16-10 ~ 勝負 ~

 たとえ選択肢が二つしか考えてなかったとにしろ、ノリで「三つの選択肢がある」なんて格好つけて断言してしまったからには、これからその三つ目をでっち上げなければならない。

 一度吐いてしまった唾は飲めないのだから。


「み、三つ目は……」


「三つ目は?」

「……なに?」


 素案もないままに三つ目を吐き出さなければならない状況に追い込まれた俺は、取りあえずクイズ番組の手法に倣い、適当に間を持たせることにする。

 この未来社会においては、某骨とう品への無駄遣いを馬鹿にする番組を筆頭とする、はなくなっているらしく……彼女たちは俺の『溜め』に食いつくように反応してくれた。

 そうして稼いだ尺を使い、俺は適当に頭を捻り……特に素晴らしい案も出てこなかったこともあり、ただ気の向くままに口を開く。


「……だから、折衷案だ」


 正直に言おう。

 俺はこの時、自分が何を言おうとしているのかさっぱり分かっていなかった。

 実際問題、誰でも社会人をやっていると……いや、学生だろうと適当に口から出まかせで誤魔化そうとして着地点を見失った経験があると思う。

 まさに、今の俺がその状態だった。


「……折衷」

「……案?」


 幸いにしてヒヨとタマの両者とも、俺がただ勢いに任せて話しているとは思っていないらしく……俺の提案に首を傾げてみせる。

 

「お前たちは恋人ラーヴェとして働かずに暮らしたい。

 俺はお前たちが真っ当な警護官になるため訓練を受けさせたい。

 ここまでは分かるな?」


 子供に言い含めるように丁寧に、俺は二人にそう告げる。

 二人の少女警護官は身を乗り出して俺の言葉に頷いていたから、俺の台詞は撒き餌としては十二分にその役割を果たしているようだった。

 後は何とか適当にでっち上げたこの三つ目の選択肢とやらを、それっぽく適当な形で軟着陸させるだけである。


 ──無理だ。


 そうして間を持たせて数秒間考えたものの、ここまで適当に騙った状況を軟着陸させる素晴らしい名案なんて、それほど賢くもアドリブに強い訳でもない俺の脳みそが思いついてくれる筈もない。

 そもそも俺自身、政治家でも詐欺師でも営業課でもないただの測量屋なのだから、言葉で他人を動かすなんて不得手で当然なのだ。

 だからもう、俺に残されていた選択肢なんて「ただ勢いで押し切る」しか残されていなかった。


「ならば、肉体言語で語るまでっ!

 ルールは簡単、一対一で直接の打撃は厳禁。

 タップするかフォール3秒で負けでどうだ?」


 口に出した瞬間から、凄まじく馬鹿なことを口走っていると自分でも分かっていた。

 だけど、コイツらとの関係はこれくらい適当で十分だと叫ぶ俺がいるのも事実であり。


 ──ああ、そうか。


 そう実感した直後、俺はようやく自分の本心に気付いていた。

 要するに俺は、この女ばかりの窮屈で、女性の誰からも希少動物扱いされてしまい、男すらも一発殴るだけで戦争なんて下らないことを言い出す、こんな訳の分からない未来社会に生きる中で……誰でも良いから、肩を付き合わせてアホな話をして笑い合える、雑に扱っても構わないが欲しかった、ということに。

 そういう意味ではほぼ同年代の、あまり頭を使っておらず敬語もままならない、そして色気もろくにないこの三姉妹は実に理想的な友人候補、だったのだ。


 ──いや、身体に引っ張られているのかも、な。


 正直に言うと「友人が欲しい」だなんて子供っぽい衝動、流石に40近くにもなって持っている筈もなく……恐らくではあるけれど、この10代半ばの身体に引っ張られているのだと思われる。

 いや、そう思いたい。


「おいおいおい。

 市長ぉ、流石にそれは警護官舐めすぎじゃね?」

「……いや、これは照れ隠しと見るべき」


 俺の提示したルールを聞いて、ヒヨは鼻で笑うし、タマに至っては勝利を確信してそんなことを呟いている始末である。

 ちなみに直接殴る蹴るを禁止したのは、流石に殺伐とし過ぎるから、である。

 ぶっちゃけ、20世紀後半で男性が女性の顔面を殴るのは外道邪道の類と思われていたのと同じようように、この未来社会でも暴力を振るうのは忌避されているらしい。

 しかし、勝利を確信した三姉妹の内の二人……トリーは未だに白目を剥いてひっくり返っている……の姿を見て、俺は大きく肩を竦めてみせる。

 

「さぁ、始めようか?」


「ベッドの上で後悔するんだな、市長っ!」

「……頑張って」


 当たり前の話ではあるが。

 警護官として訓練を受けているとは言え、彼女たち未来社会の女性は男性と指先が触れ合うだけでそちらに意識を向けてしまう、言わば21世紀で言うところの童貞中学生みたいな存在である。

 そんな連中が男性を相手にして実力を出せる訳もなく、しかもVRで何度も何度も実戦さながらの格闘をやってる俺が相手だったのだ。

 ヒヨは一本背負いからの腕挫十字固でタップを取り、タマは足絡みからのアキレス腱固めでタップを取り。

 トリーは勝負の最中に目覚めなかったので、一方的に不戦敗を押し付け。

 

「うわぁああああああああっ!」

「……負け、た」

「何でそんな人生最大のイベントを私は寝過ごしたんだぁあああああっ!」


 負けて人生が終わったかのように嘆く彼女たちを見かねた俺は、訓練途中の一か月後にまた挑戦を受け付けるという確約をついしてしまったのである。

 そして……



 こんなアホなやり取りの結果とは言え、下着姿の女性と密着したのが良かったのだろうか?

 もしくは現実で身体を大きく動かしたことが良かったのか、それとも下らない賭けとは言え実際に戦った緊張感が良かったのか、それともただ単に冷凍保存のダメージから回復したのが今日この日だっただけかもしれないが。

 翌朝、何か凄まじくエロい夢を見たような気がして目覚めた俺は、パンツの中の凄まじい違和感に飛び起きる。

 ……そう。

 何が原因だったかはさっぱり分からなかったものの……その日、俺はようやく『男性としての機能』を取り戻すことが出来たのだった。

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