四話 「是非、冒険者登録を」


 クリスタロスギルドの中身は大人しい物だった。

 様々な種族の冒険者が壁一面に貼られたクエスト用紙を吟味し手に取っていく。

 室内には木で出来た丸テーブルがいくつも置いてあり、輪になって話し合っているグループや、食事をしている冒険者もいる。


 奥には半円状のカウンターがあり、ギルド職員が冒険者に報酬を渡していたり、何かを買い取っていたり、説明をしていたりと忙しそうだ。


「中は外に比べて落ち着いた雰囲気なんですね」

「これでも一応公的機関だからね。真面目にやらなきゃ成り立たないのよ。…………まぁ、地下には外観通りの空間があるけどね」

「どんな風になっているんですか?」

「面白い所ではあるんだけど、あまりお勧め出来ない場所かな……」


 そう言ったリイルさんがキョロキョロと辺りを見回して何かを探す。


「あ、居た居た。馴染みの職員を連れて来るから少し待っててね」

「分かりました」


 俺が頷くとリイルさんはギルドの奥の方に向かっていった。

 特にやる事も無かったので、ギルド内の観察をする。


 ギルドの外観がギラギラとしていたので、中も派手な装飾が施されているのかと身構えていたがそんな事は無かった。


 プライベートな会話を行う用だろうか個室がいくつか用意され、中が見えないようになっている場所があったり、ファストフード店のような飲食店があったり、ロッカールームが用意されていたり。


 確かに、真面目な雰囲気が漂っているように見えた。

 冒険者は荒くれものが多いというイメージだったので、少し肩透かし感がある。

 もっとこう、乱闘していたり昼間っから酒を浴びるように飲んでいたりしていると思っていた。


 リイルさんが「地下に外観通りの空間がある」と言っていたが、この分ならどうって事ないような気がしてくる。


 ……それにしても。

 施設内を見回すついでにどんな人が居るのか見ていたが、何かが引っかかる。

 人間に獣人にエルフと様々な種族がいるが、何かが足りないような……。


「お待たせ~、友達を連れて来たよ~! あれ、何か考え事?」


 違和感の正体を探る為に考えていると、リイルさんが職員さんを連れて戻って来た。

 赤い帽子を被り、眼鏡を掛けた黄緑色の髪の毛の賢そうな女の人だった。

 金髪に紫のとんがり帽子を載せて何も考えてなさそうな笑みを浮かべているリイルさんとは対照的である。

 二人は何をきっかけに仲良くなったのだろうか。


 ……なんて言ったら、トガルさんも堅実そうな雰囲気を醸し出す茶髪のお兄さんだったので、たぶんリイルさんが堅そうな人と打ち解けやすい人なのだろう。


「色んな人が居るなーって見てただけです」

「この街には国中の冒険者がやって来るからね。あ、それでこの子が私の友達のレイラちゃんだよ!」

「お初にお目にかかります。当ギルドで五年程職員を務めておりますレイラと申します。以後お見知りおきを」


 レイラさんは綺麗なお辞儀をしながら、丁寧に自己紹介をしてくれた。


「どうも、コウジです。ギルドに来るのが初めてなので何かと分からなくて沢山の質問をしてしまうかもしれないですが、よろしくお願いします」


 俺もペコリとお辞儀しながら、レイラさんに挨拶をした。

 頭に乗ってくつろいでいた奴が落ちかけ慌てて髪を引っ張ってきたが、「いてー!」とか口に出したら台無しになるので我慢した。

 頭に乗っかっていた奴は健闘虚しく滑り落ちたようで、俺の前髪を掴んで足をバタバタしだす。


「……何してんだよお前」

「まさか人間にお辞儀するなんて思う訳無いじゃないですか!」

「……」


 呆れながら無言で支えてやり、頭の上に戻してやった。


「そちらが花の精霊ですか……。リイルに聞きましたが、精霊をこのレベルで手懐けるなんてやはり腕の立つテイマーなのですね。よろしければ、うちのギルドに冒険者登録してみませんか」


 俺とアオイロのやり取りを見たレイラさんが、俺がここまで引きずって来た熊の死体と再び頭の上でくつろぎだしたアオイロを交互に見ながら勧誘してきた。

 何故かリイルさんは胸を張って我が事のようにどや顔をしていた。


 ……いよいよ吐いた嘘が取り戻せなくなりそうだ。

 アオイロの事を説明するのを面倒がって「花の精霊」なんて事にしていたが、こいつはただの倫理観皆無の糞魔物だ。

 今更「実はこいつ精霊じゃなくてただの魔物なんです」と言っても信じてもらえるだろうか。


「あの実は――」

「コウジさんが運んで来てくださった魔物の買取は当ギルドが責任を持って執り行いますので任せてください。ただ、このサイズの魔物となると時間もその分掛かりますので、是非冒険者登録なさいませんか。今なら様々な特典もお付けします」

「……はい」


 レイラさんの圧と、騙している事の申し訳なさに負けて頷いてしまったのも仕方のないことだろう。



―――――



 熱意に負けて冒険者登録をする事にした。

 カウンターに並ぶ人の列が長くて混んでいるように見えていたが、クエスト掲示依頼受付窓口、クエスト受注・報告窓口、冒険・探索相談窓口、冒険者登録窓口と要件によって分かれていたようで俺が用のある窓口はがら空きだった。


 ふと壁に取り付けられていたシックな時計を見ると、16時を超えている。

 この時間にクエスト受注・報告する人は沢山居ても、冒険者登録をしようとする人は居ないようだ。


 冒険者登録窓口は三つあり、受付には綺麗なお姉さん方が座っていた。この人達が受付嬢というものだろう。

 これから冒険者となる人達を優しく迎え入れるよう、緊張を少しでも解せるように包容力のありそうなお姉さんで固めていたりするのだろうか。

 もしそうなら俺も僅かとは言え不安な面があったので、非常に嬉しい措置だ。


「冒険者登録をしに来ました」


 俺は左端に座る黒髪のお姉さんに話し掛けた。

 なんとなくだが、この人が一番優しそうだなと思ったからだ。

 ついでに、親近感を覚えたというのもあるが。


「……わたしにですか?」

「はい。もしかして俺間違えて別の窓口に来ちゃった感じですかね?」


 俺に話し掛けられたお姉さんは首を傾げ、心底分からないといった表情をした。

 はて、レイラさんに言われた通りに冒険者登録窓口に来たつもりだったが、場所を間違えてしまったのだろうか。


 過去に異世界に来た事もあり、日常生活レベルの会話は可能だが文字は全然読めない。

 簡単な単語や数字、知り合いの名前が読める程度の識字力だ。


 上の方に異世界の言語で書かれた木の札があったが、なんて書いてあるのかが読めなかったので、間違えた可能性は大いにある。


「いえ、合ってはいますが……」

「なら良かったです。えっと、それで俺、冒険者登録をしたいのですが……」


 どうやら合っていたようだ。

 だが合っているのなら、何故お姉さんはこんな反応をしているのだろうか。


「本当にわたしでいいのですか? 人生で一度しかないような冒険者登録を任せる人がわたしで」

「え……何か駄目な理由でもあるんですか?」

「ないですけど、わたしなんかでそんなイベントを済ませるなんて……」


 すごく卑屈な人だったようだ。

 受付のお姉さんは視線が俺と合わず、喋る毎に俯いて行く。


 隣のお姉さん達に負けず劣らず美人であり、綺麗な黒髪が似合っている人だと思っていたが、自分の外見になんかコンプレックスでもあるのだろうか。


「わたしの他のカウンターも空いているのに私を選ぶなんて、良い趣味してますねお兄さん。今度の方はどんな揶揄い方をしてくれるんですかね。楽しみ過ぎて血圧が上がってきちゃうなー」

「えーっと……」


 よく分からないが、こうなってしまったのは俺のせいだよな?

 ……初対面の人をいきなり褒めるとナンパしていると思われそうで嫌なのだが、正直な思いを伝えておいた方が良いか?


「揶揄うなんて滅相もないです。俺はお姉さんを素敵な人だと思いますよ。だってまず公的機関の職員として働けるなんて凄いじゃないですか。公務員ですもんね。倍率も高いと思いますし」

「あ、すみません、そんな台詞を催促したみたいで……そんなつもりなんて一切なくて……。でも、はい。確かにこの職に就くのには苦労しました……就いてからの方が大変でしたが…………」


 受付のお姉さんは俯いていた頭を少し上げた。


 どうやら効果はあったようだ。

 これから長い付き合いになるかもしれないし、思った事を告げるだけで元気になってくれるのなら少し恥ずかしいが言った甲斐があった。


「俺はお姉さんの落ち着いた見た目も良いなって思います。黒髪とか艶があって綺麗だなと」


 ……くそ、やっぱり恥ずかしいぞ。

 なんで俺は初対面のお姉さんを褒めているんだ。

 なんか気付いたら隣に座っているお姉さんが「あら〜」とか言いながら見てるし、その更に隣に座っていたお姉さんが「良かったわね、コラキちゃん」って言いながら頭を撫でているし……こんなはずでは。


 もうこうなりゃやけだ。どうにでもなれ。


「すみません、ほんと、色々言ってもらえて……ここらへんお風呂が多いし、お給料が良いから良い物を買えるし、食べられるしで……へ、へへ…………」


 お姉さんはまた頭を少し持ち上げた。


 やっておいてなんだが、少し……いや、かなり心配になるぞ。

 なんと言うか、ちょろすぎないか?


 お姉さんレベルの美人さんなら、普段ナンパもしつこいくらいされていてもおかしくなさそうなのに慣れていないのか?


 その後も褒め続けると、お姉さんは顔を完全に上げ、俺と視線を合わせてくれるようになった。

 これでやっと普通に会話が出来そうだ。


 次の言葉で最後にしよう。


「あと、それとやっぱりその背中に生えたやつですね」

「…………え?」

「鳥の翼ですかね? 獣人の翼を初めてこの距離で見ました」

「………………」

「その黒い翼が――」

「――うえっ」


 俺がこの窓口を選んだ理由はお姉さんに親近感を覚えたからだ。

 俺とは違い、綺麗な毛並みで構成された翼。

 最後にそれを伝えようとした。


 ……だがそれを言い切る前に、綺麗な黒い翼を持った鳥のお姉さんが目の前で吐いた。


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