第九話 千景お姉さんは怒ってます

龍使いロンマスター……あれはマジでお師匠様と同じ……本当に、この子……」


 腕の中で眠る千裕の頭をそっと撫でながら、千景……ライトニングレディは信じられないものを見た気分でいた。

 十七年前に失ったはずの龍使いロンマスター……確信はしていたが、本当に彼女が探し続けた才能タレントを持っていた……私はやっとお師匠様の後継者を見つけたんだ。

 周りでは、気絶したファイアスターターを拘束する警官や、喧騒に気がついた近所の野次馬が集まってきているが、彼女自身は呆然とした気分で千裕を見つめている。

 ぼうっとした様子のライトニングレディを見て心配そうな顔をしている警官たちもいる中、旧知でもある担当刑事東風 松葉こち まつばが彼女へと話しかける。

「ライトニングレディ……事情聴取に協力してくれ、それと彼を病院に連れて行きたいけど……任せてもらっていいかい?」


「ああ……東風刑事……息はしてるからひどく疲労してるだけだと思うよ……その子を頼むよ」

 ライトニングレディは名残惜しそうに担架に乗せられて救急車へと運ばれていく千裕を見ており、東風は不思議そうな顔をして彼女を見ていたが、それとは別に超級ヒーローであるライトニングレディを憧れの目で見つめる若い警察官たちを手で追い払っていく。

 パトカーへと移動すると、彼女にポケットから取り出した缶コーヒーを手渡し、周りに誰もいないことを確認してから、少しトーンを落とした声でライトニングレディへと話しかける。

「……なあ、ファイアスターターは君が倒したことにするとしても……あの高校生、彼は何者だ? 夜の公園で二人きりって、まさかとは思うけど、変なことしてないだろうな?」


「し、してないッ! アンタ私のことなんだと思ってるの?!」

 ヒーローとして豪放磊落なイメージを持つが、それとは裏腹に超奥手で繊細な素顔をしているライトニングレディ……いや千景がそういうことをしてないことは理解しつつも、東風は一応確認する。

 千景は真っ赤になって否定するが、慌てっぷりが酷かったため、ジト目で千景を見る東風……同い年で元々高校の同級生だった二人は付き合いも長く、お互いを信頼しているため本音で話すことができる数少ない人物でもある。

「……本当かよ? まあ、お前はそういう遊びとかできなさそうだしな……信じるよ」


「心配かけてごめん……実は勇武に……」


「ん? お前の今の職場だったっけ」


「勇武に転入させるつもりだった……彼の才能タレント……龍使いロンマスターなの」

 その言葉に東風が手に持った缶コーヒーを取り落としそうになり、慌てて掴み直すが……千景は下を向いたままもじもじと、ライトニングレディのイメージとはかけ離れた仕草で恥ずかしそうな顔をしている。

 東風は龍使いロンマスターという言葉を聞いて、一人の男性を思い出した……竜胆 刃りんどう やいば……十七年前にヴィランの王との戦闘で命を落とした初代龍使いロンマスター……千景の才能を見抜き弟子とした他、警察などの公的機関などと連携し、数多くのヴィランを検挙した英雄的存在。

「ま、マジか……十七年探しても見つからなかったってのに……」


「……だから私が鍛えている……勇武で預かって守るために……」


「……でもなんで今頃……お前があれだけ探したってのに……」

 東風は訳がわからないという表情で千景に尋ねるが、彼女も黙って首を振るだけだ……確かに表立って龍使いロンマスターを探し回ったわけではない。

 才能検査の検査結果などは希望すれば千景と同じ超級ヒーローだけでなく、一級ヒーローからもチェックすることができるシステムが出来上がっている。

 だが……なぜかこの龍使いロンマスターだけは見つけることができなかった……東風は一つの仮説に気が付き、ハッとして口を覆う。


「まさか……隠されていた? もしくは意図的に改竄されている?」

 千景も黙って頷く……何者かが秋楡 千裕という個人の才能タレント情報を改竄、もしくは隠蔽している可能性……それはヴィランの手が才能タレント協会まで伸びているという事実。

 味方だと思っていた協会内に潜む悪意……ヒーローとヴィランとの直接的な戦いだけではない、見えない敵の存在……東風は深くため息をつき、千景に尋ねる。

「……俺がヴィラン側だったらどうするつもりだ、警察もそんなに身綺麗ではないぞ」


「……それはない、松葉のことは私が一番わかっている。あなたは私を裏切らない……」

 千景の真剣な目を見て、東風は再びため息をつくと、苦笑いを浮かべる……まだ高校生だった頃からの付き合い、初代龍使いロンマスターに見出された彼女が泣き虫だった自分を克服して成長し、前をまっすぐ見つめる姿を見てきたからこそ、彼女に惹かれヒーローと刑事という立場ながら、ずっとそばにいた彼自身だ。

 彼女を裏切るような、失望させるようなことはない……それ以上に彼自身が千景のために、ずっと彼女を見てきた人間として、信じてもらえるように生きているのだから。

「……ありがとう、君に信じてもらえるのは嬉しいよ……だが彼のこと、少し偽装工作が必要になるな……改竄までしてくる相手だ、彼がそのまま龍使いロンマスターなんて公表できないだろう? 俺の伝手で信頼できる人がいるから色々動いてもらおう」




「はーい、優しくて綺麗な千景お姉さんは怒ってまーす、なぜなら千裕君がいうこと聞かなかったからでーす」


「ぎゃああああ! 折れる! 折れますって!」

 笑顔を浮かべた千景さんが僕の体をアルゼンチンバックブリーカーの体勢で逆海老反りに固めている……メリメリと音を立てて背骨が軋む。ファイアスターターとの戦いの後、気絶した僕は病院で目を覚まし……東風刑事から事のあらましを聞くことになった。

 ファイアスターターはライトニングレディが倒したことになったこと……これはヒーロー免許のない僕が殴り倒したことになると、ヒーロー協会が定めた規則、そして日本国の法規的にまずいことになるから、と説明を受けている。

「千裕くんはー、アタシの言うこと聞かずに危険なことしたのでー、とりあえず死刑でーす」


「千景さん、まじストップ! 死んじゃう!」

 千景さんが本当に僕のことを心配していたよ、と東風刑事から聞いていたものの、病院で意識が戻った後千景さんは何度も僕のことを小突いていて、相当怒っているのがわかった……。

 だが、ある程度手加減もしてくれているし、病院送りになった後も両親に必死に土下座をしていたことも聞いているので……優しいんだなとは理解している。

「いやでーす、千景さん本当に怒ってるんでー……本当に……言うこと聞いて逃げろよ馬鹿野郎……ッ!」


「千景……その辺で許してあげなよ……」

 千景さんの力が緩む……彼女の悲しそうな表情を見てしまい、僕も多少申し訳ないな、という気持ちになるが彼女の馬鹿力で関節はキメられており、折れちゃいそうなので僕は必死に彼女の腕を叩く。

 東風刑事が苦笑いを浮かべながら、千景さんを宥めるが……彼女が目に涙を溜めながら僕の関節をキメ続けるのを止めない。

 ため息をつくと……急に真面目な顔になって東風刑事は関節をキメられ続ける僕に話しかけてきた。


「とりあえず、まあ千景の気持ちが晴れるまではそのままだけどさ……事情があって君の才能タレントを別のものに偽装しておく必要があるんだ、当分はこちらで用意したこの……『強化ビルドアップ』って名乗るといい。この才能タレントは所持者が多くてバレにくいよ……特性としても速度とパワーを兼ね備えたものだって思うさ」

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