12-10 ~ 都市間戦争その4 ~
「よぉ、気分はどうだ、クソ野郎」
「てめぇっ、この餓鬼がっ!」
突然現れた俺の煽り言葉に、敗北寸前まで追い詰められていた筈のファッカーの野郎は、最後の気力を振り絞ったのか叫びながら銃口をこちらに向けるものの……残念ながらバックアップを満タンにしている状態での仮想障壁は、個人携行用のハンドガン程度ではそう簡単には破れない。
それを理解していた俺は、死体だらけとなっている通路を悠々と歩き、巨大建造物に立て籠ったままのクソ野郎へと身を隠すことなく堂々と近寄って行く。
──まぁ、仮想障壁もあるし。
──当たったところでどうせ実際には死なないし。
──そもそも、俺を撃ったところでもう逆転の目はないんだよなぁ。
俺が最前線に到着して車から降りる時、興味本位で
車から降り、ファッカーの野郎が閉じこもるビルの7階まで登って来た今現在では632体3であり、逆転の可能性すら完全にない有様である。
ファッカーの野郎の隣には、恐らく警護官らしき女性2名だけが残されており……バリケードの外側で頭蓋を撃ち抜かれている死体は、雰囲気からして
彼女は我が配下の誰かが放った銃弾で死んだのであり、背後からファッカーのクソ野郎に撃ち殺されたのではないと思いたいのだが……前のめりに倒れている事実が、俺のそんなささやかな希望を裏切ってくれている気がしてならない。
「どうだ、大先輩様。
てめぇの言う餓鬼とやら相手に、一方的に負けた気分はどうだ?」
前後左右からの女性兵士たちの注目を一身に浴びている今、少しばかり劇的な演出をしてやろうと考えた俺は、わざと相手を煽るような言葉を選んで口にする。
当然のことながら、そんな簡単な煽り言葉だけでも、超温室育ちで煽り耐性ゼロの野郎様には絶大な効果を発揮してしまう。
「てめぇっ、この淫売がっ!
男が自分の身体を売り物にするなんざ、何を考えてやがるっ!」
そんな叫びと共に、勢い任せでハンドガンから放たれたビーム弾は当然のように仮想障壁によって弾かれ、その跳弾によって隣にいた我が軍の名も知らぬ女性兵士が一人見事に首筋を撃ち抜かれてお亡くなりになってしまったが……まぁ、大勢に影響はない。
しかしながら……
──生まれて初めて言われたぞ、そんな侮蔑。
朧気ながら残されている21世紀の記憶の、少しばかり古い格闘漫画で見たような覚えのある『淫売』なんて言葉を、まさか自分が言われる日が来るとは思わず……いや、当然のことながらこの『淫売』という単語は未来で使われている連邦共通語が俺の知る単語に翻訳された形ではあるのだが……それは兎も角、そんな侮蔑語を言われた俺は、怒るよりも先にその衝撃の方が大きく、特に反論をしようとは思えなかった。
尤も、文句を言い返さなかったのは、コイツの言い分に僅かなりとも理があったから、という理由もあるのだが。
実際のところ、市長なんて煽てられ女性との接触もろくにないまま、警護官に護られ特権階級として増長する野郎の立場からすると、女性たちと一緒に訓練を受けるという雑事に身を
……だけど。
──精子を売り物に市長を名乗る野郎が、言う台詞か、それ?
微かな記憶の残滓と共に、21世紀の価値観が残っている俺にとって、この時代の男たちは全員が精子を売り物に女性に生かされている癖に、女性に対して横暴に振舞うという……ヒモ野郎の分際で女性を殴る怒鳴る、勘違いのモラハラクソ野郎にしか見えないのだ。
──だから、まぁ、こうして戦争する羽目になったのだけどな。
価値観の相違とは恐ろしいもので……それでも俺を支持してくれるレイヴンたちがいたからこそ、俺は勝利を掴むことが出来た。
勝てば官軍でもないし、勝ったところで俺の価値観が絶対正義であるなんて主張をするつもりはないのだが……この未来社会においても「増長した男性を更に持ち上げようとする」、そんな社会に反発を覚えている女性たちはそれなりに多いということだろう。
「どうした、この淫売野郎っ!
てめぇの行為は男の価値を暴落させ、社会を不安定化させる悪魔の行為だっ!
分かっているのか、てめぇっ!
分かったらさっさと銃を置いて降伏し、俺に殺されやがれよ、なぁっ!」
俺が思考に囚われて黙りこんだ所為か、調子に乗ったファッカーの野郎が何やら偉そうに叫びを上げている。
実際のところ、主義主張とか男女間の価値観とか、そういうお題目に思考が散らかってしまったが、本来はこの都市間戦争なんて「眼前のクソ野郎が気に食わない」という我儘で起こしただけの、ただの弩派手な喧嘩でしかない。
だったから、都市間戦争などという大いなる茶番なんざ、いい加減に終わらせるべき、だろう。
下らない口喧嘩をする気にもなれなかった俺は、未だ叫び続けるクソ野郎へつかつかと歩み寄り、
──しかしユーミカさんも、一体どこでこんな裏技を知ったのやら。
──年の功ってヤツかね?
……そう。
この障壁干渉は、警護官や軍人ですらあまり知らない裏技らしく、実際に実務経験豊富なアルノーも知らなかったワザなのだが……こうして仮想障壁同士を干渉させ合うとお互いのエネルギーが対消滅してしまうらしいのだ。
一時期、テロリストが仮想障壁に護られた市長を強奪する……そういう創作モノが流行った頃に、作中で語られたというこの対消滅法は、実のところ普通に銃弾をぶっ放して障壁を叩いた方が効率的で、あまり意味のない行為でしかないのだが……こういうときには実に役に立つ。
こうして、自分の手で真正面からぶん殴ってやりたい時にはっ!
「うらぁっ!」
「ぶぶふっ?」
お互いの仮想障壁が消し飛んだのを
スリークォーターからの一撃……要するに以前、学校で叩きつけてやったのと同じ、右のスマッシュである。
仮想障壁に護られているという油断があったのだろうファッカーのクソ野郎は、俺が放った右拳に一切の反応を見せることもなく、顎をぶん殴られた衝撃で豚の鳴き声のような悲鳴を上げ、そのままぺたんと地面に腰を落としてしまう。
「へっ、てめぇだって胤を売るしか能のない、精液を巻き散らすだけのミジンコだろうがっ。
抵抗しない女にしか威張れないカスが、偉そうにしてんじゃねぇっ!」
「う、ぐっ。
こ、殺せっ!
この餓鬼を、殺せぇえええええっ!」
ぶん殴られたファッカーの野郎が悲鳴とも命令ともつかぬその叫びを口にしたその瞬間、俺を撃ち殺そうと動き出した、ファッカー陣営に残されていた二人の警護官は、俺の周囲を固めていたレイヴンたちの一斉射撃を受けて抵抗一つ出来ぬままあっさりと死亡し。
……そこで戦闘の勝利条件である『全女性の死亡』を満たしたのだろう。
「馬鹿なっ?
嘘だっ、何かの間違いだっ!
俺が、こんなっ、こんな餓鬼如きにっ?」
俺の眼前で、ファッカーのクソ野郎が見苦しくも自分の敗北を信じられないという叫びを上げながらゆっくりと消えていく。
言いたいことを叫び、苛立ち全てを右拳に込めて解き放つことの出来た俺は、充実した気分のままで、眼前のクソ野郎が敗北し消えていくのを眺めていた。
……こうして。
ただの餓鬼同士の喧嘩に両都市を巻き込んだ、都市間戦争という名の不毛極まりない茶番は、ようやく終わりを告げたのだった。
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