第十四章 「決断」
14-1 ~ 愛に殉じた奴隷 ~
「……畜生、またやることがなくなった」
謀らずしも木星戦記の裏側を知ってしまい、これ以上人の命を弄ぶような戦争のゲームを楽しむ気にもならなくなった俺は、再度ベッドの上に大の字で寝転がるとやけくそ気味にそう呟く。
現実問題として、先ほどまで暇で暇で仕方なかったからこそ、新たなゲームである木星戦記に手を出していたのだ。
そうして縋りつく先を失った結果、俺は完全に暇を持て余すこととなってしまい……数多の仮想モニタを眼前に開いては、見るともなしに流行りのドラマや映画などを検索しては映し出し、やはり興味を持てずにすぐさま閉じるという行動を繰り返してしまう。
──何か、違うんだよなぁ。
どうもこの未来社会の映画やドラマなんかを見ても、社会構造やら価値観やらが違い過ぎて、楽しむ以前に違和感ばかりでどこか冷めてしまうのだ。
うっすらとした記憶の、21世紀での似たような経験を挙げると、女性向けとして描かれた少女漫画を野郎の身で楽しめるかどうかという問題に近い。
勿論、面白い漫画派面白かった覚えがあるが……妙に男性がキラキラしてたり、思考回路が実在の野郎のソレとはかけ離れていたり、男でも不快感を覚える独善的な俺様キャラが持ち上げられてたり、腐った方向へ走って行って気持ち悪くなったり、ストーリー全体で男性をけなしてみたりと……何作か人気作とやらに目を通した覚えがあるが、なかなか当たりには遭遇しなかったような覚えが微かにある。
──何でこんなことは思い出せるんだろうな。
21世紀を生きていたという確たる記憶はろくに思い出せない癖に、こういう嫌な出来事やらちょっとした思い出やらはどうも脳みそのどっかにこびりついているようで……俺は頭を振り払って仮想モニタに映し出されたドラマ類と一緒に、それらの記憶を振り払う。
──仕方ない。
──久々に都市を巡回するか。
結局、やることを見つけられなかった俺は、少し前と同じ結論に達していた。
都市間戦争をやっている頃には、訓練が忙しくてそれどころではなかったこともあって、ついつい巡回をサボっていたのだが……今の俺は暇過ぎてどうしようもない。
発展していく都市というのは、ただ眺めるだけでも面白いもので……それが自分の都市だと言うならなおさらだろう。
とは言え、実のところ「自分の都市」という実感は未だに薄く、延々と見ていると流石に飽きてしまうので、新しいゲームなんかがあるとついついそちらを優先してしまうのだが。
「……さて、と」
もう慣れ切ったのか、俺は特に何の感慨も抱くこともないまま、
いや、開始しようとしたところで、ふと気になって未来の
「……うわぁ」
彼女の様子はあまりにも酷かった。
色気の欠片もない灰色の下着姿で、目の下のクマは濃く、髪はボサボサでろくに寝てないのが明白であり……彼女の様子を一言で表現しようにも、俺の貧しい語彙では、ただ『社畜』の一言しか浮かばない。
一見する限り、戦争してからこっち……俺が遊び惚けている間ずっと、ろくに寝ることなく仕事を続けていたと推測できる彼女の有様は、明らかに健康を害するレベルの過労状況である。
──宇宙歴330年代からは、社畜ではなく、愛に殉じた奴隷、と表現されます。
彼女の状況についての感想を胸中で呟いたところ、突如として
どうやら、今より400年ほど昔……俺が働いていた21世紀から200年余りの歳月が流れた頃、会社という存在はようやく「労働基準法の順守を徹底する」ことを当然だと理解したらしい。
その背景には、AIや進んだ科学技術のお陰で労働時間が極小化した結果として労働人口の余剰が発生して社会問題となり、困った政府が労働者の雇用数に対する税金控除額を大幅に上げたところ、並み居る企業が急速に雇用を拡大、ついには労働者が不足する事態となってしまい、労働者の待遇が急上昇……要するに税率の改正一つであっさりと労働基準法の順守が当然の社会が訪れたらしい、と
そうした時代の流れの必然として、『社畜』という言葉は死語化してしまったようだった。
とは言え、当然のことながら率先して働く人は自らの意志で働く訳で……俺が生きているこの未来社会で過労へと追い込まれる割合が特に多いのは、
彼女たちは男性から選ばれたが故に、男性の期待に応えようと必要以上に働いてしまうことが多く……そうなった女性のことを、『愛に殉じる奴隷』として一般女性たちは揶揄して笑っているとか何とか……
「ひでぇ世の中だ。
けど、あの頃よりはまだマシなのか」
少なくとも上司の命令やら何やらで「労働基準法なにそれ美味しいの?」状態で働かされ、過労死させられる人を多々目の当たりにしてきた21世紀に比べると、まだ自発的に過労死してしまう社会の方が遥かにマシには違いない。
たとえ、そんな苦労の極致に立たされている女性たちがやっかみ半分でボロカスに言われているとしても、である。
「とは言え、殉じられても困るんだよなぁ」
下着姿で働いていることが確定している女性の部屋に足を踏み入れるのはどうかと我ながら思うのだが……流石にこのまま放置して死なれても俺としては非常に後味が悪い。
そう考えた俺は溜息を一つ吐くと、未だ極限の疲労と緊張によって力の入らない身体を引きずって、隣の部屋に……21世紀感覚で言うと隣の家と称してもおかしくない距離を歩いて、未来の
「……ふへっ?
ぁ、あ、あ、ああああなたぁああああああっ?」
完全に気を抜いていたのか、それとも疲労の極致で脳みそが回っていなかったのか、金髪碧眼で頭脳明晰な筈の我が婚約者は非常に間の抜けた声を発した数秒後……現状を理解して顔を必死に隠そうとする。
──クマが気になるんだろうなぁ。
──もしくは、整えてもいない髪か。
どうもリリス嬢の頭の中では、まず第一に顔か髪型……まぁ、寝不足で眼窩が落ち込みろくに食事も摂らなかったのか栄養不足で青ざめたその顔も、手入れもせずボサボサで、くすんだような色を放つ金髪も、確かに見ていられない有様だったが。
それは兎も角、そういう不摂生の証を見られることが彼女の中では最重要事項であり、発達途上でもうちょいと頑張れるだろう身体や、あまり色気のない着古したままっぽい下着を見られるのは優先度が低いようだった。
──この辺、男の感覚に近いのかもなぁ。
21世紀の野郎が下着を見られたところで何にも思わないように、この時代の女性たちも下着くらいならあまり動揺しないのかもしれない。
……いや、男子校で顔を合わせた面々を考えると、むしろこの時代は男性側の方が下着を見られた見せられたとぎゃーぎゃー叫びそうな気がしないでもないが。
それはまぁ、それとして。
顔や頭を必死に隠そうとするあまり、こちらに尻を突き出す格好になっているのは流石にどうにかならないのだろうか?
個人的にはこの手の扇情的な格好は大好物ではあるし、俺を誘う意図であればこれまた喜びこそすれ忌避するようなものではないのだが……相手が社会システム上とは言えそろそろ遠慮もなくなってきた婚約者である。
──さて、この状況をどうしようか?
顔を隠して尻隠さず……どころか、身体を欠片も隠そうともしてない婚約者を前に、俺は女性の部屋にへと迂闊に踏み込んだ自分を少しばかり悔やむのだった。
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