14-5 ~ 決断その1 ~



「……やっと、落ち着いた」


 正妻ウィーフェであるリリス嬢をベッドへと寝かしつけた後、性欲によって茹った頭を冷やすため風呂場へと飛び込んだ俺は、大きな溜息を吐き出してそう呟いていた。

 事実、この俺しか入らない巨大なヒノキ風呂は、冷凍保存される前の記憶のお陰なのか、それとも今やその概念すらほぼなくなった日本人という人種の遺伝子を呼び起こすのか、非常にリラックスできる場所となっている。


 ──はぁ、ヤバかった。


 相変わらず真っ白でひ弱な……女の子の手と言っても過言ではない、未だに自分のものとは思えない細い手で湯を掬い、顔を洗いながら俺は内心でそう呟く。

 別にエロいことに拒否感がある訳ではない。

 しっかりとした記憶ではないものの、自分が童貞ではないという確信だけはあるのだから、別に女の子とナニするのを躊躇う筈もない。

 それでも俺は……勃たない現実があって本番は不可能とは言え……寝ているリリス嬢に手を出そうと思えなかった。


「……金で買った相手って訳でもないからなぁ」


 ……そう。

 俺は、ヤることを躊躇っている訳ではなく、ヤった後に付随してくる責任云々を忌避しているのだ。


 ──大体、無茶苦茶なんだよなぁ。


 この未来社会では男女比が1:110,721なんてアホなことになっている所為で、所謂売春婦という者が存在すらしていない。

 いや、BQCO脳内量子通信器官によると存在はしているのだが、それはあくまでも性風俗サービス相手として存在しているだけであって、男性が利用するなどあり得ないのだが。

 何しろ男性の仕事は唯一「精子の提供」だけであり……彼らは健康と心を害さない範囲で限界まで絞り尽くされ続ける毎日を送るため、性欲を持て余す事態そのものがあり得ないのである。

 閑話休題。

 そんな訳で、売春婦と言えば、異性に飢え続ける女性へのサービスとなる訳であるが、女性の同性愛は、この未来社会では「税を納めて都市に住むこともできない貧民の間の下賤な趣味」という位置付けであるため、売春婦という存在は文字通り最底辺の職業とされている。

 では、どうやって大多数の女性たちが性欲を解消しているかと言うと……ざっとBQCO脳内量子通信器官で検索したところ、基本的には3つに分類される。

 一つは古典物理型。

 要するに古代から面々と続き、21世紀でもAVなどで何度か目にしていた古典的な手法であり、自らの四肢をもって行う手指式、男性を模した道具等を利用する器具式、動力を内蔵した道具を用いる機械式など、詳しく言うと多岐に分かれるのであるが……とりあえずは王道と言える方法である。

 二つ目は先ほど調べた所謂同性愛行為であり、金銭で売買しなくても女性なら周囲にうじゃうじゃと存在しているため……まぁ、都市外ではそれなりに見られる趣味、らしい。

 そして三つ目が仮想型。

 仮想現実で、男性を演じるAIの相手をしたり、とあれこれしたりと……まぁ、そういう感じの方法のことだ。

 食欲だって直接食べず仮想現実内で味を楽しむ社会なのだから、性欲でも同じようなことがあり……考えてみれば、訳の分からないメニューを幾つか見た記憶があるが、まさにそれらこそが仮想型に入るのだろう。

 確かに仮想現実ならば、性病も美人局も犯罪に巻き込まれるケースも妊娠リスクも……いや、この未来社会では妊娠はリスクではなく、「多額の税金と引き換えにようやく手に出来る贅沢品」なのだろうけれど、それを除いたとしても仮想現実ならば心身を損ねる心配も少ないに違いない。


 ──そうすると、リリスの言ってたって……


 基本的にNTRなんて脳の病気としか思わない性癖持ちであった俺は、仮想空間の中であっても自分の正妻ウィーフェが他の男に抱かれる光景を見たいとは思わず……そう思い当たった次の瞬間には、浴槽の中からBQCO脳内量子通信器官を起動し、リリス嬢の性的学習プログラムの使用を禁止する命令を発していた。

 明日辺りに抗議が来る可能性があるけれど……個人的に新妻は初々しい方が好きという性癖持ちなので、この辺りは仕方ないだろう。

 いや、女性上位で進むビッチ系もおねショタ系も別に嫌いではないのだが。


「……って、全然冷静になってないな、俺」


 湯の中で大の字で浮かびながらつらつらと適当に思考回路を回していたのだが、浮かんでくるのは延々とエロいことばかりなのを実感し、思わず俺はそう呟きを零す。


 ──性欲に目覚めた中学生の頃じゃあるまいし、なぁ。


 当時の頃をはっきりと覚えている訳ではないものの……あの頃は下半身でモノを考え、下半身に従って生きていたような覚えがあり……冷凍保存の弊害で未だはっきりと思い出せはしないものの、そもそも思い出そうとすら思わないレベルの黒歴史が積もりに積もっている実感だけはある。

 俺の薄っすらとした記憶からすると、今の俺がまさにあの頃の……エロいことしか頭に浮かばない呪いをかけられたような、性欲に支配される中学生の頃に戻ってしまったような、そんな感覚がずっと付きまとっているのだ。


「あ~、でも、まぁ、ちょうどそれくらいの年齢、か?」


 この白くて貧弱な身体は相変わらず自分のものとは思えない……未だにな下半身のモノも含めてではあるが、それらを見る限り、小学生高学年か発育の少し遅い中学生か。

 確かに身体で言えば、性欲に支配されてもおかしくない訳だが……残念ながらこの身体は若返った訳ではなく、崩壊した組織を切り落とした結果であると、俺を復活させたサトミさんは言っていた筈である。


 ──あ~、しまった。

 ──彼女のこと……すっかり忘れてた、なぁ。


 薄情、なのだろう。

 眼前であんな死に方をされたのに、ただ自分が生きていくだけで精一杯になってしまい……いや、穏やかな日々を送っていき、21世紀初頭と現在とのあまりの差異に驚くばかりで、いつしか俺は、彼女のことを思い出さなくなってしまっていたのだから。

 事実、あの頃の怒りは、もう殆ど残っていない。

 あれだけ抱いていた憎悪と未来社会全てへの嫌悪は、たったの数ヶ月程度生きていただけでほぼ消え失せてしまっていたことを実感する。

 ……だけど。


 ──世界は、腐っている。

 ──すべからく是正されねばならない、か。


 不意にどっかの漫画の台詞が浮かんできたが……この未来社会を男性として生きて来た俺の感想を言語化すると、そのようなものになるだろう。

 女性が虐げられ、まともに恋愛も出来ず、そんな女性たちの間でも階級が分かれ差別の温床となっており……野郎は野郎で、ただ希少価値だけで尊重され増長し、挙句に女性たちを見下す始末。

 だけどその実、そうして増長した野郎共さえも持ち上げられ煽てられながら……ただ種馬としてしか生きられない。

 いや、生きることを許されない。

 現実問題として、同性愛者であるアレム先生にとっては、女性との性行為は苦痛以外の何物でもないだろう。

 にもかかわらず、彼は進んだ科学的なを用いることで、何とか種馬としての務めを果たしている。

 俺が生きていた時代において語られていた「自分らしく」なんてお題目は、この未来社会では存在すらしていない……上位者である筈の男性にすら適用されていない。


 ──だと言うのに、人口は減少の一途を辿っている、と。


 この未来社会は人権を無視し、男女間の格差をあり得ないほど広げてさえ、現状を維持することすら叶わないのが実情であり……もはや未来なんて望めない絶望の淵に立っているのが実情だった。


 ──だったら……俺が選ぶべき道は……



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