13-7 ~ 木星戦記その2 ~


「ぬぁああああっ?」


 自分の身に危険が迫っている時、人間が咄嗟に出来ることと言えば、自分の顔面を庇うことくらいであり……巨大ロボット兵器を操縦していたとしても、そのことに変わりがある筈もなく。

 眼前に出て来た敵兵器に銃を撃たれると意識した俺は、ただ両手で自分の顔面を庇うばかりで、自機の操縦をしようという意識すら浮かばなかった。

 勿論、自分が乗っている操縦席が全天モニタを採用している所為で乗り物に乗っている……重装甲に護られているという意識が薄いのも原因の一つとは思うものの、そんな言い訳を頭の片隅に浮かべている間であっても時間は無情にも進み続ける。

 そうして俺が硬直している間にも、眼前に出て来た女性型の華奢な人型ロボット兵器は俺の進路上を塞ぐように位置したまま、こちらのコクピット目掛けてレーザーライフルを射出した、のだろう。 

 俺の眼前にあるモニターが真っ白に輝いて何も見えなくなり……

 直後、凄まじい衝撃が走る。


「……ぁ」


『うわぁああああああ』


 そして、聞こえてきた女性パイロット……恐らく敵兵の悲鳴に俺はようやく我に返ることが出来た。

 種明かしをしてみると、別に特別なことが起きた訳でもなんでもなく……俺は初期設定で重装甲、特に光学兵器とビーム兵器への耐性を多めに割り振った覚えがある。

 その所為で武装の方がかなり貧弱になってしまった訳だが、まぁ、それは置いておいて……これは推測に過ぎないが、敵のパイロットは俺に対しチキンレースを挑んで来たのだろう。

 だけど、敵パイロットには誤算が三つあった。

 一つは、初めて木星戦記をプレイした俺には全く余裕がなく……回避動作を取ろうとする考えすら浮かばなかったこと、だ。

 基本、敵の銃口がコクピットへ……自分へと向けられていると分かった瞬間、慣れているパイロットであればあるほど、自然と回避動作を取ってしまうものだ。

 だからこそ敵さんはこちらがビビって進路を変える、もしくはレーザーによる損傷を受けて仕方なく軌道を変えると踏んで、俺の真正面に立ったのだろう。

 そして彼女の二つ目の誤算は……俺の機体がレーザーとビームへの耐性を高めた、所謂ピーキーな機体だということだ。

 そのお陰で、コア部を狙いすました彼女のビームライフルの一撃は、ただ装甲を若干焦がしただけという戦果しかもたらさず、彼女の予想を大きく裏切ったに違いない。

 そして三つ目の誤算は……俺が全力でこと、だった。

 いや、正直な話、無意識の内でしかなかったのだが……俺はさっき慌てていた時にブレーキのつもりで加速のフットペダルを全力で踏み込んでいたのだ。

 お陰でどこぞのコンビニに突撃をする車両の如く急加速して敵に突っ込み、意図しない形で相手パイロットの意表を突いた訳である。

 結果として三つの誤算が一気に押し寄せたからこそ、敵パイロットの回避動作は完全に遅れ……俺の機体と彼女の機体とは正面衝突を起こしてしまったのだ。

 そうして真正面からぶつかってしまえば、技術も経験も関係なく……後はただ装甲と総重量が全てだった。


 ──あちゃー。


 俺は正面衝突のを、全天モニタの中、、内心でそんな呟きを零してしまう。

 現在の流行なのか彼女の機体は機動力を重視した軽装甲の華奢な機体であり、俺の機体は重装備の大型……要するに、大型トラックと軽自動車が正面衝突したようなもので、当然のように華奢な人型ロボット兵器はただの鉄くずへと化していた。

 勿論、我が機体もダメージはそれなりに被っており……表面塗装とビームコーティングの剥落、装甲版に若干の歪みが見られる、とのことである。


「……キル1、か」


 あまりにも思いがけない、文字通り降って湧いたその戦果に、俺はコクピット内でそんな呟きを零していた。

 尤も、BQCO脳内量子通信器官経由の情報によると、コア部分の装甲は非常に硬く、生命維持装置もしっかりしているためあの程度の衝突では実際にパイロットが死ぬような人体損傷は起こらないらしいのだが。

 撃墜数の表現を他に知らなかった俺は、その呟きを訂正することなく、そのまま操縦桿を握りしめる。


「しかし、すっげぇな、これは……」


 先ほどの無様な大慌てが一段落つき、ようやく落ち着きを取り戻し始めた俺は、周囲に広がる宇宙空間を見渡し……小さくそんな呟きを零す。

 元々VRというものは本当にその場にいるような錯覚を覚えるモノではあるが……今の俺は完全に宇宙空間の中を漂っているという『実感』がある。

 足元に漂っている空母の更に下には薄茶色の惑星……恐らくガニメデか何かだろう惑星が見え、頭上には数多の輝く星々と地球のそれよりも遥かに小さい太陽と……そして、右側視界のほとんどを占拠している巨大な赤褐色の、あちこちに斑点状の渦を為すガス惑星である木星が否が応でも目に入ってくる。

 この眼下の光景だけでも、俺が木星戦記に手を出した価値はあると言えるだろう。


 ──文字通り、桁違いだな。


 他のVRゲームと比べると、背景の作り込み自体はそう大差ないと思えるのだが、そんな画像処理技術以外の部分……「ゲームを現実に思えるかどうか」という、非常に大きなこのこそが、木星戦記が未来社会でも大人気になった理由なのだろう。

 このゲームに人気がある理由を、今さらながら納得した俺は、今まで食わず嫌いしていた自分が恥ずかしくも感じつつ……直後、頭の片隅に響いた警報音で俺は即座にそんな思考を切り上げる。


 ──観光客気分かってんだ。

 ──寝ぼけるなよ、俺。


 今自分が立っている場所は、宇宙旅行などではなく銃弾が飛び交い人の命が紙切れよりもあっさりと散る戦場なのだ。

 勿論、これはあくまでもVRに過ぎないのだとは分かっているのだが、自分が実際に戦場に立っているように感じられてしまうこのゲームの特性上、そんな些細な脳内の突っ込みなど、ひりつくような緊張感と全身にかかるG、そして周辺宙域の天体の光によって、瞬時にかき消されてしまう。


「……ははっ」


 その事実に俺は小さな笑い声をあげると、こちらに向かって来ている3機の敵ロボット兵器を睨みつけ、両手の操縦桿を強く握りしめたのだった。


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