第十三章 「木星戦記編」

13-1 ~ 移住一時中止 ~


「あなた、申し訳ございませんが、昨日付けで移住者の受け入れを一時中止させていただきました」


「……おぉ?」


 あの都市間戦争から一週間。

 いつもの朝の挨拶とばかりに俺の部屋へと訪れた我が未来の正妻ウィーフェたるリリス嬢は、開口一番にそんな言葉を放ってきた。

 前の都市間戦争でゲーム仲間が増えたこともあり、「今日は何のゲームをやろうかな?」としか考えていなかった俺は、一瞬彼女が口にした言葉の意味を理解できず、思わず上の空で言葉を返してしまう。


 ──いや、待て。

 ──何がどうしてそうなった?


 基本的に女性余り……男女比が1:110,721というふざけた有様のこの未来社会ではあるものの、それでも記憶にある限り我が海上都市『クリオネ』はただの新興都市でしかなく、人口は全都市の平均からしてみてもとしか言いようがない有様だった。

 つまりが「移住者は増えれば増えるほど良い」とまでは言わないものの、まだ発展途上の我が都市は受け入れの余裕が多少なりともある筈で……それが中止に追い込まれるなんて余程のことがない限りはあり得ないと思っていたのだが。

 俺がそんな疑問を抱いたと瞬時に察したのだろう我が婚約者様は、その疑問にすぐさま解答を差し出してくれる。


「先日の段階で人口が529名となり、現在建設が完了している居住区が満杯になりました。

 未だ旅行者用の宿泊施設等は設置していなかったため、申し訳ありませんが、これ以上の受け入れは事実上不可能となります」


 彼女の放った言葉は実に分かりやすく、俺が何かを言う余地もない……文字通りどうしようもない理由そのものだった。

 しかしながら……アレだけ建造物が簡単に建築できるこの未来社会においても、「手が回らない」という事態が発生したその事実に驚かされる。

 実のところ、俺の暮らしていた21世紀と比べると科学技術の進歩は顕著であり、恐らくだけなら簡単に出来るのだろうけれども……残念ながら人は箱があれば生きられるという単純なものではない。

 道路や水道、食料にエネルギー……全ての都市計画が整っていないと人は生きて行けず、そして現状ではそれら全てを整えるのに必要な、資金もしくは時間のどちらかが不足し、この事態に至ったのだろう。

 勿論、移民受け入れの計画は段階的に、そして余裕を見て立てられていた筈であり、である以上、こんな事態が発生した理由は単純明快……優秀な正妻ウィーフェであるリリス嬢の予測を上回る規模で移住者たちが押し寄せてしまったのだ。

 そうして思い返すと、直近で原因となり得る出来事なんてたった一つしか思い当らない。


「……なるほど。

 あの都市間戦争が原因か」


 上位とは言わないものの、若手有数の都市を弱小都市が一方的に破ったのだ。

 それは注目されて当然だろう。

 話題が話題を呼んだ……21世紀的に言えばバズった状態が続いた結果として、我が海上都市『クリオネ』は溢れかえるほどの移住者に恵まれてしまった、と容易に推測できる。


「……いえ、違います。

 あ、大まかには違いませんけれども、この移住者ラッシュは戦争での勝利が直接の原因ではなく、ひとえに市長の人徳のお陰です」


「……へ?」


 分かったような台詞を口にした直後に否定の言葉を告げられた関係で思わず頭の位置エネルギーを数センチ分失うことになった俺だったが……未来の正妻ウィーフェが即座に入れたフォローの方がダメージが大きかった。

 間違いは間違いで素直に指摘してくれればいいのに、男性だからと気を使われ下手に庇われるものだから……この境遇を良しとしない俺としては、居た堪れない気持ちがむしろ増えてしまう。


「まず第一に、あの戦闘で拷問や殺害を続けなかったのが理由の一つです。

 たとえ男性からだとしても、男性への重大な加害は許されない風潮がありますので」


 金髪碧眼の婚約者が口にしたその言葉に、俺は頷かざるを得ない。

 考えてみれば、これだけ男性の数が減った社会では男性は凄まじく貴重であり……それを加害する存在は法律が云々以前にのかもしれない。

 実際問題、あのゲームの最中どころか訓練の最中であろうとも、俺に向かって銃弾を放てたヤツは一人たりともいなかったし、あの猫耳族のテロリストでさえも俺に丸鋸を突きつけはしても危害を加えようとはしなかった覚えがある。

 それでもたまに男性を巻き込んだ殺人事件があるのは……性愛を求める本能に突き動かされた場合には、男性を尊重する本能の働きは抑制されてしまうのかもしれない。

 映画だろうと歴史だろうと、性愛に突き動かされた男は平気で死地へと飛び込んで行く事例が多く……それは生存本能が繁殖本能を上回る好例と言えるだろう。

 閑話休題。


 ──そう考えると、ファッカーの野郎は……


 ただのビッグマウス野郎だったのか、それとも他人の評判なんて完全に無視できるほど都市開発が軌道に乗っていたか、ただ単に驕り高ぶっていたか……どうも三つ目のような気がしないでもないが、前者二つである可能性も無きにしも非ず……

 ちなみに、BQCO脳内量子通信器官によると、そうして男性への加害が判明して評判を落とした都市からは、かなりの数の都市民が流出してしまう可能性がある、とのことである。

 それは都市間戦争そのものでぼろ負けしても同じことであり……だからこそリリス嬢はあれだけ必死に戦争に尽力してくれたのだろう。

 ちなみに俺がクソ野郎の顔面をぶん殴ってしまった件は、正妻ウィーフェを庇うためということで、女性からの好悪はと言ったところだった模様。


「第二に、と言うかこれが全てだと思うのですが……

 殿方と一緒に遊べる都市なんて、殆どありませんので、その……」


 おずおずと未来の正妻ウィーフェが切り出した言葉は、俺にとっては完全に寝耳に水の一言だった。

 どんなゲームであれ人数は多ければ多いほど戦場が混沌と化し楽しくなる傾向があり、大人数で遊べば遊ぶほど面白くなるので……俺としてはただVRでの訓練を続けているだけに過ぎなかったのだが、どうやらそれがこの未来社会の女性たちの琴線に触れてしまったようだった。


「あの都市間戦争がそ、その、わ、わ、私のため、に、その、あなたがお怒りになられた、というお題目もあり、女性に優しい男性市長の都市、ということで……」


「……移住者が殺到して、都市が溢れた、と」


 考えてみれば当たり前の話なのかもしれないが……それでもこの優秀な未来の正妻ウィーフェを予期せぬ形で出し抜いた形となってしまった俺は、彼女に不要な負担を押し付けてしまった後ろ暗い気持ちを若干抱きながら、溜息を一つ吐き出したのだった。


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