第四二話 脅威と不安
「ココは……知らない、天井……僕は一体」
長い暗闇のトンネルを抜けて、眩しいくらいの白い光が視界へと入ってきて僕の意識が覚醒する。
ガンガンと痛む頭で一気に意識が覚醒し、慌てて目を開けるとそこは全く知らない天井が見えていて、僕はぼうっとする頭で周りを見回す……ふと先ほどまで誰かがいたのか、心地よいシャンプーの匂いがふわりと香るのを感じて、なんだろう? と少しだけ悩むが……突然バタン! と大きな音がして僕が寝かされている部屋の扉が乱暴に開け放たれる。
「お、おい千裕! 大丈夫か?」
「千景さん……とイグニスさん……」
扉から飛び込んできたのは千景さんとイグニスさん、二人ともかなり慌てた様子でベッドの上にいる僕へと走り寄ってくると、僕が呆然とした顔をしているのを見て、少しの間をおいてからはああっ! と安堵したかのように長い息を吐く。
そういえば僕はなぜこの場所に寝かされていて……とそこまで考えて、僕はポイズンクローとの戦闘で毒を注入されてそこから自分の意識がいまいちはっきりとしていなかった気がする。
「お、おい千裕私の顔わかるか!? 美人で素敵な千景お姉さんっていうんだ!」
「だ、大丈夫です……それと千景さんはいつでも素敵ですよ」
「なっ……! ば、馬鹿野郎、そういうのは彼女に言えよ!」
僕のお世辞に千景さんは顔を真っ赤にしながら驚いているが、そんな千景さんを見て思わず拭き出しているイグニスさんだったが、僕が彼女を見ていると表情をきちんと整えてから僕に向かって頭をさげる。
急に頭を下げられたことで僕も慌てて姿勢を正すが、頭を下げたままイグニスさんは謝罪の言葉を口にする。
「千裕くん、すまない……私が民間人の誘導で君のところまでいくことができなかった、監督者失格だ……」
「い、いえ……イグニスさんの到着を待たずに突っ走ったのは僕です、申し訳ありません」
「本来は、私に連絡が来なければいけなかった……さらに準四級扱いの君がヴィランとの戦闘状態に入った、それは事実だ」
「……はい……」
「協会からの呼び出しもある……と思う。ただ私は君の行動は嫌いじゃないよ、考える前に体が前に出る……それはヒーローにとって大事な資質だと思うからね」
イグニスさんは優しい笑顔を浮かべて僕の頭をそっと撫でる……その手つきはとても優しくほのかに温かいものだ。
横で千景さんも大きくため息をついてから、僕の肩にそっと手を乗せて微笑む……が突然、僕の顔をまじまじと見つめてから、何かに気がついたかのようにイタズラを思いついた子供のような笑顔を見せた。
「んー? んー、んふふ……千裕、お前割と同級生から好かれてんのな、いいねえ青春だねえ……」
「え? ……なんですか?」
千景さんは自分の頬を軽く指さして満足げな顔を浮かべているが、そんな彼女を見たイグニスさんが目を凝らして僕の顔を見た後、なぜか納得したかのように頷く。
なんなんだ? 僕は自分の頬にそっと指を当て確かめるが、指先に桜色の何かが付着したことで、はて? としばし指先を見て考え込む。
何か治療の際に着いたのだろうか? まだ風呂も入ってないし……そんな僕に千景さんがバシッ! と再び肩を叩いてから豪快に笑う。
「気にすんな、そのうち分かるって……もう少し休んで体力を回復させるんだぜ?」
——入院は一日だけで終わり翌日には僕は自宅へと一旦帰ることになった。
「……本当に大丈夫かい?」
親は本当に心配をしていたが、同席していたイグニスさんが丁寧に菓子折りまで持ってきていて……「ご子息を危険な目に遭わせてしまい申し訳ありません」と謝罪したこともあって、その場は一応収まったのだが。
夕食の時間になると流石に母さんは心配そうな顔で僕を見つめながら話しかけてきた。
「大丈夫、今回も怪我したわけじゃないし……強い疲労って説明されてるよ」
「そうじゃなくて、お前の性格でヒーローはやっぱり無理なんじゃ……」
「んぐっ……ゴホッ、ゴホッ!」
母さんの言葉にご飯を喉に詰まらせそうになって咳き込むが、まあ勇武入学前まではいじめにもあっていた僕なのだから、そりゃ親は心配するだろうな。
父さんも同じような顔で僕を見つめているけど……もう勇武に入ると決めた時から僕は今回は諦めないと決めている。
ふと寝ている時に誰かと似たような話をした気がして、不安な気持ちが胸に広がるけど……今の僕にはちゃんと目指すべき先があるから、それが見えるまでは諦めるわけにはいかないのだ。
「だ、大丈夫、せっかく勇武に入って友達もできたんだ。だからやめないよ」
「母さん、千裕がこう言っているんだ、親が口出しをする問題でもないだろう?」
「それにしたって心配ですよ、私は……」
ああ、そっか母さんにも色々心配かけてしまっているんだな……少しだけ胸が痛むけど、目の前にある生姜焼きの肉を箸で摘むとたっぷりの白米の上に乗せてから口へと運ぶ。
勇武の食堂で食べるものよりもなんだか美味しい気がして、頬が綻んでしまう。
こうやって美味しいと思えるのも、生きて帰ってきているからだ……父さんと母さんは僕のことで色々話し込み始めたが、それとは別に僕はあの夢のことを、そしてあの時のことを思い返してみる。
ポイズンクローの攻撃で僕は確実に絶命した、と思っていた。
だが実際には僕ではない別の人格が表に出て……
千景さんが前に話していたように
もう一人、僕は
『……では
あの時の仮面の奥に光る不気味な赤い眼……それは無機質でありながら、深い憎しみのような色を湛えており、ゾッとするような雰囲気に包まれていた。
あの男は一七年前、という言葉を口にしていたがそれは千景さんもいたというヴィランの王との戦いのことだろうか? 勇武入学後図書室には訓練が忙しくてあまり近寄っていなかったけど、一度その辺りの歴史ももう一度調べる必要がある……それと七緒さんにも謝らなきゃいけないだろうな。
「千裕、どうしたんだ?」
「ん? ああ、ごめん考え事してた……同級生にも謝っておかないとって」
「ああ、イグニスさんも話してたね、ずいぶん可愛らしいお嬢さんだとか……」
そうだなあ……確かに七緒さんは大人しくしていると、伊万里さん、鬼灯さんに負けず劣らずの美少女だ。
というか勇武は別の選考基準があるんじゃないかって思うくらい、美少女揃いのようで、新入生も上級生もみんな美男美女が多いと有名になってるくらいだからな。
「そんな子が千裕のお嫁さんになってくれたらねえ……」
「ゲフッ!」
母さんが急にそんなことを言うものだから思わず口に含んでた味噌汁を吹き出しそうになる……ま、まだ高校生だぞ?! 彼女だっていたことないのに急にそんな過程をすっ飛ばされても困る。
僕は何度か咳き込んだ後に口元を拭ってから、きっぱりと否定しようと思って母さんに答えるが、それでも七緒さんが僕の隣で微笑む図を想像してみて……いやねえな、と自己否定する。
「七緒さんは同級生だよ、それにバイト仲間……向こうは僕のことなんかなんとも思ってないよ」
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