第一〇話 ファイアスターター
——ヴィラン、ファイアスターターとの戦いから半月……。
昼は学校に通って、夜は千景さんとの戦闘訓練という日常が続いている……変わったとしたとしたら、僕は前を見て歩くようになった……僕の
まあ、それでも相変わらず話しかけてくる人はいないし、細かいイジメは続いているけど……そのおかげで僕は学校生活が少しだけストレスが無くなったし、夜の訓練にも身が入るようになっている。
「……いじめられても手ェ出すんじゃねえぞ、そういうやつはお前が苦しんだり、悲しんだりするのを楽しんでいるだけだ。結果で見返せばいい」
「は、はいっ!」
千景さんの動きに合わせて、僕は必死に型を続けていく……千景さんは凶悪なヴィランであるファイアスターターを捕まえたということで、テレビで改めて紹介されていた。
実は超級ヒーローは日本ではたった一〇人しか登録されていない。
そのうちの一人とはいえ最近は教育現場にいることが多く、名前や顔は知られているけど他のヒーローの方が遥かに知名度も高く、僕の父さんのように若い頃のライトニングレディのファンでなければ、それほど注目されている存在ではなかった。
だけど……テレビで改めてライトニングレディの功績が紹介されると人気が再燃……整った容姿も相まってCMオファーなんかも来ているそうだ。
僕が千景さんのことを見つめていることに気がついたのか、千景さんは少しだけ恥ずかしそうな顔でそっぽを向いた。
「……なんだよ、急にアタシのことじっと見て……ダメだぞ? アタシは教師だし、年下は趣味じゃねえんだ」
「え?! ち、違いますよ! 確かに千景さん綺麗だし、憧れではありますけど……父さんが喜んでたんです、若い頃憧れだったライトニングレディがまた脚光を浴びたって」
「ああ、コマーシャルの件は断ってたんだ。アタシ一応地方公務員って扱いだしさ……でも勇武が脚光を浴びるならって校長がね」
困ったような表情を浮かべている千景さんだが、そんな有名人に訓練してもらっている今の状況を同級生に知られたら、嫉妬されそうだな。
僕が違うことを考えているのに気がついたのか、舌打ちとともに千景さんは僕を軽く小突く……痛い、でもちゃんと生きているのを実感できる。
千景さんは僕が再び型の訓練に集中し始めたのを見て、少し真剣な表情になって話しかけてくる。
「ところで、あの時のような
「……はい、どうやってできたのかいまだに分からなくて……すいません」
「なんで謝ってんだよ、気にすんな。続けるぞ、そのうちヒントがわかるかも知れねえからな」
ファイアスターターを倒した時に感じた濁流のような力はあの後全く感じられない……あれはなんだったろうか? 体の中から湧き出るような力と、身体中を駆け巡る濁流。
そして僕の心に響いたあの声……威厳に満ちた声……あれは一体なんだったのか、あの声に従って体を動かしただけだが、まるで僕が今までに経験した事のないようなスピードとパワーを感じた。
そうだ……僕はあの夜以降に感じていた違和感、ファイアスターターの行動について聞くことにした。
「そういや、ファイアスターターってなんで千景さんを襲ったんですかね……」
「あ? 時代遅れのロートルヒーローだから楽だと思ったんじゃねえの? あいつは完全黙秘してやがるよ」
そうなのだろうか……それにしては、あまりにはっきりとライトニングレディと戦うためだけに現れたように思えるし……疑問に感じることが多すぎる。
思考に時間を取られて動きの鈍くなった僕を再び千景さんが小突く……僕は慌てて型の動きを真似ていく。そんな僕を見て千景さんが鬼の形相で叱りつける。
「あと一週間で転入試験だ、落ちたら本当に洒落になんねえからな……気合い入れろボケ!」
「おや……面会って刑事さんなんですねえ……」
少しだけ意外そうな表情を浮かべたファイアスターター……本名陽炎 紅雄、三〇歳……家屋への放火五件、傷害十五件、殺人三件の実行犯として知られる凶悪なヴィランが、東風の目の前で超強化ガラスの向こうから見つめていることに薄寒い気分を感じる。
赤い髪にこけた頬、細身の肉体……接近戦においてはそれほど強くない、と思われているヴィランの一人だが、それでも猟奇殺人者、凶悪なヴィランとして指名手配されていた男がそこにいる。
ここはヴィラン矯正施設である国立凶悪犯収容所内にある第三監房、その中にある特別面会室で東風とファイアスターターは分厚いガラス越しに面会をしている。
「……気分はどうだ?」
「最悪ですねえ……あの夜、あんな子供に殴り飛ばされて……ああ、世間ではライトニングレディが
ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながら、能力を使おうとするが超強化ガラス越しに東風のいる部屋へと能力が発動しないことに気がついたのか、軽く舌打ちをして黙り込む。
この収容所内では
「お前に聞きたいことがある……あの夜、なんでライトニングレディを狙った」
「そこに時代遅れの腕力バカなヒーローがいたからですよ……殺しやすいと思った……おや? お気に召さない? ……ではこうしましょうか、
「……ほう?」
「ファンだったからこそ、彼女を殺して燃やしたい、焼き尽くしたい……爆ぜる肉を見つめてみたい……そう思いませんか? 焼ける肉の匂い……素晴らしい匂いなんですよ、刑事さんにも味わっていただきたいですねえ……」
ファイアスターターはニヤニヤと笑いながら東風の反応を伺っているが、まるでその言葉に動揺したそぶりを見せずに黙ってタバコに火をつける彼をみて再び舌打ちをしてため息をつく。
東風はファイアスターターの言葉に嘘を感じた……確かに彼は猟奇殺人者的な思考の持ち主だが、ヒーローとの交戦を避ける傾向が今までの犯行では感じられる。
しかし……今回は危険を犯して前に出て直接的な行動に移っている……それまでの行動とは全く違うものだ。
「……嘘だな、お前はどちらかというとヒーローとの交戦を避けている、今回は危険を犯してまでライトニングレディと戦った、真実を喋れ」
「じゃあこうします……
また嘘を……東風は黙って彼を見つめる……ライトニングレディは確かに現代の超級ヒーローの中では教育現場に移動している
ただ、それでもその卓越した戦闘能力は健在であり、実際に戦ってみればその能力が衰えるどころか全盛期となんら遜色ないことすら理解するはずだ。
「嘘ばっかりだなお前は……連れて行ってくれ」
「あらあら……
ファイアスターターは刑務官に引き立てられて簡素な椅子から無理やり立ち上がらされると、引きずられるように面会室から連れ出されていく。
だが彼は東風をニヤニヤと笑いながら見つめて、部屋から出る瞬間にまるでバカにしたような表情を浮かべると、無表情の東風に向かって歪み切った笑顔で話しかける。
「クフフッ!
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