18-2 ~ 暴発 ~


「……またやっちまった」


 昨夜、BQCO脳内量子通信器官を通じ、仮想モニタで精通祭りの様子を嘗め回すように見たのが良くなかったのだろうか?

 もしくは、精神的な……40年近くの年月を生きた俺が頭で考える性欲と、若返った身体が持つ性欲との差異が大きすぎた所為かもしれない。

 まぁ、何が原因なのかはこの際どうでも良いだろう。

 精通祭りの様子を見た翌日の朝……俺がまたしても股間の不快感に悩まされているこの現状こそが問題なのだから。


 ──気軽に出せないからなぁ。


 うろ覚えでしかない過去の記憶が正しければ、一人暮らしの頃は適当に映画を眺め、むらむらしたら借りて来たAVで適当にティッシュと共にゴミ箱へ、なんてのが日常的に行われていた……ような、気がする。

 とは言え、この600年後の、男性が極小化してしまった未来社会では、精子は純然たるであり……無駄にするのは大罪として扱われるようなのだ。

 ついでに言うと、昨晩、某祭り状況を見た段階で、精子提供の方法をBQCO脳内量子通信器官で検索してみたところ、全自動搾精装置……色気も何もない股間に装着する系の、要するにを使うと知った俺は、ソレを一目見ただけで萎えてしまい……そんな装置を頼ろうと思えず、中途半端に性欲を持て余したのがいけなかったのかもしれない。

 せめて装置を壁と一体化させて、ついでに仮想モニタとBQCO脳内量子通信器官とのリンクを使って触覚と温感を持たせ……壁から女性の下半身を突き出させた感じのオブジェにすれば良かったのかもなぁ、などと今になって考えてしまうのはただの現実逃避でしかない訳だが。


 ──どうとでもなりやがれ。


 いくら頭を悩ませようとも、たとえこの未来社会の進んだ科学技術をもってしても、出てしまった精子を睾丸へと戻す方法などある筈もなく……俺は栗の花の臭いをまき散らす下着を脱ぎ捨て、壁際のクローゼットへと放棄する。

 精子を精原細胞に戻す技術はないにしても……未来社会の優れた科学技術を使えば、この濡れた下着から精液を分離し、ある程度は使用可能な精子を採取出来る、らしい。

 少なくとも、前回のアレでも染色体の個別検査が可能なくらいだから、実際に採取出来るのだろう。

 ……そもそも、だ。

 この身体が十代前半の健康な肉体になっているのであれば……あの頃の記憶なんてほとんどが霞かかって朧気ではあるものの、毎日のように元気な姿を見せる「我が息子をどう宥めるか」に夕方以降、殆どの時間を費やしていたような覚えがある。

 そういう意味では、この若く健康的な身体の余りある性欲に対し3日間、何もせずにただ放っておいた俺自身に非があるのかもしれない。


 ──っと、早く着替えないとなぁ。


 BQCO脳内量子通信器官が自室へと近づく人間の存在を察知し、警報を鳴らしてくれたのを聞いて、俺は慌てて新しい下着に足を通す。

 勿論、市長である俺の部屋に有象無象の女性たちが近づける筈もなく……緊急時でもない限り、この部屋に立ち入ることが可能なのは我が正妻ウィーフェのリリス嬢一択である。

 さっき精子チャージをしてしまったので、慌てて押しかけて来たに違いない。

 そう考えた俺はさっさと服を身に付け……と言ってもズボンを履いただけではあるが、彼女の来訪を待ち構えていた。

 ……だけど。


「あなたっ、大丈夫ですかっ!」


 彼女の口から吐き出された、その悲鳴にも似た問いかけは完全に予想外であり……俺はただ首を傾げることしか出来なかった。


3しか時間が空いてないのに、精子の供出をするなんてっ!

 どうしてそんな無茶をっ!

 精通祭りの報酬は確かに重要ですが、所詮はお祭りであって、あなたの健康を損なってまで行うようなことでは……」


「……待て。

 待て待て待て待て。

 一体、何の話だっ?」


 リリス嬢のあまりの剣幕に驚いた俺は、わざと声を荒げることで何とか彼女の悲鳴にも似た叫びを断ち切る。

 正直な話、彼女の言っている内容について、俺は全く心当たりがなかったのだ。


「ですから、殿方の精子提供は凡そ、ですよね?」


「……だから、それは、何の話、だ?」


 俺があまりにも健康そうだから、だろうか?

 正妻ウィーフェリリス嬢の言葉はじわじわと勢いを衰えていき……俺は俺で彼女が何を言っているのかさっぱり心当たりがなかったため、首を更に15度ほど傾げることしか出来やしない。

 そんな俺の疑問を解消してくれたのは、未来社会で最も活用している便利道具……BQCO脳内量子通信器官君であった。


 ──男性の平均的な射精回数は30日に1度ほど。

 ──最も健康とされる12~15歳の男性で、平均射精回数は15日に1度が限界。

 ──付け加えると、4日に1度という記録はこの20年間で最速記録。

 

 開いた口が塞がらないというのは、今の俺の状況を指すのだろう。

 600年余りが経過した結果、男性が非常に弱っていたとは聞いていたが……ようやく今、俺は『男性の弱体化』を身をもって実感したのだ。

 ぶっちゃけた話、精子の数が多い少ないだの染色体の異常が云々なんてのは、顕微鏡でも使わなければ見えない訳で……幾ら話を聞かされたところで、俺にはさっぱり実感が湧かなかったのだ。

 男子の総数が少ないというのも、染色体異常を排除しているという原因さえ知ってしまえば、「そうなるかもなぁ」という感想は抱いたものの、ただ数が少ないというだけで、男性そのものが弱体化したという感覚は持っていなかった。

 だけど、コレは話が別だ。


 ──30日に1発って年寄りかよっ!


 朧げな記憶が正しければ、冷凍保存される前の俺は、40近くになっていながらまだ性欲は衰えていなかったように覚えている。

 だけど、先輩方から「そろそろ元気がなくなってきた」だの「もう角度が云々」などという話を聞かされていて、俺の股間もじわじわと衰えていくんだなぁと危機感を覚えた記憶が微かに残っている。

 そして今、俺はその危機感を思い出すと共に、ようやくこの時代の男性が弱体化したという事実を理解できた訳だ。

 そんな俺の……21世紀人の感覚からすると、この時代の男子校生連中は、「高齢者レベルの性欲しか持っていない」ということになる。


 ──そりゃ女性に冷たい社会が出来上がるわな。


 「野郎が女性に優しくするのは、常に若干の下心が絡んでいる」というのは、下半身からの衝動に突き動かされてきた俺の持論なのだが。

 この時代の男子共が女性に対して冷たく当たるのは、連中の性欲が薄れている所為もあるのだろうなぁなんて今更ながらに理解する。


 ──そうすると、恋人ラーヴェってかなり敷居が高い存在じゃ……


 たったの一ヶ月に一度しか精子を提供せず、しかも未来社会の進んだ技術力をもってさえ一度に数十人しか妊娠できない。

 だと言うのに、その精子を直接自分のモノとするのが市長が直接性欲を向ける女性……恋人ラーヴェという存在である。

 そんなものの常駐を認めているなんて、市民たちの度量が大きいのか、それとも男性の意見が大きいのか……

 もしくは、恋人ラーヴェとの性交によって放出した精子をする技術でもあるのか……と、そんな進んだ科学技術が「実際どのように使われているか」を想像するとまた俺の息子が元気になってしまうので、その辺りの事実確認は取りあえず置いておくとして。


「……頑張ればまだ1日一発くらいはいける筈、なんだがなぁ」


 朝起きた体調と、さっき要らぬことを考えて元気になりかけた股間の具合とを考えた俺は、自身の下半身にはまだそれくらいの体力がありそうだなと……特に何も考えず、ついそんなことを呟いてしまったのである。

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