第4話 夢郷《モンシャン》

 ももちゃんこと、佐伯さえき桃源とうげんという男に会えたが、彼の気に障ったのか僕は胸倉を掴み上げられていた。冠城さんも止めようとしてくれていたけど、彼の声は二人には聞こない。

 『ああっ、クソ! 勇太、俺が言う事を伝えろ』

 僕は冠城さんに言われた通り話しだす。

 「か、冠城さんから、も……桃源さんに伝言してくれと頼まれました」

 すると、二人が同時に顔を近づけ迫ってきた。

 「冠城さんに会ったのか!?」

 「勇人はやとはどこに居るの!?」紅美くみさんは心配そうに言った。

 「冠城さんの居所は、磯崎いそざき淳也じゅんやって人が知ってます。その人にハメられたって」

 「だから、磯崎を殴ったのか!?」桃源さんは力強く言った。

 「……え?」

 僕は混乱していた。その様子に気づいたのか桃源さんが落ち着きを取り戻し、手を離してくれたので僕は続けた。

 「あの、その前に? に、行って……飯を食ってから伝えろって言われました」

 「そんな悠長な事は言ってられない! 冠城さんとは、連絡が取れなくなって四日になるんだ」

 桃源さんは苛立ちながら悔しそうにしていた。

 「冠城さんが、桃源さんは俺の事になると熱くなるから、腹を満たしてから落ち着いて考えろって」と、僕が言うと彼は腕を組み口に手を当て考え込んだ。

 「ほーら、勇人はやとがそう言ってたなら、夢郷モンシャンに行こうよ」

 ほがらかな声で紅美さんがなだめると、桃源さんも「分かった」と渋々納得してくれた。



 「欢迎ファンイン光临グゥァンリン! あいやー、珍しい組合せと新しいお客さんネ!」

 店主が元気よく声を張り上げていた。紅美さんと桃源さんに案内されて、小さな中華料理店に来ている。年季の入った店内に美人ホステスとイケメン弁護士。何とも場違いな光景だと思いながらも、その二人は迷うことなくカウンターに座り早速注文をしていた。

 「アタシは、雲吞麺ワンタンメンに餃子!」

 「麻婆豆腐と餃子で」

 「勇太君は、何がいい? 餃子は絶対に頼んでおいた方がいいわよ」

 僕は二人の間に座って、壁に貼り付けられたメニューを見渡しながら考えていた。

 『叉焼チャーシュウ炒飯チャーハン、おすすめだぞ!』と、いつの間にかカウンターの内側に立ってる冠城さんが僕に向かって言った。

 「僕は、海老炒飯と餃子にします」

 冠城さんを無視するつもりはないが、二人に彼の幽霊が僕に憑りついてるなんて証明のしようがない。ましてや、既に死んでいるという事も言っていない。それは、冠城さんから口止めされた。実際に遺体が発見されない限り、死んだなんて二人とも信じないだろうと。


 「ハイ! おまちどー」

 僕の目の前に海老炒飯。とてつもなく美味しそうな香りが、グウゥっと腹の虫を鳴かせた。こういう湯気が立ち上るご飯を食べるのは久し振りだ。

 「磯崎が怪しいのは分かっていたんだが……。さっきので、君の顔を……」

 桃源さんが神妙に話そうとしている横で、僕は我慢できず出来立ての海老炒飯と餃子を黙々と頬張っていた。

 「あははっ、勇太君って可愛いっ」

 紅美さんは何かツボったように笑っている。

 「……はぁ」

 呆れるように溜息を洩らした桃源さんも、目の前に並んだ麻婆豆腐と餃子を口にする。

 冠城さんは、僕達の様子をカウンターの中から満足そうに眺めていた。

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