14-8 ~ 決断その4 ~
足一本を失っていたかもしれない事実を突き付けられたお陰だろうか?
俺が
とは言え、そうして冷静さを取り戻した所為で、彼女の部屋に足を踏み入れることを少しばかり躊躇ってしまった俺だったが……息を一つ吐き出すことで覚悟を決めると、足を大きく踏み出す。
「……リリス」
幸いにして、我が
尤も……
「……来ないで、下さい」
部屋へと足を踏み入れた俺を待っていたのは、顔を上げさえしない彼女からのあからさまな拒絶だったのだが。
そんな……いつもとあまりにも違う彼女の様子に、俺はそれ以上部屋へ足を踏み入れるのを諦め、その場で静かに口を開く。
「教えてくれ。
その、薬の申請を見た。
何が……あったんだ?」
自殺という言葉を使うのを躊躇った所為か、もしくはいつもと大きく違う
幸いにして何とか声は届いていたらしく……我が
「……あなたに、顔向け、出来ません。
私は、あなたの
起きてからずっと泣き続けていたのか、我が
だけど……まぁ、言いたいことは何となく分かった。
──
ぶっちゃけ性欲に突き動かされた段階で死ななきゃならないなら、俺なんてもう数十回は三途の川を渡っていることだろう。
勿論、その辺りの回数まではっきりと覚えている訳ではないが……記憶にはなくても性欲で人生失敗したような確信は残念ながら残っている。
尤も、俺と同じ感覚を他の男子共が……あの女性を完全に見下し汚らわしいモノとして扱っていたあの連中が持っているかどうかは怪しく、そういう意味では彼女の失態は、この時代ではけっこう致命的なのかもしれない。
「そ、それにっ!」
そうして俺が思索の海に沈みこんでいる間にも、彼女の独白は続く。
「あなたは、私に予習を……VRでの学習を禁じました。
これは、汚らわしいから二度と性には関わるなというご命令、でしょう?」
「……あ~」
涙混じりの彼女のその声に、俺はそんな間の抜けた声しか出せなかった。
俺としてはこの金髪碧眼の出来る才女を、性的には拙いままの姿を愉しみたいという、将来を見据えた「ちょっとした布石」でしかなかったのだけど。
そう思うのは、あくまでも俺の感覚が21世紀人であり……この男女比が完全にトチ狂ってしまった時代の感性を持ち得なかった所為だったらしい。
要するに……俺は自分の性癖を主張した結果、
これもある意味、性欲に基づく大失敗と言えるだろう。
「わ、私が贅沢なのは分かります。
それなのに、こんな私が、
そうしてこちらを見ようともせず、泣きながら懺悔する
確かに彼女の言う通り……男女比が1:110,721というこの未来社会の現実を考え、男性が
ちょいと前に
──その5%で贅沢なのか……
これくらい魅力的で、これくらい有能で、21世紀ではアイドルにでも学者にでも政治家にでもなれそうな、男なんて選り取り見取りだろう眼前の金髪碧眼の少女が、男性と触れ合っただけで、将来を夢見ただけで分不相応なんて言葉が出て来る。
その事実に、俺は溜息を大きく吐き出し……腹の奥で湧き上がってきた理不尽への怒りを何とか鎮めていた。
そうしないと、眼前の少女に八つ当たりをしてしまいかねなかったからだ。
──なら、どうすれば……
俺がどうやってこのふざけ過ぎた未来社会を叩き直そうかと考え始めた、その時だった。
「ですが、一度触れ合った以上……私は、期待を、持ってしまいました。
だからこそ、あなたと触れ合えないのは……愛されないのが分かっていて生き続けるのは、耐えられそうにありません。
ですから、どうぞ、私に、ご慈悲を……」
……その瞬間、だった。
──ああ、ダメだ。
彼女は泣き腫らした顔で、いつもの優秀さを欠片も感じさせない意志の折れた瞳、整えもしていないぼさぼさの髪、栄養バランスの崩れた乾き切った肌を見せ、その上、色気の欠片もない野暮ったい下着姿だというのに……
日頃の俺なら魅力の欠片も感じないというのに。
──もう、無理だ。
目が合ってしまった瞬間に、俺はそう悟ってしまった。
未だにサトミさんを殺し、それを是とする社会を憎んでいるのに。
ふざけた男女比を理由に女性が虐げられる社会をぶっ壊したいと思っているのに。
男に生まれただけで増長し、女性たちを見下す野郎共を許してしまう社会を叩き直したいと思っているのに。
こんな男女間の修羅場にあってさえ、俺の胸の奥底では怒りも憎しみも反骨心も煮えたぎっているというのに……
──畜生。
──俺は、もう、この娘を、見捨てられない。
恐らくは、長々と関わり過ぎたのだろう。
最初はただ「法律で決まっているから」「成績が優秀だから」と適当に選んだだけの眼前の少女が、いつの間にか自分の感情なんかよりも優先すべき対象になっていた。
そう悟った瞬間……俺はただ衝動的に眼前で蹲ったままの少女の顔を力任せに引き寄せると、胸中に抱きしめていた。
「ぇ?
ええっ?
えええええええええっ?」
多分、真っ当に風呂へも入っておらず、微細泡浴だけで済ませていたのだろう彼女は非常に女臭く……まぁ、嫌いな匂いという訳ではなくて、香水の刺激臭しかしない記憶の片隅にある女たちよりは遥かにマシな代物なのだが、復活したばかりの性欲中枢を全力で殴りつけて来る。
だけど、流石の俺も時と場合くらいは理解しており……こんな状況で、ただ男の欲情だけに突き動かされ、情欲のまま彼女を押し倒せる筈もない。
「あ。あの、そのっ
何がっ、あの、どうなって、そのっ、あのっ?」
胸中で我が
今、俺が下した決断は……俺らしいと言えば俺らしいのだろう。
義侠心や正義感や復讐心よりも、情と性欲に突き動かされ、眼前の少女を選んでしまったのだから。
「良いから、黙ってろ。
VRなんか使わなくても、俺が色々と一から教え込んでやる」
「え、えっと、その、あれ?
……えっ?」
いや、俺に相応しいと言うよりも俺たちに相応しい、か。
情で何もかもを切り捨てた俺だからこそ、激怒や性欲によって
俺は彼女の頭を抱きしめたまま、そんな自分に軽く失笑する。
……そして。
──やっぱ無反応なんだよなぁ。
考えに考えに考え抜いて復讐や改革への情熱を切り捨て、この未来社会に生きる決断を下したというのに……こうして魅力的な女の子を抱きしめているというのに、未だに反応すらしない我が息子の不甲斐なさに、俺は溜息を大きく吐き出したのだった。
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