18-5 ~ 精通祭り ~
非常に残念なことに、俺の祈りが天に通じることはなく、テロリストはやってこなかった。
もしくは来たところで迎撃されてしまったのか……既に我が海上都市『クリオネ』の面積は市長宅から一望できないほどに広がっている上に、人口増に伴って警備体制も更新され続けていて、上陸を狙ったテロリストとの間で小規模な戦闘が実施されていたところで俺が知る術はなかったりする。
流石にノルマンディのアレほどの大規模・大被害となれば話は別だろうが……流石に変なお祭り一つを俺が忌避するだけに、そこまでの犠牲は望んでいない。
そんな訳で俺は、中止にならなかったこのアホなお祭りに主催者として参加する羽目に陥っている訳だが。
「……このため、この精通祭りの終了時をもって、我が都市においては医療課が本来の意味で稼働し始めます。
当然のことながら、まだ全数検査を終えておりませんので、如何なる子供が生まれてもその保証は出来かねます。
そのため、今回の祭りでの優秀成績者には辞退の権利を与えると共に……」
今日も我が
俺と相対した時の姿勢と比べると、その数倍は生き生きとしているようで……本当にコイツは政治家となるために生まれて来たようなヤツだなぁと実感する。
むしろ男性の前に出た時の挙動不信感が酷過ぎるので比較対象として適していないとは思うのだが……少なくとも今の堂々とした声と態度は、聞いている側を安心させる効果があった。
実際、「子供の保証は出来かねる」なんて結構酷いことを言っているにも関わらず、市民たちは盛り上がっているのだから、その安心感には凄まじいものがあるだろう。
もしかすると、市民たちはもう盛り上がり過ぎて
「では、ここで市長よりお言葉を賜ります」
そうしてきた俺の出番ではあるが……今の俺は酔っていない。
ついでに言うと、我が
だから、勃起祭りの時ような失敗など起こる可能性は欠片もなかった。
……だけど。
「……市長?」
長々と演説するのは面倒で……何もかもはっちゃけたくなったのだ。
40年近く生きてきて、今さらながらに知ったことだが……どうも俺という人間は、眼前にマイクがある、もしくは大勢から注目されると気が大きくなってしまうタイプのようである。
恐らく原因は、飲み会などでマイク芸を強要された日々によって積み重なったストレスであり……脳ではほぼ覚えていなくとも魂にこびり付いたままの負荷が、未だに残っているということだろう。
──上司や同僚の顔も名前も思い出せないってのになぁ。
俺は都合の良い自分の記憶に自嘲の笑みを軽く浮かべると……少し息を吸って口を開く。
「親愛なる市民の諸君。
この度、俺は、お前たちを孕ませることが可能となった。
餓鬼が欲しければ、俺のために働け。
都市のために働け。
そうすれば、俺が……お前たちを孕ませてやるっ!」
俺が口を開いたのは凡そ20秒ほどで……我が
──まぁ、内容は変わらない訳だが。
要するに俺は、長いスピーチを疎み……リリス嬢の作り上げたスピーチの美辞麗句と迂遠な言い回しをぶった切って、内容だけを取り出した訳だ。
幸いにして生殖能力があることは証明された……精子の個別検査はまだ終わっていないものの、それでも精子があれば妊娠は可能な筈、である。
そして、まるっきりの嘘にならない言葉なら、仕事の中で否が応でも鍛えられた面の皮と毛の生えた心臓を使い、俺は堂々と言い切ることが出来る。
むしろ、そんなスキルがないと生きていけない社会人という存在が、如何に過酷な境遇に立たされているかをあの当時に問題提起したかったくらいではある。
まぁ、今となってはそんなことなどどうでも良い話だが。
「……い、以上、市長クリオネからの発言でした。
では、精通祭りのイベントを……」
スピーチを打ち合わせなく9割短縮したにも関わらず、我が優秀なる
──んで、始まるのはアレか。
俺は半眼になりながらも、眼前に展開された仮想モニタへと視線を落とす。
そこには大きめの水鉄砲を両手に抱え、ビキニスタイルやらパン1やら……21世紀ではあまり街中ですべきではない格好の美女・美少女たちが勢揃いしていた。
彼女たちはこれから、バトルロワイヤル……誰一人信じられず、出会うモノ全てが敵という状況で、あの水鉄砲に入った白濁液を武器に戦うのだ。
「では、精通祭りプログラム第7部、『ぶっかけ戦』を開始しますっ!」
議事進行を行っている
何故、射撃武器を手にしているのに至近距離へと近づくかと言うと、あの水鉄砲は見た目に反して射程が非常に短いからである。
恐らく発射される白濁液にリアリティを持たせるため粘度をある程度もたせた所為だろうが……その所為で字面だけで言うと「遠距離からビキニのねーちゃんがきゃっきゃうふふするイベント」の筈が、女性が妊娠するために必死の形相で物理攻撃を混ぜながら水鉄砲をぶちまけ合う地獄絵図と化している。
「……アホの極みだな」
何が一番アホらしいって……昨日の朝、夢精してしまったパンツから採取された精子数が、現時点で凡そ2億ほど保存されていること、だろう。
この前、リリス嬢に説明を受けた計算式を用いると、ロス率が50%で使用可能精子数が5%、そこから支給定着率が70%だから……
我が海上都市『クリオネ』の医療課には、凡そ7万人を受精させることが可能な精子が眠っている。
若干採取に時間がかかったことを考えても、現在の都市人口はまだ3,000弱。
要するに、彼女たちが望めば明日にも全員が妊娠可能であり……この騒乱劇そのものが全くの無意味なのである。
そして、我が優秀なる
なのに彼女たちは狂乱に身を任せ、意味もない乱痴気騒ぎに身を投じているのだ。
……これを、アホの極みと言わずして何と言おう。
──祭りとはそういうモノ、と言われればそれまでだけどな……
頬杖を突いて彼女たちの狂乱具合を眺めながら、俺は内心でそうぼやく。
事実、眼前の可能モニタには、他人事で遠巻きに、要所要所を眺めるだけなら性的興奮を覚える光景が広がっているのだが……
彼女たちが自分の精子を勝ち取るために狂乱して競い合い、殴る蹴るは勿論、髪を引っ張るひっかくブラを捥ぐパンツを引き下ろすが常態化している様相は、もう何と言うか狂気の沙汰であり、ドン引きして性的興奮を覚えるどころじゃないのが実情だった。
「……あと5分です。
あまり過激な行動を行った者には罰則としてポイントのマイナスもあり得ますので、ご注意をお願いします」
そんな狂乱の中でも、
本来ならばこういうのは別途雇われたアナウンサーが行うのが俺の常識ではあるのだが、未来社会では
いや、むしろ
──省力化の極み、かねぇ。
──コイツが働き過ぎなだけ、って気もするが……
そんな発展したAI事情がある中で、先ほどの演説で俺自身が声を張り上げる必要があったのは、やはり男性の生音声は女性にとって別格だから、だろう。
一応、俺も21世紀人をやっていた記憶が微かに残っているお陰で、その辺の生的なプレミアム感を理解できるので、先ほどの演説をAI任せにしなかった事情は理解できるのだが……
眼前で繰り広げられている『ぶっかけ戦』とかいうアホな名前の、最悪なイベントから意識を逸らすべく、俺がそんなことを考えていた、その時だった。
「本当ですかっ?
市長っ、都市『ペスルーナ』が併合を承認しましたっ!」
突如、隣で狂乱イベントの議事進行を勤めていた筈の金髪碧眼の才媛が、そんな訳の分からない叫びを上げたのだった。
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