12-2 ~ 傭兵 ~
「傭兵と言ってもいくつかあります。
まずは木星で戦っている本職の正規兵です」
我が未来の
実際のところ、
──それすら出来ないのが昔にいたっけなぁ。
稼ぎが悪いと旦那をなじる専業主婦とか「仮にも稼いでくれているのだから、もうちょいと気分よく働いて貰った方が効率良さそうだけどなぁ」とか、「どうして自分で働いてもないのに上から目線で偉そうなものの言い方が出来るかなぁ」とか、「そんなんに限って夫を見下して浮気しまくってるんだよなぁ」とか。
実のところ、そういうドラマを見て気分が悪くなって以降、ドラマなんて目を通さなくなったような記憶が、不意に湧き上がってきただけなのだが。
そういう、トラウマと呼ぶのも烏滸がましい微かな記憶が残っていたからこそ俺は、こうして昔の記憶のほとんどを失った今になっても、暇つぶしのために過去のドラマなんかに目を通そうと思えなかったんじゃないだろうか?
とは言え……
「彼女たちは戦闘技能は非常に高く、様々な武器に精通し、様々な局面での活用が期待できます。
勿論、その所為で一人当たりの単価が非常に高額なのですが……」
そんな要らぬことを考えている間にもリリス嬢の説明は続いており、彼女に無駄な労働を強いている俺は、すぐさま彼女の説明へと意識を切り替える。
さり気なく一つ目の話題が正規兵である所為か、人差し指を立てながら説明している様子が微笑ましい。
──現役の正規兵を傭兵として雇えるのか?
21世紀では考えられない無茶な雇用も、まさにVRだからこその荒業なのだろう。
実際の話、現役の正規兵ほどに戦場に慣れた人間はいないのだから、値段が高額になるのも理解できるのだが……休みの日のアルバイトに自分の業種と同じことをやりたいかと言われると非常に疑問が残る。
──昔の俺だと、休みの日に測量するようなものだな。
ぶっちゃけ、多少の金貰うぐらいじゃやってられないとしか思えないのだが。
まぁ、それでも働かざるを得ないのは恐らく金銭的な事情か、もしくはVRを訓練と割り切っているのか……もしくは趣味でも戦いたいというほどの戦闘狂なのか。
そんなことを考えていると不意に思いついたのだが、この未来社会では正規軍人ですら「男性と知り合いたいから」なんて動機もあり得そうなのが怖い。
そうして俺が正規兵について考察を巡らしている間にも、眼前の婚約者様は二本目の指を立てて説明を続ける。
「二つ目が、経済的困窮者……所謂外民です。
彼女たちは比較的安価に雇うことが出来、武器を取り扱った経験もそれなりに多く、戦意は旺盛なのですが、その、命令違反もしばしばでして……」
未来の
外民と呼ばれる彼女たちは確か都市に入れない人たち……要するに貧困層のテロリスト予備軍なのだろう。
俺がたまたま猫耳族に同情的だと勘違いされているが故に、リリス嬢は言葉を濁しているのだろうが、確かにリアルで爆弾を持って船舶に突撃するような連中は「戦意が旺盛」と言えるだろう。
……他の表現を探すとなると彼女たちを貶めるような単語が並んでしまいそうではあるが。
「彼女たちを雇うには、市民権で釣るか金銭を払うかの二つ……いえ、優先権を与えるという三つ目の選択肢もあります。
しかしながら、市民権を与えると治安が低下しますし、金銭だと裏切る可能性もあり……その、優先権の場合、現在の市民が不公平感を覚える可能性もあり……」
婚約者様の濁した言葉である「優先権」とやらに俺は首を傾げるものの……その答えを
──精子提供優先権、ね。
それは、都市の成り立ちの根幹にかかわる権利であり、男性がこれだけ優遇される要因でもある。
彼女たち市民はそのために高額の納税を行い、都市に暮らし男性に忠誠を誓っているのだ。
その感覚が未だ俺にはさっぱり理解できないのは置いておいて、ある意味で「女性は利益のために俺に群がって来ている」と女性不振を煽りかねない話題だけに、とリリス嬢が言葉を濁した理由も分からなくはない。
しかしながら……
──都市外の人間に精子をばら撒くってのもありなのか?
そんなことをすれば、都市という秩序がぶっ壊れる気もするのだが……と俺が悩んだタイミングで、いつもの
その手の優遇措置や都市が金に困った時に行う高額で売却された精子による妊娠は、貧民街で子供を作るたった二つの抜け道であり、たまに男子が生まれることさえある……のだが、その殆どが政府に知られることなく女性同士の奪い合いに巻き込まれ死んでしまうという。
ごく稀に生き残ったまま政府に発見された男性は、俺と同じように市長に中途採用される形となり……市長が「生まれた都市を離れたくない」と告げた結果、貧民街がそのまま都市として成り立った事例さえあるとのことである。
ちなみに、もう一つ抜け道は「遺伝子操作を利用して女性同士で造る子供」だというのだから、貧民街での生活もなかなかに業が深い。
尤も、その場合は女性しか生まれず、遺伝子をいじくった関係で三世代後にそのツケを払う羽目に陥る訳ではあるが。
そうして俺がこの未来社会の暗部に思索を広げている間にも、婚約者の少女は三本目の指を少しばかり不器用な形で立て、俺の方へと見せつけながら言葉を続けていたが。
「三つめは、VRでの戦闘に長けた期間傭兵。
即ち、ワタリガラスと呼ばれる人たちです」
英語にするとレイヴンだったか。
記憶的にはそこまで定かではないのだが……どうも俺が生きていた時代のネットスラングが根付きに根付いて600年後まで活用されている例のような気がしてならない。
ちなみに
「彼女たちは戦闘経験に長け、賃金もそれほど高くはなく、むしろ進んで戦闘に参加してくれる存在です。
ただし、戦う理由が……私たちの場合、都市間戦争の大義が彼女たちの琴線に触れる必要があり、そういう意味では少しばかり面倒な存在ではありますが」
そして彼女たち……VR傭兵は文字通りのワタリガラスのようだった。
世論であっさりと靡き、気分次第で適当に陣営を変えまくるような、俺の脳内に「世論で手首をくるくる回す掲示板住民」という認識が浮かぶ。
──まぁ、人間なんてそんなものか。
噂に踊らされて右往左往、適当に人の噂話で盛り上がってはその噂が人を傷つけるなんて考えもしていない。
600年程度の月日だけじゃ、人間は進歩すら出来ないんだなぁと若干感傷に浸っていた俺に向け、我が海上都市の実質上の最高責任者である
「だからこそ、我々がこの局面で狙うべきは……」
そこで彼女が少しだけ言葉を止めたのは、俺に考えさせる時間を与えてくれたのか、それともこういう演出をすることで俺に有能であると認めてもらいたかったのか。
理由は兎も角、婚約者であるリリス嬢がそういうノリが好きなのであれば、形ばかりではあるものの夫として俺もその趣味に付き合ってあげようと、彼女の呼吸に合わせて俺も口を開く。
「外民ですね」
「レイヴンだな」
俺とリリス嬢の口を開くタイミングは見事に一致したものの……口にした言葉は決定的に違っていたのだ。
「……あれ?」
だから、だろう。
俺と彼女との間の空気は凍り付いてしまい……そんな間抜けな俺の一言だけが静まりかえった部屋の中でやけに大きく聞こえたのだった。
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