第四〇話 お姫様抱っこされてるぅー!?

「ネゲイション……私はヘヴィメタルとポイズンクローを回収しに行こうと思うが良いか?」


「何かありましたか? ナイトマスター……」

 ポイズンクローとヘヴィメタルへの指示が終わった後、喫茶店モン・ブランのカウンターに座る白いペストマスクを被ったナイトマスターが手に持ったストローを刺した瓶コーラをカウンターに置く。

 いきなり声をかけてきたことでネゲイションはおや? と言う表情で彼を見るが、その表情はペストマスクによって見ることができないが、その赤い目が不気味に赤く光るのが見える。

「放置すると戦力を失います、ここは私が出た方が良いでしょう」


「ふむ……」

 ナイトマスターは先日ライトニングレディとの戦闘から帰還した後、喫茶店モン・ブランに通うようになっている。

 他のヴィランがここに来るまでに割と警戒するために、変装をしたり夜にしか来ないなど気を遣っているのにこの男だけは中世のペスト医師の格好そのままで店内に入ってくるため、当初他のヴィランから驚かれたのだが、あまりに日課になってしまっているためすでに感覚が麻痺しているのか、普通に談笑したりもしているのが異様ではある。

「……どうやらあの二人には助けが必要なようでして、入院の準備をした方が良いですね」


「承知です、行ってらっしゃいませ」

 ナイトマスターは椅子から立ち上がると、そのまま床に沈み込むように姿を消していく。

 他のヴィランですら異様だと思えるナイトマスターの才能タレント、世界でも有する人間は数えるほどしかいないと言われる闇使いナイトマスター

 影を媒介として暗闇の中を移動したり、影を自由自在に延ばすというあまりに不可思議な能力ではあるが、その底が窺い知れない。

 本人は一七年前に死んだヴィランの王の側近と自称しているのだが……ネゲイションはそこまで考えてから、ふっ……と軽く息を吐く。

「詮索は我々の本領ではないですね……さて、私は私のお仕事をこなしますか……」




「千裕っち……ってアタシお姫様抱っこされてるぅー!? どどどどどういうことぉおおお?!」


「……動かない方がいい、怪我は深刻だ」

 千裕……の姿をしたそれは、七緒を優しく見つめて微笑む。

 七緒は頬を染めて思わずその優しい目を見つめてしまうが、それと同時に普段の彼ではないことに気がつく……その目は爬虫類のような縦長の瞳孔にエメラルドグリーンの輝きを放っており、異様な雰囲気を漂わせている。

 違う、この人千裕っちの姿をしているけど雰囲気が全然違う……だが、胸の高鳴りがその違和感をかき消していく。

「ち……千裕……くん……やだ……みない……で……」


「動かないで、傷を癒してあげる」

 彼女を抱き抱える千裕の手が熱い……その優しい光に包まれた七緒の鼓動が速くなる……顔が熱い、ダメ……彼には伊万里っちが想いを寄せている、お姫様抱っこされているからってこんな。

 元々同級生やバイト仲間に見せている自分の言動、行動やファッションは本来の自分を覆い隠す鎧のようなもの……ヒーローになりたいと思ってから、弱い自分を見せたくなくてずっと天邪鬼な性格をしていると偽って生きていた。

 そして千裕は七緒を優しく地面へと下ろし、ニコリと微笑む……七緒はぼうっとしながら千裕の顔を見つめる……よく見たら彼は割といい男なんだよな、うん。

「さて……この身体、千裕の仲間を傷つけたヴィランにはお仕置きをしないとね」


「ああああん? なんだテメエ……横から割り込んでイク寸前にお預けされるようなもんだぞゴルァ!」

 ヘヴィメタルが※※※バキュンなジェスチャーを繰り出すが、千裕はふっ……とバカにしたような笑みを浮かべる。

 その余裕のある表情にブチキレたのかヘヴィメタルが怒りの表情のまま再びギターをかき鳴らす、髪を振り乱し一心不乱な演奏を続けるヴィランの姿に、感心したのか千裕は何度か手を叩いている。

「ああ、大道芸もそこまでいくと素晴らしいね……でも」


「大道芸だ……と?」

 次の瞬間、前方に視線を動かしたその場所に千裕がいない……背筋がゾクっと寒くなった気がして左を見るとそこには全身に黄金の稲妻を纏わせた千裕が拳を構えている。

 視認できないレベルの超高速移動?! 確かにネクサスの情報には彼はライトニングレディの弟子だと記載があったはずだが雷光ライトニングの能力発動にはインターバルが必要だし、それ以上に先ほど勇武生の女子を癒した能力がそれでは説明できない。

「とりあえず……寝てろ」


「ふぐううううおおおおっ!」

 千裕の右フックがヘヴィメタルの腹部に突き刺さる……凄まじい痛みと共に一瞬腹部が全て消し飛んだかのような錯覚を覚えるレベルの衝撃が加わり、彼女はギターを取り落とすとそのまま腹部を抑えてうずくまる。

 息ができない……お腹の中のものが全部飛び出してしまいそうな凄まじい衝撃に、ヘヴィメタルは目から涙をボロボロとこぼしながら地面に崩れ落ちていく。

「殺しはしない、顔も傷つけない……千裕は甘ちゃんだな、全く」


「千裕くんっ! 危ないっ!」

 千裕はつまらなさそうな表情を浮かべると軽くため息をつくが、次の瞬間彼の周りの物陰から複数の影が凄まじい勢いで槍のように彼に突き出していくのをみて、七緒は悲鳴に近い叫び声をあげる。

 金属同士がぶつかるかのような甲高い音を立てて目標を貫くかに見えたが、千裕はその攻撃を悠々と避け別の場所へと降り立つ……雷光ライトニングにはないインターバルなしの高速移動だったが、七緒はそれよりも彼が無事だったことにホッとした気分になる。

「これは……」


「クハハハハッ! 見つけた……見つけましたよぉ?」

 ヘヴィメタルの影からずるり、と異様な格好の男が出現する……不気味な白色のペストマスクを被り、服に合わせた幅広の帽子を着用した中世のペスト医師そのものの格好、ヴィランの一人であるナイトマスターがそこに立っている。

 彼は悶絶したまま動けなくなっているヘヴィメタルの服を乱暴にぐいっと掴むと、近くにある影へと人を投げると、侮蔑の言葉を吐き捨てる。

「お前は戻れ、この馬鹿者が……こいつはお前如きでは対処ができん」


「あ……う……」

 投げ飛ばされたヘヴィメタルが涙をこぼしながら手を伸ばすが、その体が地面に伸びた影へと接触するとまるでその影の中へと沈み込むようにその姿を消していく。

 七緒は今目の前で起きたことが理解できずに混乱する……人が影の中に沈んだ?! なんだこれは……だがヘヴィメタルはとぷん、と音を立ててその場から姿を消す。

 それを見届けたナイトマスターは足元の影に手を伸ばすが、まるでその手は水にでも沈み込むように影の中へと沈む……そして再び腕を挙げるとその手にがライトニングレディと交戦した時に使っていた年代もののステッキが握られている。

「一七年ぶりにご挨拶します、私はナイトマスターです。ヴィランの王に使えた側近です。お見知り置きを」


「あの時の……竜胆と戦ったヴィランか」


「ええ、先代龍使いロンマスターに付けられた傷が酷くてですね、顔をお見せすることができないのが残念です」

 ナイトマスターの表情はペストマスクのために窺い知ることができないが、その赤く輝く目は不気味に爛々と光っているのが見える。

 七緒はその目を見た瞬間に全身が凍りつくような恐怖を覚える、こいつはヤバい……学校で教えられているようなチンケなヴィランなんかじゃない、狂気と恐怖、醸し出している雰囲気……強者としての圧力が凄まじい。

 ヴィランに紛い物などあるかどうかわからないが、ナイトマスターと名乗る目の前の男性を見たら、先ほどまでのヴィランは全て紛いものだと言いたくなるようなそんな圧力を感じる。


「ただまあ、ここで殺し合ってもいいんですけど……今回お使いなんですよね。ふむ、残念貴方も本調子ではなさそうだ……ではここはお開きにしますか」

 ナイトマスターはコンコンと地面を何度かステッキで叩く……すると彼の体がゆっくりと地面へと沈んでいく。

 七緒が千裕を見ると少し顔色が悪い……荒く息を吐いて膝をついた彼を見て、咄嗟に体が動く……七緒は千裕の体を支えるように抱きしめるとそれを見ていたナイトマスターの顔が影の中へと完全に沈み込む。


「……では龍使いロンマスター、次に会うときは殺し合いましょう……私一七年前より強くなっておりますので、楽しみです」

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