13-8 ~ 裏側 ~
結果から言うと、3対1は非常に無謀だったと言わざるを得ない。
俺は当然の如く取り囲まれ、当たり前のように凹られ、普通に撃沈させられてしまったのだから。
「……素直に逃げるべきだった、か」
そもそも小回りは兎も角、推進力ではこちらの方が勝っているのだから、真っ直ぐ逃げれば恐らく逃げきれていたに違いない。
それでも真正面からの突撃にこだわってしまったのは、一度敵機を撃沈出来たという成功体験の所為か。
結局のところ、回り込まれ周囲から実弾兵器で装甲を削り取られ、一機は体当たりで何とか撃墜したものの、最後の破れかぶれのアーマーパージ突撃すら見切られてしまった、というオチをもって、我が初陣は終わってしまったのだった。
──経験値が違い過ぎるんだよなぁ。
正直な話、この手の「複数人数が入り乱れる形式の対戦ゲーム」では、初心者が輝ける場面などありはしないのだ。
勿論、やろうと思えば市長権限を使って都市運営費を突っ込むレベルの廃課金ユーザーをやらかせば凄まじい撃沈数を稼ぐことは出来るだろうけれど……21世紀に生まれ育って身に付いた貧乏性的に、それは負けた気がして選べない。
「まぁ、小市民的にはこの程度がちょうど良いか」
市長なんて特別な立場ではなく、一介のゲーマーとして同じ趣味の連中と肩を並べて遊ぶ……負ければ悔しいのは認めるが、そこまでの承認欲求に突き動かされている訳でもなく。
「面白かったなぁ。
……疲れたけど」
ゲームプレイ中の体勢……要するにベッドで寝そべったままの俺がそう呟いた通り、木星戦記はリアルな体感を特長としたゲームではあるものの……その緊張感と疲労感は他のゲームと比べても桁違いに大きく、長時間遊ぶには向いていないゲームとしか言いようがない。
──ゲームは一時間まで、だったか。
そんな標語が流行っていたのは、21世紀どころか20世紀だったような気がするが……
その結果、長時間だらだらプレイするようなゲームではなく、一時間で全体力気力を費やし満足度を増やすようなゲームが開発されるようになり……結果として、VRを始めとする1時間の1プレイに全てを費やすような過激なゲームが主流となったのだとか。
気合の入ったゲームに全体力気力を突っ込むこと自体は嫌いじゃないし、ゲーマーの本懐という気はするのだが……だからと言ってだらだらゲームをやる時間潰しが消え失せてしまったこと自体は嘆かわしいと思う。
「……しかし、木星じゃ、現実でも戦争している、んだよなぁ」
そういうリアルな戦争を題材にゲームをやるなんて、幾ら何でも非道極まりないと俺は考えたが……よくよく思い出してみれば、俺がやったゲームのFPSか何かでも最新の戦場をモチーフにしたステージが出てきたりと、色々やりたい放題だったような記憶が微かにある。
──と言うか、戦争なんてしなくても、別にVRで良いだろうに。
あれだけリアルに出来るんだったら、どうせやっていることは同じじゃないかと、俺は上体を起こしながら内心でそう呟きを零す。
人が死なないだけ、VRの方がマシというものだ。
──いや、やっぱ死なないと分かってしまうと気合の入りようが違うか。
それがあくまでもボクシングの試合程度に低い死亡率であっても、事故死する可能性があるとないとではプレイする側にも観戦する側にも差が出るのは当然だろう。
採掘権に関する……博打とは言え、多額の金が動くような興行の場合、そうしてたまに事故死するくらいじゃないと、負けた側のスポンサーも感情の行き場がないのかもしれない。
「……っつーか、どれくらい採掘しているんだよ、木星って。
人死が許容されるほど……」
不意に。
そんな疑問を覚えた俺は、
……次の瞬間、だった。
──現在、地球上で使われている資材はほぼ全てリサイクルによるもの。
──軌道エレベーター経由で地球へと降下される資材は数百トン程度。
──スペースコロニーも基本資材は水を主材料としたアクアマテリアルであり、金属類の使用は限定的。
──ガニメデ上の水資源採取は続けているものの、両政府共、鉱物資源そのものは特に必要としていない。
──木星のアステロイドベルトから採掘された鉱物資源は、主に木星での戦争で消費された物資の補充に用いられている。
突然そんな情報が、まるで堰き止められていた水門が開かれたかのように、凄まじい勢いで俺の脳裏へと流れ込んできたのだった。
それら全ての情報に『政府機密』という但し書きがあることも同時に理解できてしまった所為で、座ったままの俺はつい頭を抱えてしまう。
「……どういう意図があるんだ、これ?」
尤も、その悩みすらも
──資源採掘量に疑問を覚えた段階で、ロック解除される仕組み?
──
要するに、この男女比の狂いまくった世界では、国家機密よりも精子作成機能の方が優先されるのだろう。
そのお陰で、迂闊なことに気付いた俺の思索を妨げないように、情報規制をかけていた国家機密とやらを、わざわざ一市長に対して渡してくれたと……
──これで良いのか、未来社会?
俺の脳裏を駆け巡っていたのはそんな至極当然の疑問だったが……まぁ、知ってしまった以上は仕方ない。
「早い話が、木星での戦争ってのは殺し合う理由すらないって訳だ。
なら、どうしてVRでない現実で戦争をしている?」
そもそも賭け事をしている理由もそうだし、人が死ぬような資源の無駄遣いの極致とも言える戦争を繰り返している理由もだ。
「採掘した資源は全て戦争で浪費した分を埋めているんだろ?
そんなのはただ戦争するために戦争しているだけじゃないか……」
どうやら、あまり後先を考えないまま呟いた『ソレ』こそが木星で続いている戦争に対する『答え』だったらしく。
先ほどと同じように、俺の頭の中へと一気に知識が流れ込んで来る。
──女性貧困層に対し、一獲千金の機会を創出し犯罪率を低下させると共に。
──同時に、女性貧困層の総数を一定数減らすことにより著しい男女比を鎮静化させ。
──また、男性にある程度遠い死を意識させることで性衝動への奮起を促し。
──戦争という名目で消費を作り出すことで、経済の好循環を生み出す。
それらの知識群から推測するに、木星で行われている戦争とは、要するにそれら4つの目的を一度に満たすため、地球連邦政府と木星政府とが共同で行っている政策の一つ、という位置付けに過ぎない、ようだった。
「ふざけてる、のか、おい。
じゃ、ただ人減らしと金の流れを良くするためと……
男に刺激を与えるため、だけに?
女性を死地に追いやっている、と?」
俺のその呟きを聞き咎めたのだろう。
……だけど。
──それを、追いやるというんだよ、くそったれがっ!
男性がいない。仕事がない。金がない。
如何なる理由であれ、死地を選ばざるを得ない……いや、死地を選ばないと現在の底辺から脱せられないような社会構造を政治的理由で作り出しておいて。
とは言え、そういうのは21世紀でもある程度存在していたのは事実であり、社会全体の安寧のための必要悪と言えるのかもしれないが……それでも、志願者が死ぬのを利用する政策を推し進めておいて、その上で「犠牲者は勝手に死んでます」「自分に罪はありません」という態度を取るのは幾ら何でも極悪非道鬼畜の所業というものだろう。
「……くそったれが」
だけど……そうしてこの外道極まりない政策に対し憤りを覚えようとも、この社会構造そのものに反発を覚えようとも、俺はただの、そこら辺りにいる一介の男子に過ぎない。
……そう。
こんな不平等がまかり通る未来社会を力ずくで叩き壊すような武力もなければ、民衆を扇動してイカれた世の中を捻じ曲げる発言力もない……ただの餓鬼に過ぎないのが現実だった。
尤も、そんなのは21世紀の頃からずっと同じ……金も地位もないただの一般人は、大勢が望む方へと向かう社会そのものの動きを変えるようなことなど出来やしないのだ。
一応、21世紀ではまだ選挙という手段はあったのだが、それも一票の力なんて僅かなモノでは流れを変えるようなモノにはなり得ず……まぁ、そもそも冷凍保存される前の俺は、政治に興味を持った記憶すらろくになかったりするのだが。
──そう言えば、この時代の政治ってどうなってんだ?
選挙制なのかそれとも独裁制なのか……いや、前に調べたのだと、頭脳奉仕刑とかいう凄まじい名前の刑罰を実施して発明させているのは聞いたことがあったが。
地球連邦の中央政府がどうのこうのとは聞いたことがあったものの、調べたことはなかったような気が……
次の瞬間、
──ストップストップ。
突如として流れ込んで来た政治的知識の膨大なデータ群に、俺は頭を振ることでその凄まじい情報量を脳みそから弾き飛ばしていた。
現実問題として、あまり興味のない内容を一気に語られてもただ頭が混乱するだけである。
以前、何らかの科学的知識の時にも同じ現象に見舞われたものだが……どうもこの
まぁ、政治云々には言いたいことが幾らでもあるけれど、調べるのは少しばかり間を置こうと決意した俺は、溜息を一つ吐き出すと……
──少なくとも、木星戦記はもう楽しめない、な。
内心でそう呟く。
事実、政治をどうのこうのする意志のない俺に、今出来る抗議と言えば、ただこの政策に乗っかって戦争を楽しむようなゲームはもう遊べない……その程度だけだったのである。
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