18-6 ~ 都市併合 ~


 都市『ペスルーナ』……人口2,985人の海上都市である。

 スペイン語を語源とする単語で「マンボウ」を意味する名前を持ち、最盛期は人口8,986人を誇ったその海上都市も、高齢となった市長の精力がほぼ枯渇したことと、精子の老化に伴う染色体異常が増えたことにより人口は次々と減じてしまい……人口はもはや3,000を切る有様となっている。

 それでも、都市の縮小を嫌った正妻ウィーフェが資材の売り払いを拒否していたため、しっかりとした海上都市の基礎と建物は残されている。

 と言うのが、BQCO脳内量子通信器官から送られてきたその併合を同意した海上都市の詳細である。


 ──人口、俺たちの都市より大きいじゃねぇか。


 もはや併合と言うよりアンコウの雄の如く吸収される側になっている気もするが……実のところ、21世紀の企業やら国家と違い、この未来社会の都市では乗っ取り等の心配はない。

 何故ならば、都市の根幹は人口や土地、社員や設備ではなく……ひとえに、である。

 そう考えると未来社会の基盤そのものが歪すぎる気がするが、まぁ、この感想も今さらか。


「ペスルーナ市長は自らの精力減衰を認め、もう都市の維持が不可能であることを明言しました。

 その発言をもって、都市『ペスルーナ』の併合が承認されております」


「……要するに、EDか」


 他人事ではない……文字通り数日前までの俺が悩んでいた症状に陥った先達の決断に、俺は心の中で脱帽して敬礼する。

 認めるのに並々ならぬ苦悩があっただろうと推測できる……事実、俺もこんな弱々しい小学校高学年か中学校入りたてみたいな身体になっていなければ、少し前までの不能状態にもっと絶望していたことだろう。


「彼らの主張は、自分たち……市長と正妻ウィーフェ恋人ラーヴェの老後の生活費と自宅の留保、そして市民のです」


「……正直に聞くが、可能か?」


 2,000人の都市で3,000人の難民を受け入れるような事態に対し、俺は素直にそう訊ねることとした。

 俺のこの思考は、恐らく21世紀に流行った「少子化が進んだことにより後期高齢者が増加、現役世代による介護負担の深刻化」という危惧を何度も何度も聞かされた覚えがあった所為、だろう。

 尤も、食料すらミドリムシ加工の餌と化し、楽しみと言えば仮想現実でのあれこれ、労働力のほとんどを機械化しているこの未来社会で、果たして介護費用とか必要なのかと思ったりするのだが……

 実のところ、健常者が生きるだけでも仮想現実でのコンテンツ費用や著作権、電力消費量などの費用は確実にかかり……更に老人介護となると仮想力場を利用した介護服や仮想現実に逃げ込んでも身体能力を維持する服など、健常者では不要だった都市機能が必要となり、やはりそれなりの追加費用が発生する。


「可能です。

 まず大前提のペスルーナ市長と正妻ウィーフェ恋人ラーヴェの扶養自体ですが、現状の都市財政で考えても0.01%以下ですので特に問題になるとは思えません」


 とは言え、そんなのが必要なのは市長や正妻ウィーフェ恋人ラーヴェまでである。

 その費用については、正妻ウィーフェであるリリス嬢が告げた通り……都市全体として考えるとそう大した金額になりはしない。

 ついでに言うと、ペスルーナ市長によってを求められた都市に住む市民女性たちはあくまでもであり、老齢介護が必要な存在ではなかったりする。

 加えて言うと……介護が必要な高齢者という存在は、とっくに税金の問題によって都市から追い出されているし、その年齢層の女性たちはほぼVR空間に入り浸るか人生に見切りをつけて自殺薬によってこの世そのものから去っており、介護が必要な年齢層の人口割合はそう多くはなかったりする。

 閑話休題。


「ペスルーナ市民についても同様で、大きな市税の滞納は見られず……唯一の懸念は、子宮の取り換え手術によって医療課が順番待ちになることですが……」


「何だそりゃ?」


 思わず俺はそう呟いてしまったが、まぁ、我が正妻ウィーフェであるリリス嬢が告げた内容に心当たりがないことはない。

 21世紀だったか20世紀だったか、どっかの誰かが「羊水が腐る」と放言して大問題になった記憶が微かに出て来るが……実際のところ「出産の適齢期は10代後半から20代前半だったか後半くらいまでで、それ以降は卵子の老化が激しく、染色体異常が発生しやすい」というのは21世紀の頃から通説になりつつあった。

 この未来社会でもそれは同じで……30代後半で出産しようとすれば、受精卵の染色体チェックで潰される可能性が著しく高まってしまう。

 そのため、高齢化した子宮を切除し、万能幹細胞を用いて新たに作成した子宮と取り換えることで、高齢出産をしても染色体異常のリスクを減ずることが可能である。

 ちなみにこのやり方も母体には大きな負担をかけるためあまり推奨された行為ではなく……だからこそ女性よりも著しく体力に劣る男性は手術に耐えられる可能性が更に低く、それ故に睾丸取り換えを行う者はごく少数となっている、らしい。

 後は、新しい睾丸が身体に馴染み精子を生成し始めるまでに精通と同じく一年近くかかるらしく……それを考えると、多少効率が悪くとも古い睾丸で頑張って貰った方が結果として多くの子供が生まれるようである。

 まぁ、そんな事情がなくとも、今のところ健康な俺ですら聞くだけで股間がひゅんとなってしまうので……俺と同じ感覚でこの手の手術を忌避する男性はとても多いkとだろう。

 ……という情報を、俺はBQCO脳内量子通信器官で獲得した俺は、軽く頷くと、正妻ウィーフェの方へと振り向く。


「それに伴う式典等は?」


「発生します。

 基本的な準備は私の方で行っておきますので、また挨拶をお願いします。

 この併合によって都市面積の上限が凡そ人口3万人ほどとなり、都市計画の立て直しが必要となりますので、新たな計画を立て終わりましたらご確認願います。

 幸いにして、元々こちらの都市面積を拡張中であったため、ペスルーナ側の市民が暮らす区域との間に緩衝地帯が生まれ……都市併合で懸念される市民同士の軋轢も少なくて済むでしょう。

 加えて言うならば、ペスルーナで余り気味だった警護官を雇い入れることが可能となるため、人手不足気味だった我が都市にとってはむしろ損失が少ないのが実情です」


「……なるほど、な」


 リリス嬢の告げた内容に、俺は頷かざるを得ない。

 都市面積ばかりが広がって人手やインフラが全く足りていない我が海上都市『クリオネ』と。

 老化によって人口減が著しいものの、人手や施設そのものはまだ余剰がある海上都市『ペスルーナ』。

 要するにこの都市併合は、お互いがお互いの足りないところを補い合う、WIN-WINの関係に基づくものである、らしい。

 

 ──そんなに上手くいくかは分からないけどな。


 それでも、都市の運営実務を担当している我が正妻ウィーフェリリス嬢が進める政策ならば、問題はないだろう。

 まだ一年も経っていない関係性ではあるが、少なくとも俺は彼女に全幅の信頼を……いや、男女関係を除いた彼女の頭脳・計算能力・政策能力に加えてその人柄は、信頼に値すると思っている。


「よし、その方向で進めよう。

 具体的な手順は任せた」


「はい、市長っ!

 このイベントが完了し次第、併合手続きに入る予定です」


 そんな俺の軽い頷きが、政策決定の最終判断となるらしく……俺の言葉に我が正妻ウィーフェは頷いた後、すぐさま眼前の仮想モニタを開いて何らかの手続きを始めていた。

 俺の軽い言葉一つで簡単に都市運営が決まる事実に多少の怖気を感じつつも……まぁ、俺自身はただのハンコだと思い、その怖気を振り払う。


「……あ、そう言えば」


 ふと現状を思い出した俺が眼前の仮想モニタに視線を落としてみると……そこでは自分たちの行く末が決まったことを知りもしない市民たちが、狂乱状態のまま水鉄砲内部の液体をぶっかけ合う地獄絵図が未だに展開されていたのである。


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