『日曜日〈2〉』

 その日の夕方になっても、ジュンが部屋から出てくる事はなかった。メイは、

「疲れたみたい、少しソッとしといた方がいいと思う」

 ぐらいしか答えてくれない。そう言われたら僕としても、どうする訳にもいかなかった。ジュンは昼食だけでなく夕食すらも食べようとせず、部屋にもりっきりで流石にメイも心配なのか、

「夕食ぐらいはジュンの所へ持っていくね」

 さっき2階に上がっていったばかりだ。暫くして戻ってくると、

「もう寝るって」とボソリ。

「風呂にも入らずにか?」

「うん、やっぱ疲れてるっぽいよ」

 つまらない、という気持ちを隠しもせずメイはそのままソファーに飛び込むと、退屈しのぎなのか珍しくテレビをつけて一人で観始めた。

 ハァ、と部屋に響く溜め息をいたメイを尻目に、僕は考えていた。あんな短い時間のキャッチボールなのに、それも実際にはジュンはほとんど動いてないのに、僕はジュンを疲れてさせてしまったのだろうか。それでもジュンはジュンなりに気をつかっていたのかもしれない。そう思うようにして僕はなるべく気にしないようにした。

 何故なぜなら今日の僕は、早朝に吐いてしまってからクスリをまだ飲んでいない。今までだったら起きてる間は何かしら理由を付けてクスリを口にしていた。

「飲まなきゃ飲まないでどうにでもなるもんだな」

 僕は小声で独りちながらコッソリ自分を褒めていた。ジュンとのキャッチボールの後だが、僕はアトリエに入った。創作活動の最中は不思議とクスリが断てるのもあったし。

 多分ではあるが、絵を描いている僕は僕ではない別人格だ。イーゼルに架けたキャンバスに向かう時、僕は男でもなく親でもなく画家でもなく、そして人間ですらない。たった一つの道具に変身し、道具として絵を完成に導く。まぁ、本当に道具に変身なんかするはずもなく僕の気分を形容したまでの事だが、それでも道具なのに気分だなんて可笑しな話だ。しかし僕は1本の絵筆になり、1つのパレットになり、1枚のキャンバスになり、大量の絵の具になって今までの作品を完成させてきた。言葉にするとホラーだけど僕の作画スタイルはこんな感じなんだ。

 ただし、今回の作品だけはどうしても道具になりきれない。

 全体の構図は既に問題ないんだが、主役の天使だけをどうやって描き切るかがわずらわしい。煩わしいは僕の勝手な言い訳で、実際はどうにも上手い表現に辿たどり着けないだけだ。ベーシックな天使なんて描くつもりはなく、そんな事をしたら途端につまらない作品に成り下るし、かと言って殺ぎ落とした以前の扇情的せんじょうてきな天使を戻すつもりは全く無い。なのにあの時のパレットナイフを恨んでしまうくらい、確かにこのキャンバスには恐ろしく落ち着く天使だった。

 退廃と猥褻わいせつの相性の良さは解っている。両方が振り切れば振り切る程に、絵画はカロリーを含んで思い通りに疾走する。そうなれば理想のドライヴ感を乗せて絵は完成に向かうだろう。けど言い訳に聞こえるかもだが、それではアートとしてはれている。僕のように画家として名前が世に出てしまったからには、パイオニアでなくてはならない。要は模倣もほうなんかではアートの世界は認めてくれない。あそこは発明に近い発想を絵画に求めているんだ。振り切ってなお、ギリギリを保っている退廃と猥褻。アート界が昔から渇望かつぼうしてやまない絶妙なラインがある。

 日中で何度デッサンし直したか判らない。描けば描くだけ天使は完成から遠退とおのいていく。そのたびに最初の天使がゲラゲラと下品に爆笑していた。もしかしたら僕は疾っくに完成していた絵を壊してしまっただけかも。

 メイをあんなにエロティックに描いた自分がゆるせなかったというだけで、父親だからみたいなモラルに押されて、画家の僕がそんな下らない理由だけで天使を消してしまった。

 きっとあの天使が僕の妄想の正体に違いない。メイをあんなに卑猥ひわいに描いていたなんてどうかしている。メイが言っていた事が本当なんだろうけど、今もって全く記憶に心当たりがない。この時点で記憶が無いのが一番の問題なんだが、ではどうして僕はこんなにも大切な事を思い出せないのか。

 僕はどこまで大丈夫なんだろうか。

 ふと、自分自身の存在そのものが信じられなくなった。僕が画家である証明なんて、自分を道具と化して絵を完成させるという僕のスタイルからして怪しく感じてしまう。現実は僕なんか単なる道具でしかなく、僕を使っている別の創作者がいるんじゃないのか。僕がフィクションではないと誰が教えてくれると言うんだ。

 メイがテレビを観ている横でそんなメタな考え方が頭をめぐっていた。画面には昔のニュース映像が流れている。

「販売中止になってからおよそ1年······」

 へぇ、いつの間に無くなってたんだろう。

「もう懐かしく感じますねぇ」

 あれはジュンが好きだったチョコレート菓子、オマケのキャラクターシールが有名なヤツ。テレビの画面に大きく映し出されたその時、

「パパ、何か悩んでる?」

 メイが突然、話し掛けてきた。余りにも不意な事なのに核心に触れる質問だったので、それまで何を考えていたのかを忘れてしまった。

「ハハ、大丈夫だよ。つまらない事だ」

 微笑ほほえんで誤魔化ごまかす僕。不思議な事のようだった気もするが、メイの声とテレビの映像がごちゃ混ぜになり忘れた何かを思い出すのを止めた。たかがテレビのニュースだからな。

「もしかして、あの絵の事?」

 不覚にもメイを凝視してしまう。一瞬ではあったが、メイの声がミキの声に聞こえた。言い方も似ていたし、ミキならこういう瞬間に口にしそうな台詞でもあった。それに確かにテレビに目が向く前は、絵の事で悩んでいたからだ。

「どうしたのパパ、メイの顔に何か付いてる?」

 メイは怪訝けげんそうな表情をしている。

「いや、そうじゃないんだが······」

 そう言いながらメイから視線を無理矢理にがす。僕はきっとメイに妻を重ねて見ている。だから奇妙な妄想まで考えてしまうんだろう。事実、メイはミキの子供だ。面影だって充分に感じる。その部分に僕が無意識にかれてるんだとすれば、薄っすらとした合点がいった。

 さてアトリエにでも戻ろうか、と立ち上がったその時、

「ねぇ、もう一度、メイがモデルしようか」


 今夜、二度目のメイへの凝視。でも僕の方の表情はさっきとは全く違うものだった。自分でも顔面の筋肉が引きるのを感じていた。本来の歓喜の表情を隠すのに必死だったからだ。歓喜の正体なんて言うまでもなく、後ろ暗いのに甘くて、でも汚れた感情のかたまり。実の娘だけには絶対に察知されてはならない背徳の気配だった。ただし、だからと言って隠し切れてはいなかった。僕の挙動は不審を極めており、糸のからまったマリオネットみたいに不細工ぶさいくにぎこち無い。なのにメイは僕の何を見てそう判断したのか、一連の行動をイエスと解釈したみたいだ。

「ほら、アトリエに行くよ。メイだってそんなにヒマじゃないんだから」

 そんな事を言うわりにはどこか嬉しそうに2階へと上がっていくメイ。小鳥よろしくリズミカルに階段をゆく後ろでは、興奮と緊張の両方で身体が思うように動かなくなった僕が、緩慢かんまんな動作になりながらも階段の上であしを動かしていた。今夜に限って階段の段数が増えている錯覚をする。みだらな期待感と父親である道徳心とが僕の世界の中心で螺旋模様らせんもように変化していた。アトリエに向かわせる感情が善悪を戦わせているんだ。そして僕だけがどちらが勝つかをあらかじめ知っている。僕は以前にもこんな光景を見たような感覚を食らっていたからだ。その既視感の結果を僕は少しも疑ってはいない。そんなデタラメを信じてしまう正直な僕の心のばちさを、全ての原動力として一歩ずつ長い階段を上る装置となった両脚が、僕のよろこんでいる脳ミソと一瞬にして腐った心と共に肯定する。

 あぁ、そのまま狂ってゆけ。僕。

 時間は掛かったがアトリエのドアの前に漸く立てた。肩で大きく息をしているのは、まるで登山のような階段だったからだ。ただ、この苦痛もドアの向こうにいるメイによって報われる。

 きっとメイはアトリエで裸になって待っている。でも自分の目で見るまでは、という邪悪な一心が僕をゆっくりとドアを開けさせた。

 アトリエの中は水飴みずあめ壜底びんぞこに沈んだみたいに、甘ったるくねっとりと絡んで重い。そして、アトリエの中心には果たしてメイがいた。15世紀のサンドロ・ボッティチェッリが描いた、巨大な貝の上に一糸纏いっしまとわぬ姿で立つ愛と美の女神の絵画「ヴィーナスの誕生」が目前に存在していた。そのたたずまいに何の形容も必要としない天使のイメージが顕在していた。裸のメイには、呼吸が停止してしまう花恥はなはじらう美しさが大胆に露出している。

 だがよく見ろ。僕の印象の殆どが惑わされた思い込みに過ぎない。メイは毒だ、毒林檎どくりんごだ。一口でもかじれば元には戻れない破滅の象徴だ。淫らな色彩でとりこにして、挙げ句に終わりをプレゼントする。だからこそ美しさと同じくらいのエロチシズムが溢れていて、改めてメイから感じていたものが全くの逆のわざわいあるじ、悪魔そのものであった。

 それでも尚、メイの乳房は適度な膨らみを保ち、テントを思わせる力強さの主張をしていた。またその中心にあり、自分の若さを自慢している乳首は美しい桜色を帯び、なのに怒っているかの葡萄ぶどうの粒となってツンと上向うわむきにとがっている。僕はその小さな粒を口に含み、どうしてそんなに機嫌が悪いのか、質問してみたい衝動にられた。更に視線を下に向けると、申しわけ程度に生えた陰毛の奥で、それで隠れたつもりですか、と尋ねたくなる青い秘唇ひしんけて見えていた。

 もう僕はどうやって昂奮を抑えてよいのか判らない。

 メイを押し倒してしまいたい慾望よくぼうが露骨に放出している。目は充血し息も荒々しく身体は小刻みに震えもしていた。紙飛行機がちるまで止まらないのと同じだ。僕も堕ちる所までち続けたい。

 僕のアンモラルな気配をメイは簡単に気付き、なのにメイはゆっくりと僕に近付く。メイの顔は明らかに火照ほてっていた。恥ずかしさからなのか、それとも別の動機で身体が熱を帯びてる所為なのか。僕の、メイが上気している原因を探求したい欲念が、たちまち頂点となる。

 その時、メイの方から鼻腔びくうくすぐるかのっぱい臭気が漂ってきた。これによって僕の昂奮こうふんが理性をあっさり乗り越えてしまった。何故なら僕はこの臭いを知っていた。女の、その特有の、湿ってぬめらかな、あの体液の臭いだったからだ。

 くのごとく、メイは凄艶そうえんである。

 アトリエはメイのいる場所へ極端に傾斜でもしているみたいに、僕は引力に負ける腐った林檎りんごに成り下がって吸い寄せられる。蟻地獄ありじごく咄嗟とっさに頭を《よ》ぎったが、蟻みたいに必死にあらがう気は起きない。

「ダメだよ」

 なのにメイは近付こうとした僕を制した。まるで子供に言い聞かせるかの優しさで。

「ダメって何がだい?モデルをしていいと言ったのはメイだろ。だったらポーズとか······」

 今の僕には絵描きとしての矜持きょうじ、父親としての道徳、人間としての尊厳そんげんとかは欠片かけらも無い。野獣やじゅう情慾じょうよくが背徳を呼び込み鬼畜の所業を実行しようとする外道。実の娘への言葉ではない。

 だがメイはさらあわれみ深く、更にはもっと欲望をむしるように、

「絵の完成が先だよね」


 あぁ、そうだったんだ。メイは僕の不修多羅ふしだら我意がいに最初から気付いてたんだ。気付いた上で尚も僕の為に裸をさらしてくれたんだ。僕はなんてしからん恥者はじものなんだろう。メイのその後愛に満ちた行動は感動すら覚える。いや、愛というモヤモヤした事象を持ってこないと、自分の娘にこんなにも欲情している自分の存在に耐えられなかった。罪から逃げている自分を希薄なモノにしたかったんだ。要は愛みたいな崇高すうこうな言葉を、こんな事態で使用してしまう卑怯さ、僕はそんな感情すら失っていた。

「ねぇ、だから早く描いてしまおうよ」

 そうささやいたメイ。イーゼルの少し前に立つ。

 何に対しての、だから、なのか。

 描いた後に何が待っているのか。

 それでも僕はやはり画家だった。キャンバスを前にしたら削り落とした天使を忘れていた。今、目の前の新しい天使こそ絵に残さなければ、ジリジリと描きたい欲求が上回っていく。未完成のままでなんか放っておけないんだ。

「メイ、両手を胸の前で祈るように組んでくれ。視線はずっと上······いい感じだ」

 そのままひざを付くように注文したその時、またもや強烈に目眩が浸食しんしょくしてきた。僕は、こんな感じのりを、以前にもメイに言っていたんじゃないのか。メイの取ったポーズを初めて見た気がまるでしない。しかも今回の目眩は、僕の胸の中で栗のいがが転げ回るような後悔と、へそと股間に弱い電流が走る快楽とがアチコチに含まれている。

 一体なんなんだ。この不快な黒いモノの正体は。僕はどんな罪を犯したというんだ。

 罪?

「パパぁ、早くぅ、メイををぉぉぉ」

 そのキャンディみたいな味の声で僕に要求するメイ。そうだ、一秒でも早く絵を完成させなきゃ。

「あぁパパぁぁ、こォォんなァァァ恰好わぁ、どォおォォォ」

 いつの間にかメイは、僕が最初に指示したポーズを無視して両脚をシッカリと開き僕にその中央を見せつけてくる。

「おぉ、そのポーズだっ、とてもいいぞ」

 僕は治まらない目眩をこらえながら何とか返答したんだが、まるで初めて言った台詞とは思えない。過去に何度もこんな場面があったような感覚が、沸騰していた。メイの下品な挑発が一層激しさを増す。

「ああァァァ、ああァァァ、パパァァァ、こおぉんなあぁんわぁあああァァァ」

 自分の性器を自らの指で広げるメイ。その奥からはドロドロと体液なのか、処無どなく流れてくる。違う、アレは体液なんかじゃない。女性が性的な興奮がたかまった時に体内からあふれる愛液そのものではないか。やがてその液体はアトリエ全体をベトベトにらし始めた。

 いや、僕はメイの性器内部に取り込まれてしまったのか。

 愛液はほのかながらも微熱を含んで気色きしょくが悪く、蛋白質たんぱくしつが腐ったような強烈な悪臭もともなっていた。僕は不安定な足元と目眩の所為で大きく転んでしまう。その拍子に何時の間にか湖のような深さになっていた愛液へと沈んでしまい、僕はおぼれてしまう。明らかに愛液は腐った味がして、口から吐き戻しながら顔を液面から辛うじて出すも、充満した腐臭は呼吸の自由すら許さない。アトリエとメイが融合した空間で、僕は永遠に窒息してゆく。そんな僕を見ながらメイは笑っていた。やかましい蟋蟀こおろぎみたく、ギロギロと。性器から溢れ出る愛液は修理不可能な蛇口となって止まる事を忘れていた。

 でも僕は画家としての使命をまっとうする。まだどうにかイーゼルに乗っているキャンバスをにらみ付けると、同じようにメイの裸身を睨み付けながら絵筆を握った。

 そのままメイの姿をキャンバスに殴りつける。

 これは芸術なんかじゃない。すでに暴力だ。

 何時いつしか僕はそれがキャンバスへの行為なのか、メイのからだへの行為なのか判別がつかなくなっていた。いや、芸術では無くなった時点で僕は全てがどうでもよくなっていた。ただこうやっている今もメイから吹く暴風という猥褻を、淫靡を、エロチシズムを、僕は絵の具でなぞるだけの作業をしているだけだ。僕の絵筆が僕の指が僕の魂が、キャンバスとメイの軀を往復する往復する往復する。

 僕は今、芸術を殺害した。

 アトリエがきしんでいる。メイの愛液がいよいよ部屋全体に浸潤しんじゅんし、空間そのものを腐らせ始めたのだ。床も壁も天井も、ドロリとれ下がって、だけど僕は往復を止めない。絵を完成させる、メイを抱く為には手段なんて関係なかった。


 やがて、僕の絵が腐りながら完成する。

 あの削り堕とした天使よりも更に淫らな天使。いや、コレは天使ではない。この腐った絵に現れたのは毒婦どくふ毒茸どくきのこ毒蜘蛛どくぐもだ。そしてメイそのものだ。挙げ句、僕が娘に要求する欲望を表現していた。僕の心はメイに全滅してもらうのを望んでいる。

 完成した絵画の余りにも圧倒的なアンモラルさに、僕はその場で愕然がくぜんとしていた。だが、どこかでキャンバスの中のメイを認めていた。

 メイを欲しいんだよ、本能が。

 そんな僕の様子を見てメイは絵が完成したのに気付いたのか、ゆっくりと僕の横まで歩いてきた。腐液ふえきに犯されたアトリエをかいする事もなく、ジッと絵だけを眺めている。

「お疲れ様」

 美しく微笑みながら僕をいたわる言葉を残して、メイは食虫植物みたいにおおかぶさってきた。

 今、僕の視界にはメイしかいない。娘はそのまま僕の下半身の上に腰を落とした。部屋全体がメイの体内から出た液体によって腐ったからなのか、緩慢かんまんな動作だったのに体重が乗ると腰は愛液に深く沈み、音も立てずに辺りの床がへこんだ。

「おめでと、凄くイヤらしい絵だよ」

 ニヤリ、今までメイが見せた事の無い不愉快な笑顔。なのに僕は、

「やっと描けたよ。ありがとう、メイのお陰だ」

 と心にも無い感謝を口にしていた。ミキを初めて抱いた時の事が一瞬、頭に浮かんだ。あの時も僕は心にも無い言葉で、ミキとセックスしたい一心で、優しく語りかけていた。

 絵なんてどうだってよかった。今だってそうだ。メイを、娘を、僕がムチャクチャにしたいだけなんだ。

「んじゃあ、メイも約束守らなきゃだね」

 静かにメイのドブくさい息が僕の顔面をおおうと、僕はメイと唇を重ねた。メイの唇もまた、汚く腐っている。その唇が僕を押し倒しながら愛液の底へと沈めてゆく。僕は、トプン、と音がした後、無音の液体に包まれた。腐った愛液の中で、それでも僕はメイの口の中をむさぼり、メイは僕の舌に自分の舌をからませた。

 目眩とスローモーションが一緒になって、アトリエ全体がちる。メイの愛液は床を侵食し尽くし、僕らを乗せたまま黙って落ちていった。それなのに僕もメイも互いを味わうのを止めない。ゆっくりとゆっくりと下へと向かいながら、底なんて最初から無いかのように。墜落の無重力に身を任せて僕らは永遠に、そしてまた永遠に、ずっとつながっていたい。

 薄い霧が、アトリエへと入ってくる。

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