13-2 ~ 開発促進プラン ~


 

「こうした場合、都市側が行う改革としては二通りあります」


 移住者の急増により移住中止という状況に追い込まれた我が海上都市『クリオネ』の現状に対し、都市政策の実質的な責任者である正妻ウィーフェリリスはそう告げた。

 知的な彼女のことだから、もし彼女が眼鏡をしていれば、眼鏡をくいっと上げる仕草が非常に似合ったことだろう。

 尤も、この未来社会では視力矯正なんて簡単な話であり、それこそ視力低下が気になるより前……BQCO脳内量子通信器官によるバイタルチェックで視力低下が確認された時点で、寝ている間に視力矯正プログラムが作動し、ような治療であるため、眼鏡なんて廃れてしまっている。

 以前、この未来社会で眼鏡っ娘を見ていないのに気付いてBQCO脳内量子通信器官で検索したことがあるから間違いない。

 ちなみに、と注釈がついたのは、実用としては死滅していてもファッションとしては辛うじて生きているらしく……地上都市『リベーレデトワール』では眼鏡をかけることが移住の制限とか何とか。

 閑話休題。


「一つは、移住に条件を加えるパターン。

 もう一つは住居エリアを拡大し移住者を促進するパターン、か」


 とは言え、いつまでも説明され続けるのは情けないと、俺は婚約者様の言葉を継ぐ形でそう口にする。

 入って来る人の数が増えすぎて困っているのだから、「入って来る数を減らす」か「入れ物の大きさを増やす」……実質的に、他の選択肢などない訳で、あっさり答えられたからと言って別に俺の頭が良くなった訳でもないのだが。


「はい。

 他の都市が行っている移住の条件を挙げると、音楽家などの職業制限、体脂肪率を始めとする体型の制限、その他にも幼体固定を行った者や……その、アレを生やした女性のみを恋人ラーヴェとする、などの性癖制限などが御座います。

 その場合の流入者の仮想推移は各パターンごとに図解を用意しておきましたので、参考にご覧ください」


 その辺りの、男の自尊心について理解しているかどうかは読み取れなかったが、リリス嬢は俺の差し出口を気にした様子もなく、さらりと説明を続けてくれた。

 しかも、頼んでもいないのに各制限をかけた場合のシミュレーションまでしてくれているのだから、相変わらずこの金髪碧眼の少女は優秀過ぎて、俺には勿体ないほどの正妻ウィーフェだと思い知らされる。

 とは言え……


「それは、今一つ、だな?」


 この男女比が狂って男尊女卑が極まり過ぎた社会に身を置く21世紀人としては、その手の女性を選ぶというやり口がどうも気に入らない。

 まぁ、これは「俺が21世紀人だから」ではなく「俺がもてなかったから」なのかもしれないが……その理由を自己分析しても悲しくなるので深く追求するつもりもないのだが。

 理由はともあれ、結果として俺の回答はそういう……所謂「来るものを拒まず」という形になってしまう。

 加えて言うならば、彼女が選んだシミュレーションはどれもが俺の性癖に刺さるような内容ではないこともあり……特にアレム先生の提示している条件らしきモノに至っては一瞥する価値すら認められない訳で、そういう意味でも俺は彼女の提案を呑むつもりにはなれなかった。


「いえ、本来ならばその、前科のある者、遺伝子手術痕のある者、経産婦、出産適齢期以外の者などの、は設けるのですけれど」


 尤も、そんな21世紀の価値観と性癖を持ち合わせているからこそ、俺はこの社会では希少であり……こうして膨大な移住者が殺到する羽目になって、現在進行形で正妻ウィーフェを困らせている訳だが。


「もしくは、現在の住民をし、質の良い移住者を取り入れることで、全体的な治安の向上を図る手法も御座いますが……」


「却下で」


 そんな俺のスタンスを理解しているから、だろう。

 婚約者であるリリス嬢は、断られると知っていながらもそのプランを提案し……最後まで言わせることなく俺がそう告げても、一切気を害した様子は見せなかった。

 実際問題として、一度は俺の子供を妊娠したいと希望して寄ってきた女性をただ好みでないからと放り出すような、ラブコメの負けヒロインを放置するような真似……NTR系同人を何度読んでも受け付けなかった俺としては耐えられないモノがある。

 ちなみに他所での経産婦だろうと平気で受け入れるのは……寝取る側だと平気だったからだろう。

 男の遺伝子の問題、もしくは21世紀を生きることで培われた俺の性癖が原因ではあるが……身勝手と言うか業が深いと言うか。

 それに、出産適齢期以上の女性についてはわざわざ条件に加えなくとも、基本的に都市内に暮らすのには多大な納税が必要な上に、それなりの年齢を重ねた女性は妊娠する確率が著しく低下しており……大多数のご年輩方は、費用対効果の観点からそもそも都市内に引っ越してこようとは思わない、という検索結果もある。

 ぶっちゃけた話をすると、警護官のユーミカさん辺りがギリギリのラインであるようだったが……この未来社会ではアンチエイジング技術の所為か、それとも栄養管理の所為か40代くらいではまだ若いと言える容姿を保った女性が多く、個人的には十二分に射程圏内であるため、特に俺から条件を出す必要はないのが実情だった。


「では、居住区の拡大という方向で進ませていただきます。

 幸いにしてインフラ自体は整っているため、3,000人ほどまでなら更なる基盤整備の必要もなく、居住区の拡大だけで受け入れが可能となります」


「……ああ」


 そもそも我が正妻ウィーフェの計画自体が、大規模なインフラを整備した後で人を集める……効率重視の進め方だったからこそ、今回発生したような緊急事態にも対応できるのだろう。

 そう考えると、やはり都市運営には優秀な正妻ウィーフェが必須と言える。

 まぁ、そんな誉め言葉を馬鹿正直に口にしてしまうとこの婚約者様はしばらく使い物にならないことは今までの経験から重々理解できているため、俺がその言葉を口にすることはないのだが。


「では、居住区の建築を進めながらも、中央政府に住民増加に伴う交付金の申請を行い、都市基盤の拡大工事を進めます。

 申し訳ございませんが、それまでは訓練は……少なくとも都市外住民を招いての訓練は、一時的に中止をお願いします」


 そんな優秀な正妻ウィーフェ様は、俺に説明している間にも頭の中で都市開発のプランを修正し終えたのか、そんなことを告げて来る。

 尤も、俺としては普段大規模訓練をして遊んでいる連中の中に都市外住民がいるなんてこと自体を初めて知ったのだが。


「そうなると暇になるんだよなぁ。

 ドラマはどうも合わないし……何か新しいゲームでも……」


 俺はそうぼやくものの、残念ながら仕事一筋だったらしいリリス嬢には詳しいゲームの知識など有している筈もなく。

 またしても俺は全てが揃っている中の退屈という、救いようのない状況へと放り込まれてしまうのだった。

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