第5話 発芽
食後、僕は予め用意していたメモ用紙を桃源さんに渡すと彼は無言で見ていた。それには磯崎という男が違法行為をしている証拠や情報の隠し場所が書いてある。どこで誰が聞き耳を立てているか分からないから、こういう手段を取るらしい。紅美さんは何か察したらしく、その時は黙っていた。
それから、二人といろんな話をしながら連絡先を交換した。
帰ろうとした頃には、桃源さんが既に会計を済ませタクシーも呼び寄せていた。最初に紅美さんを送ってから、僕の住むアパートにも送ってくれた。
「後の事は任せて。また連絡する」
「はい。おやすみなさい」
僕は冠城さんとタクシーが見えなくなるまで見送る。
『勇太、相当気に入られたな! 明後日は二人とデートだ』
「デートって……。それより、
僕はようやく冠城さんに文句が言えるとばかりにブツブツ言いながら部屋へ入った。
電気を消してベットに入った時、冠城さんが改まって言ってきた。
『勇太、今日は悪かった』
あの時か、殴った磯崎淳也って人を思い出す。
「あの人に、殺されたんですか?」
『そうだ』
自分を殺した犯人が目の前に居た。憤りを抑えられない気持ちは分からなくないけど。
「僕は……人殺しになりたくないです」
『本当に、すまない』
暗い部屋がより静まる。
どうして殺されたのか、聞くに聞けなくなった。
「……あの、紅美さんと桃源さんとは、どういう関係なんですか?」
『そうだなぁ』
二人は
『俺を取り合う三角関係かな』
「えっ!?」
『ククッ、まぁ色々あるんだよ』
僕の知らない大人の世界なのか。
『あいつら、俺のこと大好きだからなぁ……』
冠城さんの表情は確かめようがないけど、僕の胸に切ない感情が流れ込んできた。
「おやすみなさい」
『おう。おやすみ』
日曜日。
桃源さんが運転する高級車に僕は乗っている。
「勇太君、磯崎を覚えてる?」
僕はバックミラーで後ろの冠城さんを見ると頷いたので「はい」と返事をした。
「磯崎はいわゆるヤクザだ。接点のない君に辿り着けないとは思うが、不審な事があれば、いつでも連絡してほしい」
僕は寒気を感じながら小さく返事をした。
今日は、紅美さんが助けてくれたお礼に服をプレゼントしたいという。最初は断ったけど、冠城さんに『素直に貰っとけ』と強く言われた。そして、桃源さんが一緒なのは、運転手兼、虫除けだそうだ。
表参道でお店を歩き渡り、紅美さんは僕を全身コーディネイトしてくれた。戸惑う僕を見かねて桃源さんが助けてくれると思ったら、「この色の方が似合う」と、紅美さんと競うように僕を着せ替え始めた。心なしか、二人の間に火花が見える。
冠城さん曰く『この二人、仲悪そうに見えるけどな、これでもお互いを認め合ってるんだよ』と笑っていた。そして、聞こえないと分かっていても二人を仲裁している。
この三人の関係性は量れないけれど、ちょっとだけ僕の妄想が膨らんできた。きっと、お互いを必要とする特別な関係なのだと思った。
帰りの車中、ショッピングを満喫した紅美さんが言った。
「勇人が戻ってきたらさ、今度は四人で
後ろの座席で隣に居た僕は、笑顔の紅美さんに精一杯の笑顔を返す。すると「そうだな」と、運転する桃源さんも答えた。
僕の目線はサイドミラーに映る助手席の冠城さんに向かう。僕にとって、今日は四人で行動していたんだ。彼は流れる景色をただじっと見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます