第四三話 ダーリンのアレ、すごくあったかいんだ

「ち、千裕くん……一緒に登校しよ?」


「……七緒さん? え? どういうこと?」

 久しぶりの登校となるある日の朝……僕の家に一人の訪問者が現れた。

 伊吹 七緒……勇武高等学園の同級生にして、一緒にイグニスさんの事務所でアルバイトをした仲間だが……なぜか彼女は僕をみるなり恥ずかしそうな顔で頬を桜色に染めて僕を見ている。

 こ、これはどういうことだ? 七緒さんといえば「銭ゲバ」「天邪鬼」「可愛いのに中身が残念」と木瓜くんから散々な評価を受ける絶対に触れてはいけない女性の一人だ。

「わ、私と一緒じゃだめ?」


「え? い、いえ……そんなことはないけど、どうしたの?」


「一緒に登校したいなって思ったんだけど……いいかな?」

 な、なんかそれまでの印象を全て破壊するくらい、何やら恥ずかしそうな表情でもじもじとしている七緒さんを見て、僕は衝撃を受ける。何この可愛い生き物……!?

 い、いや落ち着け千裕……一七年生きてきて僕は一度もこんな可愛い女子と一緒に登校した記憶はないし、むしろどちらかというと「キモい」とか「臭い」とか、「死ね」とかしか言われてなかった自分と一緒に登校したいってどんな女性だよ!

 少し上目遣いで、僕を見つめる七緒さんのあまりの可愛さに思わず周りを見回すが……同級生がいるわけでもなく、いじられているような感じでもない。

「……まあ、いいか……一緒に行こう」


「……秋楡……何があったんだ?」

 七緒さんと一緒に登校してきた僕を見て、勇武高等学園の正門前でバッタリと出会った木瓜くんが驚愕の表情を浮かべている。

 というのも七緒さんは僕の腕にしっかりと腕を絡ませており、まるで恋人同士のデートのようにも見えたからだろう……僕は道中何度か七緒さんに腕を離してほしいと伝えたけど、彼女はその度に悲しそうな顔をして「だめ?」って節目がちに聞いてくるものだから、女性に免疫のない僕は断りきれずにそのまま学校まで来てしまったのだ。

「……わかんない……」


「伊吹……お前何があったの?」


「えー? 見てわからない? 私はもう……ダーリンの女になるの……きゃっ♡」

 七緒さんが顔を真っ赤にして恥ずかしがるのを見て、木瓜くんがうわぁ……と言いたげな表情を浮かべているが、僕もなんでこんな話になっているのか本当に知りたい。

 そんな僕らを見つけた伊万里さんがブルブル震えて……まるで親の仇を見る目で僕へと詰め寄ってくる。

「……千裕? どういうこと?」


「僕が知りたいです……」


「伊万里っち、私決めたの……ダーリンのお嫁さん目指すわ」


「「「「はああああああ?!」」」




「……という感じで僕は途中でヴィランにやられて記憶がないし、気がついたら病院だったんだよ……」

 昼飯の時間に勇武高等学園二年生は全員同じテーブルで秘密会合のような状況で僕の話を聞いているが、僕の腕にしっかりとしがみついて頬を染めている七緒さんと、その彼女をまるでヴィランでも見ているかのような視線で睨みつけている伊万里さん、そして木瓜くんは明らかに面白そうなものを見ていると言わんばかりの表情だし、鬼灯さんはおもちゃでも見るかのような、なんだかワクワクしてる目つきで僕を見ている。

 一応昼食時なので僕の前にはカレーが置いてあるし、みんなの前にも各々手をつけていない食事が並んでいるが、今みんなの興味は完全に僕と七緒さんに向けられている。

 ちなみに捩木くんは全く興味なさそうで四杯目のカツカレーに手を出しているが、彼の性格上仕方がないだろう。

「私もうダーリンがいないとダメな体に……責任とってもらわないと……」


「七緒さん?! 言い方あるでしょッ!」


「ナナちゃん、秋楡君のどこがいいんですか?」


「朱里も興味あるの? そうだねえ……とてもおっきいところ?」


「な……ッ! お、大きいって……そ、そんなところまで……」

 ちょっと七緒さんー? 何がおっきいんですかああ? 僕は七緒さんとそんな仲じゃないですよね?

 明らかに語弊のある言い方をし始める七緒さんの言葉に、伊万里さんの顔が真っ赤に染まるが何故かその隣の鬼灯さんは興味津々という顔で七緒さんと僕の顔を交互に見て何故か頷いている。

 木瓜くんは僕の肩にぽん、と手を当てて何故かサムズアップして気持ちのいい笑顔を浮かべている。

「お前……割と手が早いんだな」


「い、いや何もしてないよ!」


「ダーリンのアレ、すごくあったかいんだあ……」


「そ、そんなことまで……っ! ふ、不潔だわ!」

 頬に手を当ててまるで夢見心地といった表情で頬を染める七緒さん……もはや本当のところがなんだったのかさっぱり分からない状況となり、僕は伊万里さんにものすごい目で睨みつけられるし、木瓜くんや鬼灯さんは興味津々といった表情を向けられもはやこのカオスな状況は覆らないと判断して、がっくりと肩を落とす。

 そんな中七緒さんが急に真面目な顔になって僕を上目遣いで見つめながら口を開いた。

「そーいやさ、ダーリンが私を助けてくれた後に途中で割り込んできたヴィランと話してたじゃん、龍使いロンマスターって何?」


「それは……その……」

 七緒さんはじっと僕の目を見つめて答えを待っているが、他の皆も聞きなれない「龍使いロンマスター」という言葉を聞いて不思議そうな表情を浮かべている。

 僕は夢の中にいるような気分であの不気味なヴィランと、僕の中にいたとの戦いを見ていたが確かに僕の姿のまま龍使いロンマスターの話をしていた気がする。


『いいか、龍使いロンマスターのことは本当に信頼できる相手以外に言うなよ? 協会のお偉いさんにもだ』


 千景さんにはそう言い含められているし、東風刑事にも情報が漏れた場合誰が敵になるか分からない状況のため、何が起きるか分からないと言う話をされている。

 勇武の同級生は信頼できる仲間だ……それでも彼らに僕の才能タレントの秘密を話すことで危険が及んでしまう可能性を考えると下手に話すことはできないと思っている。

「それは……今は言えない。ライトニングレディともそう話してて……でも言えるタイミングになったらいうよ」


「……割とシリアスそうな話だな……わかった。秋楡が言えるタイミングまで待つよ」

 木瓜くんが僕の表情を見て何かを悟ったらしく、すぐに表情を変えてニコリと笑う。

 それを見た七緒さんや鬼灯さん、伊万里さんも黙って頷く……僕はほっとした気分になって笑顔で頷く……大丈夫みんなは信用できるから……必ずみんなに真実を告げることにしよう。

 そんな中捩木くんがぼうっとした感じの表情で口を開いた。


「秋楡くん、食べないならそのカレーもらってもいい? 全然足りなくてさ……」

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