第2話 朝ごはん


◼️◼️◼️


 私、本郷葵の朝は早いです。ただ朝には弱いのです。


 今日も今日とて春の陽気な空気に当てられ気持よく二度寝をしようとします。


「葵様、起きてください」


 そばから穂花さんの声がします。起こしに来てくれたのでしょう。でも、やっぱり眠いのです。


「うぅ……もう少し……」


 そう言って私は枕に抱きつきます。柔らかくて、あったかくて、とっても気持ちいいのです。


 そこでぼんやりとした頭で少し不思議に思いました。いつもならこの時点で穂花さんが体をゆすって起こしてくれるのですが今日は1分くらい間が空きました。


 二度寝を許してくれたのでしょうか。今日は土曜日ですしね。


「……葵様、起きてください!」


 やっぱり駄目だったみたいです。いつもよりは優しくゆすって起こされました。


 仕方なしに私は目をゆっくり開けます。黒い布地が見えました。あれ?私の枕は白いのに。


 枕を放してよく見てみます。


 ……私、穂花さんに抱きついていたみたいです。


「あの、失礼いたしました」


 笑ってごまかそうとします。


「いえ、大丈夫ですよ。朝食の準備してきますね」


 そう言って穂花さんはくるっと回って部屋から出ていきました。視界がぼやけていたので、穂花さんの表情は分かりませんでしたがきっとあまり気にしてはいないのでしょう。


 私はベットの上に畳まれた服に着替えてから朝ご飯を食べに1階のダイニングルームに行きました。


 私が来る時にはもう既にテーブルにご飯が準備されていています。いつも穂花さんの手際のよさには感心するのです。


 今日の朝ご飯はパンに目玉焼き、サラダと牛乳です。ただの簡単料理だと思うかもしれないですが違うのです。


 パンは焦げすぎず綺麗な焼き目をつけていて、目玉焼きは丁度いい半熟加減でまん丸に作られていて、サラダは色とりどりの野菜で見映えがよく出来ています。

 

 穂花さんはとっても料理が上手なのです。なので、私は毎日のご飯がとても楽しみなんです。


 食べている間は向かい側に穂花さんが座っています。穂花さんはいつも朝ごはんは先に食べているそうです。


 一緒に食べてくれたら楽しいのにな、と思うこともあるのですが、きっと駄目でしょうね。そうしたら、朝で頭がぼんやりしているのをいいことに、あーん、とかしてくるに決まっています。


「葵様、美味しかったですか?」


 私がご飯を食べ終わった頃を見計らって聞いてきます。これを聞くためにいつも向かいに座って待っているのでしょう。


 毎朝聞いてくるのですが、いつでも穂花さんは緊張した様子なのです。私もちゃんと本心から答えます。


「はい、美味しいです。いつもありがとうございます」


 微笑むようにして答えます。それを見ると穂花さんは安心してテーブルを立つのです。


 朝ごはんの後は穂花さんが豆からコーヒーを入れてくれます。


 穂花さんには私の前で入れてくださいと頼んでいます。コーヒーを入れるときの匂いが好きなんです、と伝えているのですが、実は違います。


 コーヒーを入れてくれる穂花さんの姿が好きなんです。


 普段の弛んだ顔とは違って真剣な表情で丁寧にお湯を入れていきます。部屋に入ってくる朝陽に照らされてとても綺麗に見えるのです。


 この姿を見ると何故だか穂花さんのことを誰かに自慢したくなるような気分になってしまいます。それほど綺麗で格好いいのです。


 普段はあれなのですけどね。


「どうぞ」


 入れたてのコーヒーを静かに私の前に置いてくれます。


 カップを持ち上げて匂いを嗅ぎます。とっても落ち着くいい匂いです。


 舌を火傷しないようにふーっと息で冷ましてから口に入れます。深みのあるいい味です。


「美味しいですね」


 そう言うと穂花さんは満面の笑顔で喜んでくれるのです。


 

□□□

 

 私、宮本穂花の朝は早いです。朝には強くてばっちりと目を覚まします。


 葵様のメイドとして当然のことですが。


 朝起きるとまず身支度をします。顔を洗って保湿して少し化粧、と色々です。ですが、あまり時間はかけないように心がけています。


 そして次は葵様の服を選んで差し上げます。葵様はあまり服を意識してないようで放っておくとパジャマのまま1日中過ごしてしまうんです。


 どの服が似合うだろうと考えるのはとても楽しいです。普段は清楚な服を選びます。あまり攻めた服(膝上スカートとか)を選ぶと怒られてしまうんです。絶対に似合うから着て欲しいんですけどね。


 選んだ服は葵様を起こす時に持っていってベットの上に置いておきます。葵様は朝に弱いようで、ベットの上に服を置いておくと何も考えずもぞもぞと着替え始めるんです。とってもかわいい。


 葵様を起こす前には葵様の分の朝食の準備をして、私の分の朝食をすませておきます。どんな食事でも美味しいと言ってもらえるように腕をかけて作ります。といってもあまり凝ったものは作りませんけどね。


 さぁ、朝食の準備はできました。葵様を起こしに行きましょう!


「スー…スー……」

 

 かわいいぃ~~!!!!!


 純白のベットの上に無邪気に眠る葵様は天使のように清らかで可愛くて綺麗で服の隙間からちらりと見える肌色が、ぐへへ、えっちです!


「写真!写真を撮らなくては……」


 いざという時のためにシャッター音は常にオフにしています。盗撮ではないですよ?葵様の成長を見守っているんです。


 私のスマホ、葵様の写真でいっぱいですね。常に更新される葵様フォルダを見ると頬が緩んできます。


 っと、そろそろ葵様を起こさないとですね。


「葵様、起きてください」


 葵様に近づいて声をかけます。ほっぺたを突っつきたくなる欲求に駆られましたが我慢しました。


 もぞもぞと動きだしました。かわいいです。


「うぅ……もう少し……」


 うわぁあ~~!!!


 葵様がっ!葵様が抱きついてきました!!


 ヤバイです!あわわわわ、かわいすぎです!!


 今ならお尻とか触っても大丈夫なんじゃ……いや、だめです、ダメです。相手が眠ってる間にセクハラとか刑務所の独房まっしぐらじゃないですか!


 必死で欲望を押さえ付け写真を1枚だけ撮り葵様をゆすって起こします。


「……葵様、起きてください!」


 あっ、起きました。私から離れていきます。ちょっと残念です。


 目を擦って状況を確認してるみたいです。あっ、顔が赤くなってます。抱きついていたのが分かったみたいですね。それはそうと、清楚美少女がベットの上で頬を赤らめている、えっちすぎです。


「あの、失礼いたしました」


 ぐふぅ~~!全然失礼じゃないです!いや、失礼だと思ってるなら身体でお詫びを……


 はっ!今、絶対、私変な顔になってます、葵様に見られたらダメです!逃げなくては!


「いえ、大丈夫ですよ。朝食の準備してきますね」


 くるっと回って部屋から出ていこうとします。葵様に顔見られてないといいんですが。それにお着替えの様子見れないのは残念です……


 キッチンで先程準備を済ませた朝食をダイニングに持っていきます。頭の中ではさっきの葵様の様子を頭に焼き付ける作業を永遠繰り返してました。でも、仕事はちゃんとやります。


 葵様が下りて来たみたいです。椅子に座ってモグモグ食べ始めました。


 葵様が食事をしている間は基本向かい側に座って待っています。本当は隣に座って、あーん、とか、わざと牛乳を身体にこぼして誘惑とか、したいんですけど、それはしません。


 食事は真っ向からの真剣勝負で挑みます。


 男、葵様は女の子ですけど、を掌握するには胃袋を掴め!と言いますから、長期的戦略として食事だけは小細工はしないようにしています。


 そういうわけで葵様がもぐもぐしてるのを、うへへ、かわいいなぁ!とか思いながら見守っているんです。


 あっ、ちなみに昼と夜は一緒に食べてますよ。


 …食べ終わったみたいですね。


「葵様、美味しかったですか?」


 一応ですが聞いておきます。絶対、葵様が不味かったです、と答えるのはあり得ないとは思ってはいるもののやっぱり緊張します。


「はい、美味しいです。いつもありがとうございます」


 そう言うと葵様はにっこり微笑みました。


 その時の葵様の姿を何と言って表現したらいいんでしょう。


 窓から差し込む後光のような日差しに照らされ神々しささえ感じます。


 そんな葵様から美味しいと言ってもらえて、たとえお世辞だったとしても幸せに感じます。


 そうして私は胸いっぱいの幸せと一緒にコーヒーを入れに行くのでした。

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