三話 「国で一番夢が溢れている街」


「なんでも透き通る空のように薄い青色の鱗を持った竜らしい。見たって奴等の話によると水の息吹を放ったと思ったら巨大魚や魔獣が焼けていたとか、足元から冷気を放って森一帯を氷漬けにしたとか。かと思えば、夜になるとシクシク泣きだすとかなんとか……。正直どれも眉唾物だ。大方酔っぱらった冒険者が法螺を吹いて回っているのではないかと俺は思っている。だが、竜である以上は見過ごす事も出来ない。噂の真偽が明らかになるまで森への出入りが禁止になったって訳だ。……まぁ、こうして俺達みたいに依頼金に目が眩んだ奴等が生贄となって森の調査という名目で入り込んで居るのだがな」

「……ごめんなさい」


 俺に肩を貸され足を引きずりながら歩くトガルさんが、竜の特徴を話していたと思ったら杖を持ってヨタヨタ歩くリイルさんに流し目を送る。

 心なしか、リイルさんがしゅんとしているように見えた。

 何やら並々ならぬ事情がありそうだ。


「えっ、あんな熊にやられるようなのにそんな危険なクエストを受けるなんて馬鹿なんですか? 人間って頭があるのに考えるのは苦手な生き物なんですね」

「おい馬鹿煽るな。すみません、こいつは俺が握りつぶしておきます」


 痴話喧嘩に混ざりたくなかったので静観を貫くつもりだったが、俺の頭に乗っかっていたアオイロが言わなくていい事を言う。

 やはり丸めてポケットにしまっておくべきだった。


「ハハハ、精霊ってのは手厳しいんだな。……まぁそれは事実だからその精霊を許してやってくれ。コウジの大事な仲間なんだろ?」

「…………そうですね」


 見えないはずなのに、頭の上でアオイロがニヤニヤしているのが何故か分かる。


「俺もこんなのは今回で懲り懲りだ。リイルがノリで変なクエストを取ってこないようにしっかり手綱を握るようにする」

「……ごめんなさい」

「それはそうと、この森に竜はいたんですか?」


 リイルさんが縮こまっていくのが居たたまれなくなり話題を変える事にした。


 やり取りで分かったが、森を調査するクエストを取ってきたのはリイルさんの方なんだろう。トガルさんが目を離した隙にクエストを勝手に受注していたとかそんなところな気がする。

 当のリイルさんが酷く項垂れているのでもうそこまでにしてあげてほしい。


「その竜の目撃情報が寄せられた所に辿り着く前に先程の熊に襲われてな……。要は分からないんだ。これじゃクエストの報酬金ももらえないだろうし、足を怪我したせいで暫く冒険は無理だろうしで困った困った……」

「……ごめんてぇ」


 まだ少し腰の抜けているリイルさんは杖を着きながらよちよち歩き、トガルさんに近づき裾を掴む。

 大人の女性が今にも泣きだしてしまいそうな雰囲気だった。


 リイルさんが責められる会話を流したはずなのに、予期せずまたリイルさんが責められる話になってしまった。


「ほんと人間ってバ――」

「え、えっと、さっきの熊って持って帰ったらお金になったりしませんかね!?」


 アオイロが何か良からぬ事を言う前に左手で握り強引にポケットにしまう。

 これ以上こいつに喋らせるとリイルさんは絶対泣く。


「あぁ、あの熊を持って帰れたら毛皮とか肉、骨が買い取ってもらえて金にはなるだろうが、流石にあの巨体じゃなぁ……。持って帰れる部位だけでも切り取ろうとしたが、持っている剣ではあれに刃が通る気がせん」

「お金になるんですね! ちょっと待っていてください!」

「ん……、おう?」


 足を怪我したトガルさんを座らせ、多腕の熊の元まで走っていく。

 途中で左ポケットがモゾモゾと動いたので、上からパンと叩き沈静化させた。


 全力で走ったら直ぐに熊の死体が見えたので、指の一つを握り引きずって戻る。

 途中途中で熊が木々につっかえて阻まれてたが、強引に引っ張って木をへし折りトガルさんとリイルさんの元まで戻った。


「お待たせしました! 熊の死体を持って帰りましょう!」

「…………君は本当に人間なのか? 人間にしては膂力がイカれ過ぎているような……」

「細かい事は良いんですよ。これを売って生活の足しにしましょう」

「そ、そうか。しかし、さっきはああ言ったが、何もしていない俺達がもらって良いのか?」

「街への道案内のお駄賃って事で」

「絶対に釣り合ってないんだよなぁ……」


 遠慮するトガルさんを何とか説き伏せ、熊を売ったお金を5対5で分ける事にした。

 元はと言えば竜が住み着いたのが原因だし、二人は俺の同胞による災害に見舞われたようなものだ。

 決して口には出さなかったが、二人には少し申し訳なさがあった。


 俺の心は竜に染められている。



―――――



「最高の気分だったわね! 二人は見た!? 門番のあのギョッとした表情! 街を歩く人達も信じられない物を見るかのような視線を私達に向けていたしね! このまま、森の調査クエストを選んだ時に私達を馬鹿にしていた奴等の元まで行こうよ! はぁ~、傷を負った自尊心が満たされるわ~!」

「調子に乗るなよお前……。だいたい視線を集めていたのは俺達じゃなくてコウジだからな?」


 街に入って来るまでは家財を破壊した犬のようにしゅんと項垂れていたリイルさんだったが、気付いたら「おほほー」とか言いながらはしゃいでいた。


「人間って変な生き物ですね」

「……ノーコメントで」


 沈静化させたアオイロも気付いたら復活していた。

 元気になったアオイロは俺の頭の上に戻り、リイルさんに対してまた良からぬ事を言って同意を求めてきたが、今度は俺もフォロー出来そうになかった。


「すまんが俺はここらで病院に行く。ここからなら一人で大丈夫だ。魔獣はギルドへ持っていくか、革細工専門店の所へ持っていくかだがギルドの方が諸々込みで買い取ってくれる上に冒険者ランクに加算してくれるから良いと思う。そのギルドへはリイルが案内してくれるはずだ……きっと」

「お姉さんに任せてね!」


 リイルさんが胸をトンと叩き、楽しそうに笑う。

 ふとトガルさんの方を見ると、「無理してでも俺も行くべきか……?」などとブツブツ言っていた。


 ……なんと言うか、まだ僅かな時間しか二人と行動していないが、力関係や普段どう過ごしているかが分かった気がした。

 リイルさんが勢いで何かやらかしてトガルさんがその後処理をする。たぶん二人はそんな生活をしているのではないだろうか。


「じゃあ頼んだぞ……本当に頼んだからな! 頼むから変な事はするなよ!」


 トガルさんは最後にそんな事を言い残し、道を曲がっていった。


「トガルってばなんで私にあそこまで言っていったのかしらねぇ?」

「どうして、ですかね……」

「……ま、いっか。考えても分からない事は考えてもしょうがないわ!」

「ですね……」


 トガルさんの苦労が目に浮かんだ。


「んで、ギルドだったわね。この街に来るのは初めてなんだってね?」

「はい。なんか凄い所ですね、ここ」


 確か街の名前はクリスタロスという物だった気がする。

 ここに来るまでの道中でトガルさんが教えてくれた。


 ここへは森からゆっくり歩いて一時間半くらいで着いた。


 まず特徴的だったのが、街全体が高い壁で覆われていた事だ。

 黒や白。赤、青、黄色。その他にも様々な色で出来た壁がこの街を囲っていた。

 近くで見てみると、壁一面が雑多な絵や言葉で満たされていて驚いた。

 落書きなのか、そういうアートなのかは分からないが、カラフルに彩られた壁は見ていて面白い。


 大きな文字が走り書きされていたり、風船を持った女の子が描かれていたり、美少女キャラが描かれていたり。

 色々な人の趣味や趣向が凝らされているのは確かだろう。


 ただ、スプレー缶を持った連中が統一された服に身を包んだ人達に「待て!」と叫ばれながら逃げ回っていたので治安は悪そうだなと思った。

 その割には、関所や入国審査みたいなものはなく、「身分証の提示を求められたらどうしようか……。最悪空から侵入するか?」などと考えていたが、カラフルな街門では「兄ちゃんスゲェの持ってんな!?」と驚かれただけで普通に通れた為拍子抜けした。


 冒険者や観光者、商売人の出入りを一々検閲していたら時間が掛かり過ぎるから簡略化でもしているのか?

 だがしかし、それでは犯罪者が自由に行き来出来てしまうのではと思うが大丈夫なのだろうか。


 ――何はともあれ、街の中も華やかなものだった。


 見たところ、ホテルや飲食店、武器・防具屋、道具屋、薬屋、銭湯などが多く、民家や雑居ビル、学習塾などといった普通の街にありそうな建物類がほぼ無く、至る所で呼び込みが行われている。

 さながら日本の有名観光地に、武器屋などの異世界要素を足したらこうなるんだろうなといった感じの街だ。


 日本からやって来た俺から見てホテルや飲食店の間に平然と武器屋が挟まっているのは違和感しか無い。

 なんと言うか、武器屋みたいな建物はRPGに出てきそうな村に存在する物だという認識があるせいで脳がバグを起こしそうだった。


 異世界に来るのは初めてでは無いので、東京並みの都会が存在する事は知っていたのだが、こういった異世界らしい店を見るのは初めてかもしれない。


「まぁ、驚くのも無理ないかな。ここクリスタロスはケロス国内でもかなり異質な街だからね。一応、奥の方に行けば普通の都市みたいになっているよ」


 そう言ってリイルさんが歩き出したので、俺も化け熊を引きずりながら付いて行く。

 幸い、道幅が広く、団体でも通れそうな余裕のある道だが、俺は邪魔になっていないだろうか。

 気のせいか、避けられているような気がしなくもない。


「道行く人皆この熊に一瞬驚きはしますが、直ぐに道を開けてくれているような気が……」

「まぁ、良くある光景でもあるからね。獲物を引きずって帰ってくるのは」

「そうなんですか?」

「そりゃだって、この街は冒険者の街なんて呼ばれているからね。人口約15万人の内、10万以上が冒険者。国で一番治安が悪くて、国で一番夢が溢れていて、国で一番賑やかな街。……そして見てごらん」


 言われるままに前を向き視線に飛び込んで来たのは、ギラギラと輝く装飾がなされた馬鹿デカイ建物。

 扉の上には異世界の文字が書かれた白い看板、銀色の巨大な角、金色の大剣。


 装束や甲冑に身を包んだ者、棍棒や盾を背負った者、2.5mは超えてそうな背丈の者、逆に1mも無さそうな者、獣耳や尻尾が生えた者達が扉を潜っていく。

 リイルさんはそんな扉の元へ走って行き、俺の方を向いてニコッと笑う。


「ここがクリスタロスを代表するスポット、クリスタロスギルドだよ!」


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