『日曜日〈2〉』
その日の夕方になっても、ジュンが部屋から出てくる事はなかった。メイは、
「疲れたみたい、少しソッとしといた方がいいと思う」
ぐらいしか答えてくれない。そう言われたら僕としても、どうする訳にもいかなかった。ジュンは昼食だけでなく夕食すらも食べようとせず、部屋に
「夕食ぐらいはジュンの所へ持っていくね」
さっき2階に上がっていったばかりだ。暫くして戻ってくると、
「もう寝るって」とボソリ。
「風呂にも入らずにか?」
「うん、やっぱ疲れてるっぽいよ」
つまらない、という気持ちを隠しもせずメイはそのままソファーに飛び込むと、退屈しのぎなのか珍しくテレビをつけて一人で観始めた。
ハァ、と部屋に響く溜め息を
「飲まなきゃ飲まないでどうにでもなるもんだな」
僕は小声で独り
多分ではあるが、絵を描いている僕は僕ではない別人格だ。イーゼルに架けたキャンバスに向かう時、僕は男でもなく親でもなく画家でもなく、そして人間ですらない。たった一つの道具に変身し、道具として絵を完成に導く。まぁ、本当に道具に変身なんかする
ただし、今回の作品だけはどうしても道具になりきれない。
全体の構図は既に問題ないんだが、主役の天使だけをどうやって描き切るかが
退廃と
日中で何度デッサンし直したか判らない。描けば描くだけ天使は完成から
メイをあんなにエロティックに描いた自分が
きっとあの天使が僕の妄想の正体に違いない。メイをあんなに
僕はどこまで大丈夫なんだろうか。
ふと、自分自身の存在そのものが信じられなくなった。僕が画家である証明なんて、自分を道具と化して絵を完成させるという僕のスタイルからして怪しく感じてしまう。現実は僕なんか単なる道具でしかなく、僕を使っている別の創作者がいるんじゃないのか。僕がフィクションではないと誰が教えてくれると言うんだ。
メイがテレビを観ている横でそんなメタな考え方が頭を
「販売中止になってからおよそ1年······」
へぇ、いつの間に無くなってたんだろう。
「もう懐かしく感じますねぇ」
あれはジュンが好きだったチョコレート菓子、オマケのキャラクターシールが有名なヤツ。テレビの画面に大きく映し出されたその時、
「パパ、何か悩んでる?」
メイが突然、話し掛けてきた。余りにも不意な事なのに核心に触れる質問だったので、それまで何を考えていたのかを忘れてしまった。
「ハハ、大丈夫だよ。つまらない事だ」
「もしかして、あの絵の事?」
不覚にもメイを凝視してしまう。一瞬ではあったが、メイの声がミキの声に聞こえた。言い方も似ていたし、ミキならこういう瞬間に口にしそうな台詞でもあった。それに確かにテレビに目が向く前は、絵の事で悩んでいたからだ。
「どうしたのパパ、メイの顔に何か付いてる?」
メイは
「いや、そうじゃないんだが······」
そう言いながらメイから視線を無理矢理に
さてアトリエにでも戻ろうか、と立ち上がったその時、
「ねぇ、もう一度、メイがモデルしようか」
今夜、二度目のメイへの凝視。でも僕の方の表情はさっきとは全く違うものだった。自分でも顔面の筋肉が引き
「ほら、アトリエに行くよ。メイだってそんなにヒマじゃないんだから」
そんな事を言うわりにはどこか嬉しそうに2階へと上がっていくメイ。小鳥よろしくリズミカルに階段をゆく後ろでは、興奮と緊張の両方で身体が思うように動かなくなった僕が、
あぁ、そのまま狂ってゆけ。僕。
時間は掛かったがアトリエのドアの前に漸く立てた。肩で大きく息をしているのは、まるで登山のような階段だったからだ。ただ、この苦痛もドアの向こうにいるメイによって報われる。
きっとメイはアトリエで裸になって待っている。でも自分の目で見るまでは、という邪悪な一心が僕をゆっくりとドアを開けさせた。
アトリエの中は
だがよく見ろ。僕の印象の殆どが惑わされた思い込みに過ぎない。メイは毒だ、
それでも尚、メイの乳房は適度な膨らみを保ち、テントを思わせる力強さの主張をしていた。またその中心にあり、自分の若さを自慢している乳首は美しい桜色を帯び、なのに怒っているかの
もう僕はどうやって昂奮を抑えてよいのか判らない。
メイを押し倒してしまいたい
僕のアンモラルな気配をメイは簡単に気付き、なのにメイはゆっくりと僕に近付く。メイの顔は明らかに
その時、メイの方から
アトリエはメイのいる場所へ極端に傾斜でもしているみたいに、僕は引力に負ける腐った
「ダメだよ」
なのにメイは近付こうとした僕を制した。まるで子供に言い聞かせるかの優しさで。
「ダメって何がだい?モデルをしていいと言ったのはメイだろ。だったらポーズとか······」
今の僕には絵描きとしての
だがメイは
「絵の完成が先だよね」
あぁ、そうだったんだ。メイは僕の
「ねぇ、だから早く描いてしまおうよ」
そう
何に対しての、だから、なのか。
描いた後に何が待っているのか。
それでも僕はやはり画家だった。キャンバスを前にしたら削り落とした天使を忘れていた。今、目の前の新しい天使こそ絵に残さなければ、ジリジリと描きたい欲求が上回っていく。未完成のままでなんか放っておけないんだ。
「メイ、両手を胸の前で祈るように組んでくれ。視線はずっと上······いい感じだ」
そのまま
一体なんなんだ。この不快な黒いモノの正体は。僕はどんな罪を犯したというんだ。
罪?
「パパぁ、早くぅ、メイををぉぉぉ」
そのキャンディみたいな味の声で僕に要求するメイ。そうだ、一秒でも早く絵を完成させなきゃ。
「あぁパパぁぁ、こォォんなァァァ恰好わぁ、どォおォォォ」
いつの間にかメイは、僕が最初に指示したポーズを無視して両脚をシッカリと開き僕にその中央を見せつけてくる。
「おぉ、そのポーズだっ、とてもいいぞ」
僕は治まらない目眩を
「ああァァァ、ああァァァ、パパァァァ、こおぉんなあぁんわぁあああァァァ」
自分の性器を自らの指で広げるメイ。その奥からはドロドロと体液なのか、
いや、僕はメイの性器内部に取り込まれてしまったのか。
愛液は
でも僕は画家としての使命を
そのままメイの姿をキャンバスに殴りつける。
これは芸術なんかじゃない。
僕は今、芸術を殺害した。
アトリエが
やがて、僕の絵が腐りながら完成する。
あの削り堕とした天使よりも更に淫らな天使。いや、コレは天使ではない。この腐った絵に現れたのは
完成した絵画の余りにも圧倒的なアンモラルさに、僕はその場で
メイを欲しいんだよ、本能が。
そんな僕の様子を見てメイは絵が完成したのに気付いたのか、ゆっくりと僕の横まで歩いてきた。
「お疲れ様」
美しく微笑みながら僕を
今、僕の視界にはメイしかいない。娘はそのまま僕の下半身の上に腰を落とした。部屋全体がメイの体内から出た液体によって腐ったからなのか、
「おめでと、凄くイヤらしい絵だよ」
ニヤリ、今までメイが見せた事の無い不愉快な笑顔。なのに僕は、
「やっと描けたよ。ありがとう、メイのお陰だ」
と心にも無い感謝を口にしていた。ミキを初めて抱いた時の事が一瞬、頭に浮かんだ。あの時も僕は心にも無い言葉で、ミキとセックスしたい一心で、優しく語りかけていた。
絵なんてどうだってよかった。今だってそうだ。メイを、娘を、僕がムチャクチャにしたいだけなんだ。
「んじゃあ、メイも約束守らなきゃだね」
静かにメイのドブ
目眩とスローモーションが一緒になって、アトリエ全体が
薄い霧が、アトリエへと入ってくる。
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