第八話 ようこそこちら側へ

「こ、これがヒーローとヴィランの戦い……」


 目の前で繰り広げられている一瞬の攻防……今までテレビ画面の中でしか見れなかった戦いが目の前で繰り広げられているのを見て僕は正直震えた……怖いんじゃない、そのハイレベルな戦いを目の前で見て興奮で震えるのだ。

 千景さんはすごい……一秒間だけの超加速である雷光ライトニングを効果的に使って相手の攻撃を的確に躱し、逆にヴィランであるファイアスターターは確実に当てるための策を練っており、大技は直撃こそしなかったものの、千景さんの着ていたジャージは焦げてボロボロになっていて、その下に着ていたライトニングレディのヒーロースーツが見えている。

「千裕ッ! 顔出すんじゃねえぞ……隙見て逃げるんだ!」


「……は、はいっ……!」

 だが僕はベンチの後ろに隠れつつ、二人の対峙を見つめており、逃げることができないでいる……。

 ファイアスターター……確か本名は陽炎 紅雄かげろう べにおだったか、地方で発生した人体発火事件、その主犯格として指名手配されているヴィランで、家屋への放火五件、傷害十五件、殺人三件の凶悪犯と紹介されていた。

 四級ヒーローも一名焼死体として発見されており、現場に残されていた残留物などから本名が割り出されていたはずだ。

 必殺の一撃を躱されたファイアースターターは指先に軽く火を灯すと、ゆらゆらと揺らす……。

「うーん……割といい攻撃だったと思うんですがねえ……少年はどう思いますか?」


「え? ぼ、僕?!」

 急にファイアスターターが僕に向かって話しかけてくる……慌てて千景さんをみるが、彼女はファイアスターターをじっと見ており、こちらには何も言ってこない。

 そうだな……確かにファイアスターターの攻撃は凄まじかった、ブラフとしての小爆発、そして千景さんへの挑発、彼女の行動を直線的にしてからの大技……戦い慣れていると言ってもいいだろう。

「……そ、そうですね……ブラフからの狙いがすごい、と思いまし……」


「千裕、お前どっちの味方してんだよ、ブン殴るぞ!」


「ふむ……外野で見ていてもそう思うのですから、わたくしの狙いは正しかった、ということですねえ……でもそれを超えてくる、やはり超級ヒーローは素晴ら……」

 千景さんがあまりに素直に答えた僕に怒鳴りつけるが、ファイアスターターは顎に手を当てて、僕の言葉に納得したかのように何度か頷く。

 次の瞬間、一〇秒経過したのか千景さんが一瞬の間を置いてファイアスターターの眼前へと出現する……が、大振りの拳が直撃したかに見えたが、まるで幻のようにファイアスターターの体をすり抜ける。

「……何ッ?」


「炎ってね、揺らぐんですよ……動くなよ? 超級……可愛い少年の顔がまる焦げになるぞ」

 その場にいたはずのファイアスターターの声が僕の隣から聞こえる……僕はゆっくりと隣を見上げると……そこにファイアスターターの手のひらが僕の視界に映る。

 今のは……対峙している間に炎で幻覚を見せていた……? 指先に火を灯してまるで見せびらかすように揺らしたあの仕草、それが暗示になっていたのか。

「千裕……ッ! てめえ、外野巻き込むとか汚ねえぞ!」


「いやいや……わたくしヴィランですし……褒め言葉じゃないですか。もしかしてこの子、ライトニングレディのヒモか何かですかねえ?」

 こいつ……単なる殺人犯ではないな……戦闘能力も、機転もちゃんと効く、今までヴィランというのは単なる猟奇殺人者や、快楽殺人者の類いとしてテレビでは紹介されていた。

 優位に立っているはずのファイアスターターの頬に一筋……汗が流れるのに気がつき、僕はそれまでの常識が崩れ落ちるのを感じる……誰もが言ってたヴィランなんて怪物のようなもの、怪物と変わらない……全然違うじゃないか! ファイアスターターも、千景さんの圧力に恐怖を感じて、生きるために必死になっているのだ。

「やめろッ! そいつにケガ一つでも負わせてみろ、肉片にしてやるぞこのクソがっ!」


「いやいや……わたくしがちゃんと逃げるまでこの子は殺しませんし、傷一つつけませんってば……その後は、ねえ」

 ファイアスターターの手がゆっくり伸びる……まずい……僕は咄嗟に走り出そうとする……ヴィランの歪んだ笑顔と興奮したかのような舌なめずり、そして仮面の奥に見える目に光る狂気。

 千景さんが何かを叫んで走り出す……怖い、怖い、怖い……逃げなきゃ! 逃げなきゃ! だけど思うように足が動かない、一歩踏み出そうとする時間が永遠に感じられる。

 逃げ出そうとする僕に向かってファイアスターターの手のひらが向けられる……チリッ……と僕の肌に小さな熱を感じる……才能タレントを使おうとしているファイアスターターの声が聞こえ、僕は息を呑む。

「少年は知ってますか? 人間って……燃える時いい匂いがするんですよ」


「千裕ッ! やめろおおおおっ!」

 千景さんが叫ぶ……その顔には恐怖と焦りが……だめだ、ライトニングレディは豪快に笑うヒーローじゃないか! 僕のせいで、僕のせいでそんな顔をさせたくないッ!

 その時、僕の中で何かが動く……まるでそれは全身を駆け巡る、濁流のような……いや力強い何かが走り抜けたような気がした。

 それまで使っていなかった筋肉に、腕に、足にそして拳にも強い力が満ちていく……そしてそれに驚く間も無く心の奥底で、誰かの声が強く響く……。


 ——跳べ。


 その声のまま、僕は一気に地面を蹴って大きく跳躍する……それと同時に僕のいた空間に炎が炸裂する。

 だが僕の体はまるでそれまでのことが嘘だったかのように、二人から離れた場所に出現する……これは……これはライトニングレディの才能タレントみたいな超加速?!

 ファイアスターターが僕を仕留め損なったことに気がつき、驚愕の叫びを上げる。

「な、なんですと? この少年……ライトニングレディと同じ雷光ライトニングの所持者だとでもいうのですか?!」


 ——倒せ。


 深く息を吸い、そして深く吐く……全身に駆け巡る濁流のような力、僕はその声に導かれるままファイアスターターに向かって突進する……さっきまで習っていた戦闘術、その基本となる正拳突き……龍爪ドラゴンクロー

 一番最初に教えてもらったこの技……というには馬鹿正直なパンチだけど、千景さんはニカッと笑って話していた。


『まっすぐ、まっすぐ千裕の体重を乗せて撃ち抜くんだ、案外こういうまっすぐな拳って当たるとメチャ痛えぞ、でも大振りすんなよ? それじゃ単なるテレフォンパンチだからな』


 千景さんの声が脳裏に蘇る……そうだ、僕は勇気を、強くなるって決めた。

 だから、僕が原因で千景さんに迷惑をかけちゃいけない、僕自身の力で、僕自身の意思で勇武に転入して……千景さんみたいなヒーローになるって決めたんだ。

 弱かった自分から絶対に抜け出す……だから、強くなるんだ……誰よりも強く!

「おおおおおっ!」


「再使用のインターバルがない?! バカなッ……スピード系じゃないのか?!」

 それまで離れた場所にいた僕がファイアスターターの眼前に出現したことで、動揺したのかヴィランは驚きながらも咄嗟に防御姿勢をとる。

 少年の非力な拳ではそう簡単に貫けまい、という自信と自負、そして経験からスピード系の才能タレントはパワーにおいては一歩譲ることを知っているからだ。

 お構いなしに僕は拳を振り抜いていく……腕にぶち当たった拳がファイアスターターのクロスさせた腕をパワーで突き破り、ヴィランの顔面へと叩き込まれる。

 そのまま僕は拳を振り抜き、ファイアスターターはその勢いのまま地面へと叩きつけられる……全力で乗せた拳はコンクリートの地面がひしゃげ、軽く崩壊するレベルの超パワーを発揮する。


「ハアッ! ハァアッ……」

 呼吸が乱れると、途端に僕の体を駆け巡る濁流のようなパワーがかき消えていく……な、なんだ? 全身に強い疲労感と、その場に立っていられなくなるくらいの虚脱感を感じる。

 体を支えきれなくなって倒れそうになった僕の体を千景さんが慌てて受け止める……ああ、千景さん……よかった、僕はちゃんと足手纏いにはならなかったのかもしれない。

 そのまま意識が暗闇の中に落ち込んでいく中、僕の心にふと声が聞こえた気がした。


 ——扉は開いた……龍の末裔よ、ようこそこちら側へ。

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