第十五話 「勃起祭り」
15-1 ~ 広がる基礎 ~
「本日の作業をもちまして、都市の面積は以前の2倍へと拡大しました。
面積拡大と同時に進めておりました地下のインフラも完成済みですので、これから取り掛かる地上部の建築物作成が完了しましたら、移民受け入れの再開を開始することといたしします」
「……ああ、頼んだ」
この時代で生きていこうと決めたあの日から2週間が経過していた。
むしろ俺はあっという間に2週間が経過した事実よりも、眼前の婚約者であるリリス嬢が告げた言葉に……俺が暇を持て余していた14日間の内に、この海上都市「クリオネ」の面積が2倍になっていた事実にこそ驚くべきなのだろう。
それもこれも完全自動化された土木技術の成果である。
実際問題、ビルですら1日で建設が完了する科学技術が発展したこの未来社会では、高度な土木技術の数々に加え、とっくの昔に全自動化され1日24時間休みなく施工するインフラ整備が実現化されており……もはや工事の進み具合においては21世紀と比較する気すら起こらない。
「こ、これで人口は一気に上昇することでしょう。
で、ですから、その……や、約束でした人口14,641名を超えましたら、ご、ごごごご褒美をお願いいたします、ね?」
「……あ、ああ」
尤も、思い出すまでもなく彼女が求めているご褒美が何かなんて分かり切っていたのだが。
──早まったかなぁ?
そんな
……そう。
俺はこのワーカーホリック……もとい、この時代では『愛に殉じた奴隷』と呼ぶんだかったか、そういう症候群持ちの彼女を落ち着けるため、俺は一策を講じたのだ。
策の名は『飴と鞭』。
簡単に言ってしまえば、人口が一万人を突破したら『飴』……ご褒美を用意する代わりに、『鞭』の方も用意したのだ。
その鞭とは、簡単に言ってしまえば「緊急案件以外での8時5時を超えた仕事の禁止」という21世紀の法律上では至極当然の代物である。
そして、違反した罰則として、ご褒美を与える人口の1割増……勿論複利式を申し付けてある。
結果、人口10,000人は14,641に増加……この数値は1.1の4乗であり、要するにこの
流石にそろそろこの複利計算がシャレにならないと理解してくれたらしく、7日間以降は何度か抜き打ちでお部屋拝見をさせて貰ったものの、しっかりと俺的労働基準法は守ってくれているようだった。
──こうでもしないと自発的に過労死しかねなかったんだよなぁ。
まぁ、それもこれも、『飴』が効き過ぎた所為もあるのだが……
そんな彼女の碧い瞳はまっすぐに俺の顔を……いや、俺の唇へと向き、直後に視線を彷徨わせ、俺と目が合うと顔を真っ赤にして俯いてしまう、というここ2週間でよく目にした軌道をたどっていた。
──めっちゃ意識してるよなぁ、やっぱ。
……そう。
俺が彼女に与えた『飴』とは、要するに「この海上都市の人口を一万人にしてやったら、キスしてやるぜ?」という少女漫画のイケメン野郎も令和の時代ではやりそうにない、クソみたいな代物だったのだ。
正直、ただのノリで言ってみただけ……と言うか、いい加減働き過ぎな
対価として支払われる俺の唇はなど、俺自身が全く価値を見出しておらず……ぶっちゃけ、俺の都市に住んでいる女性全員に支払ってやっても良い程度のモノでしかない。
まぁ、そんな企画を立ち上げたところで、絶対に防犯上の理由もしくは感染症予防的な理由をつけられて警護官たちから止められるだろうことは、ここしばらくの市長生活から流石の俺も理解してきているが。
閑話休題。
そんな中で一つ、我が
実のところ、
たとえば、電力。
基本的に発電施設の設計は、「人口×個人可能最大使用電力×安全率」という設計を行うのだが、実際に使用される電力なんて全員が同時に最大量を使用する訳もなく、統計上、「人口×個人可能最大使用電力」の3割程度を確保すれば十分であり、その上で安全率も2倍を取っている……つまりは、現在の設計発電量の1割5分程度でも市民の生活に通常必要な電力は保障される。
下水処理についても同じで、汚水処理の限界値は各家庭排水が丸一日汚水を流し続けても可能な計算式を使っているため、その計算式を理解していれば多少のズルをしても許されるところはある、らしい。
道路についても同じで……大き目に、安全にという設計が根幹にあるため、実のところ多少誤魔化して早急に人口を稼ぐ手法がない訳ではないのだ。
勿論、どれもこれも異常事態に対応する余裕を削ることになるため、『短期間』に限定される方法ではあるのだが……各都市の実情を調べてみると意外とどこも小手先で誤魔化している傾向が見てとれた。
ぶっちゃけた話、俺自身も
だからこそ、別に今以上仲良くなることが嫌な相手ではないのだが……
──そういうことを改まってするのは、多少、こう、気後れするというか。
正直に言うと、その気後れの正体とは、歳の差である。
そもそも、俺自身の現在の外見はこんなんでも中身はおっさんという、某名探偵も真っ青のパッケージ詐欺を働いている自覚がある。
付け加えるならば、「人としてのスペック」の圧倒的な差……21世紀においては我が
──そんなことを言っても何にもならないってのは分かってはいるんだけどな。
──既に書類上では夫婦になっているんだし。
そんな訳で、そのご褒美を言い出した時に大きく正気度を失い、そしてご褒美を提供する時にもちょっとばかりの羞恥を支払う以外、大した手間もない口約束一つに駆られた我が
こうして俺が市長として君臨するこの海上都市『クリオネ』は、大きな発展の時を迎えようととしていたのである。
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