロス国王都ケロスです。私達が今居るクリスタロスはこちらです」


 黙って地図全体を眺めていると、左に座るコラキさんが右腕を伸ばし地図の中央の方を人差し指でなぞり出した。


 この地図の中央にあるのがケロス国王都ケロス。

 クリスタロスはケロス国内の右下の方にあり、クリスタロスの更に右には海が広がっていた。


 俺が今いるこの大陸には国が二つあるようで、ケロスの左上に別の大きな国が描かれている。


「ちなみにこちらはイレクトリという国になります。工業や電子、機械が発展した世界一の工業国です」


 俺の視線に気付いたコラキさんが近くの国の説明もしてくれる。


 二つの巨大な国が成る台形のような形の大陸だった。

 大陸の至るところにポツポツと青色の穴が空いており、湖が多い事が分かる。

 ケロスとイレクトリの間には長い川があり、そこが国境となっているようだ。


「お探しの国はこちらの大きな丸い大陸にあります。こちらにスイザウロ魔王国があります」

「そこに……」


 地図上でここから右下に目算で25cm程離れた場所。

 広い海を越えてやっと出て来る大陸の中央に位置する国。


 地図の縮尺などは分からないが、かなり遠い地にあるように見えた。

 間に海を挟んでいる為、スイザウロ魔王国に行くには飛行機のような物で空を飛んでいくか、船に乗って海を渡るかをした方が良さそうだ。


 しかし、この街には身分証もパスポートも持たずに入れたが、他の国ではどうなんだろうか。


 もし必要なら、正規の手段で入国するには面倒な市役所手続きをする必要がある。


 異世界人の俺にそんな物が取得できるのだろうか。


 ホテル済みで住居など無い。住所も無ければ、親や親戚など家族も居ない。


 国籍はやはり無くてはならないのだろうか。

 どこの国も怪しい奴をみすみす入国させるような真似はしないだろう。


 許可が出ても、どういう手段で行けば良いのか。


 飛行機や船の予約はどこからすれば良い。

 空港や港からは何日で目的地に着くのか。


 距離がだいぶある為、他の国を経由して行く必要もありそうだ。

 そこでは俺の言葉は通じるのか、文字は覚えた方が良いのか。


 ……どちらにしても長い旅になる事は覚悟する必要がある。


 一歩一歩確実に進んで、スイザウロ魔王国に行って、思い出の学園に赴いて。

 そしたら……アズモにも会えるだろうか。


 時を確認するのが怖くて、離れ離れになってからどれほどの時間が経過かしたのかがまだ見れていない。


 アズモやあいつらに再開した時に言うセリフは「よ、久しぶり」とかで良いだろうか。

 小学一年生だったあいつらはどれほど大きくなったんだろうか。


 俺の事は覚えているだろうか。


 覚えていてくれたら嬉しいし、覚えていなかったら思い出してもらえるように頑張れば良い。


 ――早くあいつらに会いたい。


 目的地が分かった事でやらなければならない事が頭の中で更に明確になる。


 依然問題が山積みである事に変わりは無く不安でいっぱいだ。

 だが、場所が分かり、会えるかもしれないという気持ちが高まったおかげで会うのが楽しみになってきた。


「――ですが、世間一般ではスイザウロ魔王国に行くのはお勧めされていません。言っても無駄な事を承知で言いますが、わたしも今のスイザウロ魔王国には行くべきでは無いと思います」

「……え、っと、それはどうしてですか?」


 スイザウロ魔王国に行くべきでは無い。

 冷や水を浴びせられたような気分だった。


 どうしてそんな事を言って来たのか全く分からなくて固まりかけたが、なんとか声を絞り出してどうしてかを聞く。


「あの国で内戦が行われているからです」

「…………は?」


「スイザウロ魔王国には竜王家という竜の一家が居ます。竜王家の次女が一家へ反乱を起こした事により国を揺るがす大乱が始まりました。そこへ竜王家次男を含むテロ組織が介入し、国を巻き込む内戦へと発展……といった感じです。表向きは何も行われていないように見えますが、水面下では壮絶な戦争が行われています」


「いや、いやいや、そんなはずがない! あの一家はそんな事をするような家族じゃないはずだ!」

「コウジさん、落ち着いてください。ここは図書館です」

「あ……すみません」


 あまりの衝撃に気付かぬ内に椅子から立ち上がって叫んでいた。

 コラキさんからの言葉で周囲の視線に気付き、謝ってから床に転がっていた椅子を戻して静かに座る。


 スイザウロ魔王国で内戦。

 原因は竜王家。次女の行動が引き金となり騒動が始まった。

 竜王家でのお家騒動が国を巻き込み、竜王家次男を含むテロ組織が乱入。


「……冗談では無いんですか?」

「今言った事は全て事実です。新聞やニュースで大々的に扱われているので直ぐに確認する事も出来ます」

「そんな……どうしてそんな事に…………」


 脳が理解を拒んでいる。

 あの国は魔物と人間が共存する平和な国だったはずだ。


 コラキさんが放った言葉が全部嘘だと思いたい。

 そんな事が起こるはず無いと心が叫んでいる。


 ……だが、確かに残っている異世界での最後の記憶がそれを本当なんじゃないかと囁く。


 一度目にこの世界に来た時、俺が元の世界に戻された原因が脳裏にフラッシュバックする。


『――コウジ君の役目はもう終わりだ』


 そう言ってテリオ兄さん――竜王家次男が俺を刺した。

 刺された事で意識を手放し、気付いたら東京にある病院のベッドの上に居た。

 竜王家でアズモと共に生きていた俺は、竜王家次男に刺された事でアズモから引き離されて元の世界に戻された。


 俺を刺したのはアオイロだと思っていた。……いや、そうだと思いたかった。

 誰かに変身する事が出来るアオイロがテリオ兄さんに化けて俺を刺して来たんだと、ずっと信じていた。


『――それが無くても変身は出来るのですが、人に見せられた物では無いのですよ。だから、私は変身を完璧な物にする為に殺して中に取り込んで模倣しています』


 アオイロがあの時言っていた言葉は嘘じゃなかったのか?


 俺を刺したのはテリオ兄さん本人だったとでも言うのか。

 いや、あんなに俺に優しくしてくれた人が俺を刺した訳が無いだろ。

 家族思いで、俺の事も家族の一員だと思ってくれていたテリオ兄さんが俺の事を刺す訳が……。


 ……俺は竜王家から本当はどう思われていたんだ?


 俺はただの役割を果たす為の消耗品でしか無かったのか……?


 ……いや、それはもう考えないようにしよう。

 会って直接聞いたら分かる事だし、なによりそう考えてしまったら心が持ちそうにない。

 それよりもあの国に居る人達の心配の方が先だろう。


 親父や母さん、家族として過ごした人達。

 スフロアとルクダ、保育園で一緒に過ごした友達。

 ラフティリやブラリ、学園で共に学んだあいつらは無事なのか?


 そして、俺と引き離されたアズモはあれからどうなったんだ?


 そうだ。アズモだ。

 アズモに聞けば全部分かるんじゃないか。


 例え竜王家が俺の敵だったとしてもアズモは俺の味方で居てくれる。


 アズモに会えれば全てが解決する。


「どうしてそんな事に……ですか。結構有名な話だと思うのですが、コウジさんは知らないのですか? 竜王家から天災と呼ばれる竜がまた出た事を」

「天災……」


 天災竜エクセレ・ネスティマス。

 竜王家長女の事を指す言葉。


 人型の魔物が持つ三つの能力、魔物化・異形化・解放。

 その中で俺が唯一使えない能力、異形化。

 その力は、理性と引き換えに本人に絶大な力が与えられる。


 人間に強い恨みを持ったエクセレは俺の前に二度現れ、そのどちらでも沢山の被害を出していった。


 エクセレは条件を満たし異形化してしまうと、人間を確実に殺す竜になる。

 千年以上も人類の障害として立ち塞がる竜だ。


 天災竜とは甚大な被害を周囲に巻き散らす竜に与えられる忌み名。


 俺が居た時はエクセレしか天災竜が居なかったが、また一人増えたという。


「その竜の名前は何ですか……」

「それは……」


 聞くのが怖いが気になる。


 誰が天災竜になってしまったんだろうか。

 誰が暴走してそんな事になってしまったんだろうか。


「アズモという名前の竜です」


 …………………ああ。


「天災竜アズモ・ネスティマス。同じく天災竜であるエクセレと呼び方を分ける為に、この竜は魂竜アズモ・ネスティマスと名付けられ識別されるようになりました。人類……いえ、生きとし生ける者全てを襲う天災です。この天災竜が生まれた事で竜王家がおかしくなったと言われ――」


 こういう形でアズモの名前を聞きたくなかったな……。


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