第5話 葛藤

 着信は紅美からで、迷ったが仕方なく電話に出る。

 「やっと出た! もうっ、連絡してくれるって!」

 耳に貫通する声に耐えられなく、反射的に通話を切った。

 再び着信。今度は音量を下げ、スピーカーモードにする。案の定、文句の連続だった。そのうち気が済んだのか、今度は弱音を吐き出すがずっと黙っていた。

 「今日は仕事だろ?」

 「あっ、なんか総長さん所の人が迎えに来てくれて」

 近藤さんがすぐ動いてくれたようで一安心だ。

 「桃源ももすけの仕業ねっ⁉」

 なぜ怒っているのか理解できない。

 「昨日は、勇太君が居たから助かっただろ」

 「そうだけど。あの磯崎おとこ、本当にしつこい!」


 磯崎の狙いは、おそらく。以前から磯崎に勧誘アプローチされていたが、何度も断っていた。一生付いていくのは冠城さんあのひとだけだと決めている。


 「何か困った事があれば、近藤さんに相談しろ」

 「……うん。それより、勇人からの伝言は?」

 しまった。こうなったら、隠しても仕方がない。

 「紅美くまこ宛てにもメッセージがあった」

 「なんて書いてあったの!?」

 「全部、終わってからだ」

 「いつもそう……肝心な事、何で教えてくれないのよっ」

 声が震えているように聞こえた。紅美が電話の向こうでどんな表情をしているか想像できた。彼女とも十年の付き合いなる。

 「冠城さんは、紅美おまえを危険な目に合わせたくないんだよ」


 どうして紅美こいつにこんな台詞を言わなきゃならないんだ。冠城さんあのひとの気持ちは一番よく知っている。だからこそ、今にも壊れそうな彼女に伝えなければならないのか。


 「紅美おまえを一番に、大切に想っているからだろ」

 「桃源ももすけのバカっ。あんただって、勇人のこと大好きでしょ!」


 一瞬、思考が止まった。

 おい、どういう意味で言っているんだ。ラブか、ライクか。

 だが、紅美こいつだから唯一の人間なのかもしれない。逆に、一周回って冷静さを取り戻せたのは助かった。


 「……はぁ。泣くのはよそでやってくれないか。まだ忙しいんだ」

 すすり泣く声がスマホを伝って、静まりかえった部屋の中に忍び込んでいる。

 しばらくすると、紅美の大きく吸い込んだ深呼吸も伝わってきた。

 「明日、ちゃんと迎えに来てよねっ」

 「分かった」

 「勇太君、可愛い子だから、桃源あんたが居ないと勇太君までナンパされちゃうわ」

 はっきり言って面倒くさい。しかし、今は磯崎がまた何かしてくるかもしれない。それに、紅美が一緒に居れば男は寄ってこない。紅美と居れば女は寄ってこない。お互いの利害は一致している。

 「……はぁ。二時に迎えに行くから。遅れるな」

 「うん」

 「じゃ、切るぞ」

 「待って」

 「何?」

 言い出しずらそうに無言になった。

 「用がないなら……」

 「勇人の為に、頑張って」

 そうだった。紅美も冠城さんが無事であることを信じている。

 「言われなくても、今そうしてる」

 「うん」

 そして、通話を切った。


 ベランダに出て、煙草に火を付け一服する。夜の寒さが脳内も冷やしてくれた。

 さて、勇太君にどうやってGPSを持たせようか。

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