16-9 ~ 三つの選択肢 ~
さて、彼女たちがどういう意図で部屋を訪れたかが分かったとは言え、俺がそれに応じてやる必要はなく。
俺は溜息をもう一つ吐き出すと玄関先で話をしていても仕方ないと判断し、三姉妹を自室……自室と言っても何部屋もあるほど広いので、取りあえずイスとテーブルとがあるダイニングへと案内、彼女たちへと向き直った後に、口を開く。
「仕事は、どんな感じだ?」
そんな俺の問いを聞いても、三姉妹はまだ緊張が取れないのか、身体を固くするばかりで口を開こうとはせず、顔を見合わせるばかりだったが……
「どんなと言われても、なぁ?」
「そうそう。
可もなく不可もなく?」
「……今まで何枚始末書書いたと思ってるの、二人とも」
十数秒後、トリーとヒヨの二人は何でもないようにそう答えていた。
とは言え、この三姉妹の良心とも言うべき末っ子のタマは姉二人の言動をどうかと思ったらしく、そんな突っ込みを口にする。
「いや、真面目か、タマ」
「これは本番前の緊張をほぐすためのインタビューシーンだから、適当に答えれば良いのよ。
ほら、この前見た……」
「……それ、500年以上前の二次元ムービーでしょ?
参考にならないって」
タマの突っ込みを受けた三姉妹は、ぼそぼそと内々でそう囁きを交わし始めた。
恐らくではあるが、俺に聞こえないだろうと思って彼女たちが口にしているのは、性行為の参考資料として見たAVに相当する何かだと思われる。
さり気なく俺の正体に気付いているようなチョイスに、俺は一瞬身を固くするものの……確か前に聞いた話では、AVの類は男性が積極的だった数百年前のモノが残されているとか何とか。
いや、残されているどころか、この未来社会においてはそれらAVの類を『出生数向上のための資料』として利用しているからこそ、学校の制服を始めとして21世紀の残滓を俺が味わう羽目に陥っているのだが。
まぁ、それは兎も角として。
「流石にこの始末書の数は、俺でも庇い切れなくなってきているんだが。
……何をどうすりゃこうなるんだ?」
俺はそう告げると、眼前に巨大な仮想モニタを展開し……彼女たちが都市へと提出した始末書の一覧を映し出す。
その数、既に17枚。
どっかの巡査長かと言わんばかりの枚数に、今タマの発言を聞いてとっさに
仮にも市長という立場に立たされている身として、流石にコレは看過できず……アルノーがプライベートの時間を使ってまでこっそり告げ口してくる訳である。
「……うげ。
もしかして、お仕置きプレイ?」
「うわぁ、もしかしなくても市長ってドS系?」
「……解雇の心配をした方が良い、多分」
そうして始末書を見せたというのに、トリーとヒヨはまだお気楽……と言うか、二人はこの期に及んでもエロスへの展開を信じているようだった。
流石にタマは俯いて自分の立場がヤバいという事実を理解しているようで……彼女の発言を聞いて姉の二人も顔を青くし始める辺り、本当にこの二人、今の今まで全くと言って良いほど危機感がなかったらしい。
彼女たちがお気楽な性格をしているのも理由の一つではあるが……未来ではそれほどまでに
──とは言え、クビにする気はないんだよなぁ。
顔を蒼白にして抱き合っている三姉妹を眺めながら、何となく飲み物が欲しくなった俺は
仮想力場による運搬ももう慣れたもので……いや、正直に言ってこの仮想力場という技術は未だに魔法か何かにしか思えないのだが、一応何らかの原理は存在しているらしい。
そうして俺がコーヒーを2口くらい飲んだ頃、ようやく彼女たちは再起動を果たしたようだった。
「……わ、私たちをどうする、つもり、ですか?」
覚悟を決めたようにそう切り出したのはタマだった。
先ほどまで肘でお互いを牽制し合っていただけに、俺としては「末っ子に何を押し付けているんだと」という感想が浮かぶものの……まぁ、それはどうでも構わない。
──何で、俺が人質取ったみたいに言われてるんだろうなぁ?
タマの口から放たれたその台詞が、完全に悪役へと向けて発するそれであり……俺は思わず失笑してしまう。
尤も、人事権を持った相手から始末書の枚数について語られるなんて、ただそれだけで人質を取られた感覚に陥ってしまうだろうけれども。
「……お前たちには三つの選択肢がある」
だからではないが、彼女たちに付き合って、俺も悪役ムーブをかましてみることにする。
言ってから「寛大な俺は部下の失敗を三回までの許そうと思う」の方向が良かったかなと即座に後悔した訳だが……いや、その場合、始末書を既に17枚も書き上げている彼女たちを引っ張り上げる手段がないか。
「一つは、このまま素直に都市を追放される」
取りあえずそのまま話を続けようと、俺が三姉妹に向け、そう告げた瞬間のことだった。
「せめて、本懐をっ!」
今まで俯いていたトリーが不意に立ち上がると、そんな時代劇みたいな叫びを上げながら俺の方へと手を伸ばし……2重の仮想障壁に弾かれる寸前に、ヒヨに肩関節を決められ、タマには頸動脈を決められていた。
それらの洗練された動きを目の当たりにした俺は、「彼女たちの働きはあまり目立たないけれど、一応は警護官としての訓練を受けているんだなぁ」と今更ながらに実感する。
「それは、それだけは、ダメっ!
物理的に、首が飛ぶからっ!」
「……どうどう。
落ち着け落ち着けぇ」
タマが頸動脈をきっちりと決めたのが良かったのか、5秒も経たない内にトリーは意識を失ってその場に崩れ落ちてしまう。
俺としてはその凄まじい手際の良さよりも、ヒヨの切羽詰まった声の方が気になったのだが。
──斬首刑なんてあるのか?
ふと気になったので
リアルに首を飛ばす……と言うよりも脳みそ以外の全てを捨てられるこの残虐非道な刑罰は、市民たちの間では過去の歴史になぞらえて斬首刑と揶揄されているようだった。
確かに、男性絡みで何かをやらかせば頭脳奉仕刑になるというのはサトミさんの一件で身に染みている俺としては、彼女たちの言い分がそう間違っていないことを知っている。
尤も、俺の身体が二重の仮想障壁に護られている以上、トリー一人の腕力で何かが出来たとも思えないが……そう考えるとこの頭が残念な、気軽に接せる女友達みたいな彼女たちを犯罪者にしないためにも、仮想障壁を張っていたのは良い判断だったと言える。
「二つ目は、懲罰を受け入れ、再訓練を行う道だ」
取り合えず、トリーの暴走を見なかったことにして俺は話を続ける。
そうしないと、彼女の暴走が咎められ……たとえ未遂であろうとも重罪になってしまうのだ。
正直に言うと、男はただ「気持ち悪かった」「犯されると思った」と証言するだけで女性を犯罪者に仕立て上げることが出来てしまう。
21世紀の痴漢冤罪と同じく……あの頃よりも激しい男女間の不平等があるこの未来社会では、男性がそう呟くだけで証拠がなかったとしても……いや、明らかに女性が無罪の証拠があったとしても、男性は女性を犯罪者にすることができるのだ。
不意に
ちなみにその後、一人の男性が友人たちに「顔が怖くて口煩い警護官を斬首してやった」と自慢気に話していたことで、女性の無実が
尤も、冤罪と知った別の男性がこの女性に関心を寄せたことで、この女性は
……知ったところで誰も幸せにならない、そして知りたくもなかった男尊女卑社会の暗部を思いっきり見せつけられた気分である。
「そ、そんなのっ?」
「……絶対にキツい」
俺の二つ目の提案を聞いて、ヒヨとタマの二人は顔色を変える。
実際問題、警護官の再訓練というのは「警護官になるために一年間かけて学ぶカリキュラム」を、警護官の仕事をしながら三か月で詰め込むという凶悪極まりない代物であり、日夜関係なく訓練を受けさせられて心身共に大ダメージを受けると悪名高い、訓練とは名ばかりの『懲罰』である。
実のところ、そんな凶悪訓練なんて、さっきコーヒーを口に含むまで存在すら知らなかった俺は、その事実を顔に一切出すことなく、言葉を続ける。
「そして三つ目。
……う~ん?」
人差し指と中指を折りたたんで見せた俺は、そこで言葉に詰まってしまう。
何故ならば、こうして話を始めた段階で俺は選択肢を二つしか用意していなかったから、である。
……ろくに考えずにノリで話を続けようとしても、ほとんどの場合が行き詰ってしまい、すぐ困ることになるという現実を、俺は久々に味わっていた。
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