第4話 静 -sei-

 泉龍組本家に到着したのは、夕方四時過ぎ。玄関では若頭の矢島が待っていた。

 「佐伯先生。先月は本当にお世話になりました」

 「いえ、私は仕事をしたまでですよ」

 以前から矢島の家族に起きた不幸な事件を請け負い弁護していた。それが先月、裁判で勝訴し決着がついた所だった。

 「息子なんて、俺も弁護士になるって勉強するようになりましたよ」

 「結弦ゆづるくんですか」

 「ええ、高校に行けるかも分からないのに、佐伯先生を目標に頑張るって」

 矢島は厳つい風貌に似合わず笑顔がこぼれていた。

 「そうですか。応援しているとお伝えください」

 誰かの目標になるなんて考えてもみなかったが、少しだけ気持ちが晴れたような気がする。

 

 その矢島に案内され、庭の奥へ進むと小さな建物に入るよう言われた。茶室だ。四畳半の空間に近藤さんだけが居た。

 「また、呼び出して悪かったな」

 「いえ。それより、何か不都合な事でもございましたか?」

 「そういうわけじゃない。まずは、茶をてたい」

 そう言って、茶の準備を始めた。静まり返った茶室に二人きり。

 私は一切の雑念や不安を払拭できるいい機会だと思った。目を閉じ、自分に言い聞かせる。


 ――冠城さんは無事だ。きっと生きている――


 そして、お点前ちょうだいします、と言って、近藤さんのててくれたお茶を手にした。作法が正しいか分からなかったが、持ち得る知識で丁寧に頂いた。

 「少しは落ち着いたか?」

 近藤さんは穏やかな笑顔だった。きっと心を静めさせる為に気遣ってくれたのだろう。私は感謝の気持ちを込めて「はい」と返事をした。

 「さて、本題だ。磯崎を相手にするなら、それなりの対策をしておいた方がいいだろうって話になった」

 近藤さんは風呂敷に包まれた小さな物を私の前に差し出した。

 「もしもの時の為だ。には、うちの者が責任を取る。その辺は任せろ」

 「よろしいのですか?」

 「勇人と米国アメリカでよく射撃場を回っていたなら、扱いは大丈夫だろ?」

 「はい、大丈夫です」

 その風呂敷包みに手を伸ばそうとした時だった。

 「指紋は付けるなよ。それだけは気を付けろ」

 「冠城さんからも、手袋は必須アイテムだとよく言われてました」

 「そうか」

 「お言葉に甘えさせて頂きます」

 そういって、その風呂敷包みを手に取る。

 「桃源、おまえも気を付けろ。それと……」

 近藤さんはほんのわず躊躇ためらい、続けた。

 「どんな事があっても、冷静でいろ」

 私は真っすぐに彼を見てから、深々と頭を下げ、茶室を出て行った。


 家に着いた頃には、すっかり暗くなっていた。明日の日曜日には買い物に付き合わされる。勇太君を不安にさせないよう、GPSを持たせるにはどうすればいいか考えていた。

 すると、紅美からの着信。そうだ、連絡を入れなければならなかった。

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