18-4 ~ 人類救済計画その2 ~


 女性同士での染色体結合による妊娠技術を調べていた俺の頭の中に、突然BQCO脳内量子通信器官を通じてとある情報が送られてきた。


 ──女性だけで妊娠可能となった社会のシミュレーション、ね。


 その社会でまず発生するのは、だと言う。

 ……当たり前の話である。

 ぶっちゃけた話、女性同士で子供が作れるのであれば、男性なんて不要なのだ。

 わざわざあの連邦府立鼠子そし金玉きんぎょく学校にいた傲慢極まりない連中や、俺みたいに大した能力もない普通の男を無理に持ち上げる必要なんて、繁殖能力以外には何一つとしてないのだから。

 「だったら何故、あんな傲慢極まりない野郎共を残してまで女性同士の妊娠技術を封じているのだろう?」という疑問が俺の脳裏に浮かぶものの……その答えもすぐさまBQCO脳内量子通信器官は解き明かしてくれる。


 ──遺伝子保護と、社会の安定化と、人口の抑制。


 一つ目は分かる。

 ほとんど無駄、と言うよりも「完全に資源と人材の浪費でしかない」とは言え、Y染色体全てが失われるのは今後人類が科学技術を失いような事態に陥った時、もしくは単純に遺伝子保護の観点から見ても、をそのまま放置するのは惜しいとお偉いさんが考えたのだろう。

 この辺り、高い金出してニッポニア=ニッポンだったかを保護しようとしていた活動の一環と思えば、まぁ、納得は出来る。


 ──二つ目は、火星の一都市で発生した暴動が理由か。


 地球連邦圏外……火星において、「男性に頼らず女性ばかりの都市を運営すれば格差がなくなる」とする一団体が、その理念に従って都市運営を開始した事例があったようだ。

 だが、その都市は運営から数年後に殺人やら強盗、傷害に殺人に強姦……女性ばかりの都市なので俺の思い浮かべる強姦とは少しばかりニュアンスが違うらしいが……兎も角、治安が壊滅し、略奪と強奪の繰り返しで都市は崩壊した、のだとか。

 BQCO脳内量子通信器官は、その暴動を起こした理由として、中央政府に次のようなレポートが提出されたとある。


『今までは妊娠するという一つの目的に縛られているが故に、女性たちはある程度のを強いられてきた。

 それは貧富の格差であり、都市貢献の差異であり、社会的地位の上下であり……それらが女性間での優劣を決定付けていたのだ。

 だが、女性同士で妊娠が可能となり、その枷がなくなった時、彼女たちは格差に耐えられなくなった、いや、

 そうして自由を手にした彼女たちが、格差を解消するべく最も安易な手段に……即ち暴力に頼ってしまった結果、治安機構は崩壊、食料生産システムや汚水処理システムまでもを自らの手で破壊してしまう。

 生産システムや汚水処理システムまでもがなくなった都市内部において、彼女たちは人肉と汚水とで飢えと渇きを凌いでいたが、すぐさまそれも行き詰まり……結果として都市人口はゼロと化した』


 ……それが、この火星の一都市で起こった暴動の顛末であり、この事件の影響を鑑み、原因となった女性同士での妊娠技術は秘匿されることとなっている、とのことである。


 ──これほど技術が進んだ未来社会で、こんな間抜けな事件が起こるものなのか?

 ──暴動の原因も、正しいかどうかの保証はないとレポートの末尾に小さく書かれているようだし。


 まぁ、そのレポートの原因究明が正しいかどうかは置いておいても……その悲惨な事件は過去に実際にあったのは間違いないようである。

 軽くBQCO脳内量子通信器官で検索してみると、犠牲となった数百名が個人情報付きで出て来るのだから、ここまできっちりと捏造された場合、確かめようがないのが実際のところではある。


 ──ただ、まぁ、何となくは想像出来る。


 要するに、これは人類の宿痾なのだろう。

 王政の国家において、王家が富を独占しているとして民衆が蜂起、国王を斬首してしまうと、民衆同士が殺し合って国家が前より酷くなったり。

 宗教国家において、教会の横暴に耐えかねて民衆が蜂起、教会を追い出してしまうと、倫理を無くした民衆が冒涜の限りを尽くして結果として生活が前より酷くなったり。

 自由になればなるほど世の中が良くなるかと言うとそうではなく……やはり、人間という生き物にはということである。


 ──三つ目の、人口の抑制、ってのは何だ?


 この答えもすぐさまBQCO脳内量子通信器官が教えてくれる。

 現在、精子量とそのY遺伝子の劣化がボトルネックとなって、地球人口は凡そ10億人に抑えられている。

 女性同士で子供を作り始めると、そのボトルネックが消え失せる訳で……人口は爆発的に増加する見込みとなる。

 勿論、急激な人口の大爆発となるかどうかは明らかではないのだが、それでもボトルネックが消え失せた時点で、いずれ理論上の最大値まで人口は増え続けることとなり……地球上の人口は現在の数倍に膨れ上がるだろう。

 結果として起こるのは資源枯渇である。

 今のところ、地球圏内では10億人の人口が、リサイクルを繰り返すことで資源開発もせず過不足ないレベルで生活を営めている。

 当然のことながら、人口が増えれば資源が足りなくなり、生活水準が下がるもしくは資源開発のために地球を更に掘り返さなければならなくなるのだ。

 基本的に人間という生き物は生活水準を下げることに耐えられないため、その人口を養おうとする以上、資源を掘り起こす以外に手段はないが……生憎ともう地球上では簡単に取れる資源はもう取り尽くしている。

 結果として起こるのは、再度の資源争奪戦……、である。


「……なるほど、なぁ」


 以上の理由から、女性同士での子供作成はごく少数のみの例外を除き禁止している、という形でその政府高官と男性のみが読めるレポートは終わっていて、一通りを俺はそう嘆息することしか出来なかった。

 この異常な形の未来社会も、なるべくしてなったのであって……別に誰かの悪意や欲望によって築き上げられた訳じゃないのだろう。

 だからこそ、悪の権化や世界の歪みを見つけてやっつければ社会が救われるという、映画やアニメみたいな簡単な解決策がなく……その救いを我が正妻ウィーフェは俺の股間に見出してしまった。

 それこそが、彼女が今書いている『人類救済計画』の全容、という訳だ。


「禁止だ禁止、こんなもの」


「えぇっ?」


 だからこそ俺は、リリス嬢が必至に書いていたレポートを取り上げ、一時保存という形で記録した後、仮想モニタを強制終了させてやる。

 金髪碧眼の才媛からは抗議の視線が飛んでくるものの……生憎と十代半ばの少女が睨みつけたところで、社会人経験を積んだ俺からしてみれば怖くもなんともない。


「今は都市を大きくする、それで十分。

 地球上の人類全てを助けるなんて、自分たちが普通に暮らせるようになってからで十分だろ?」


「……は、はい」


 そんな俺の説得は意外と有効だったようで……いや、彼女自身も理解はしていたようで、リリス嬢はあっさりと納得したようだった。

 事実、今彼女に必要なのは地球人類を救うことではなく……明日開催されるという精通祭りなんてふざけた名前のお祭りの準備の方なのだから。


 ──中止にならないかなぁ?


 俺はそう呟くものの……残念ながら天災でも起こらない限り、中止にはならない。

 しかしながら、この未来社会の気象情報はほぼ完全に中央政府のコンピューターで把握され、繰り返されるシミュレーションの結果として、100日後の未来までの天気予報はほぼ100%を誇っており……そして残念ながら明日は晴天の予報である。

 更に言えば、俺たちが暮らしているのは海上都市であって、地震が起こっても何の支障も起こらない。

 また、たとえ隕石が降って来るとしても、落下数日前までには観測網に引っかかり……衛星軌道上の防衛システムで軌道を逸らされるため、地上が被害を受けることは天文学的確率であり得ない。

 要するに……この未来社会の学生は、イベントの中止を祈るにはテロリストが攻めて来る以外の救いはない、ということである。

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