12-3 ~ 雇用方針 ~
この未来社会で
あのファッカーのクソ野郎ならば怒鳴り散らして相手が意見を引っ込めるまで待つだろうし、他の連中だろうと女性を見下しているあの様子から察するに似たところはあるだろう。
大人しいアレム先生なんかは理詰めで相手を言いくるめ、俺が暮らしていた時代ではロジハラとかいう訳分からない単語で言い表されそうな行動を起こしそうな気はする。
理屈が完成していれば、それはただの説得じゃないかと小一時間……
閑話休題。
少なくとも俺は、自分を文明人だと思っているし……そして文明人とは言葉を用いて意思の疎通を図り、着地点を模索していく生き物だと思っている。
「も、申し訳ありません。
すぐにその方向で……」
「いや、お互いに長短を話し合おう。
少なくともこの一分一秒で戦況が変わる訳でもなし」
だからこそ俺は、こうして女性側が一方的に意見をねじ伏せられる社会が当たり前とは思わず、土下座しかねない勢いで謝って来た婚約者の言葉を止めて、お互いの意見を討論させることとする。
たったそれだけの、言語を発する人類としては当然のことで、顔を紅潮させ涙を浮かべ始めたリリス嬢ではあるが……いちいち落ち着かせるのも面倒なので、そのまま話は進めるべきだろう。
「外民を使うと言っていたが、どういう意図なんだ?
練度の低い兵隊を集めたところであまり意味がないと思うのだが」
そうして俺が語り始めた途端、リリス嬢の顔は感激する少女のソレから一瞬で実業家のソレへと変貌を遂げていた。
この切り替えの早さも、11万人に1人という狭き門をくぐりぬけてきた
「まず、基礎資本力が足りませんので、練度と戦闘能力の高い正規兵で全て賄うことは不可能です。
幸いにして私たちの海上都市『クリオネ』は猫耳族に甘いと見られている前評判がありますので……これを生かし、外民として生きている彼女たちを雇い入れることで数的な互角状況を作り出すことが、現状考え得る最善手と愚行した次第です」
我が優秀なる未来の
現状では、あのファッカーの野郎との戦争では、都市民を総動員したところで100対750と数の差が圧倒的であり、戦いにすらなりはしない。
だからこそ数の差を埋めるのが最優先。
──戦いは数だよ、兄貴、だったか。
いつ誰が語った言葉だったかは忘れてしまったが、俺の記憶の中から突如としてそんな言葉が浮かび上がり、少なくともそれは間違いではないだろう。
だからこそ俺は数を埋めるべきだと思ったし、眼前の優秀な少女も俺と同じ考えをしている以上、考え方自体は間違えていない筈だ。
「なので、私の案としましては市民権を与えることで外民を大幅に導入しようと考えております。
猫耳族を始めとする外民たちは基本、テロリスト予備軍として戦闘訓練を行っており、仮想現実での死傷に忌避は少ないですし。
勿論、治安の悪化と現市民の方々との軋轢が心配されるところではありますが……」
ただし……俺と彼女とでは、数の埋め方が全く違う。
どうも彼女はアメリカの軍人システム……軍に一定年数所属していると市民権を得られるとかいう21世紀であったアレを考えているらしく、それは確かに効果的だと思われる。
尤も、彼女の語った懸念は間違いなく今後について回る短所そのものであり……外民の人たちが都市に引っ越してきて、一体どこまで規則を守ってくれるか分からないところが、彼女の案を通す不安要素となることだろう。
実際、彼女はそれを理解した上で……都市運営に瑕疵を残してでも、俺の吹っ掛けた喧嘩に勝とうとしてくれているのだ。
──そう考えると、短絡的にぶん殴ってしまったことに、罪悪感が少々……
ともあれ、そうして彼女が語り終えた後は、俺が自分の考えを伝える番であり……未来の
「金がなく、数で負けているという基本な考え方は同じだな。
ただし、俺は兵士を雇うのではなく、市民権で釣るのでもなく……タダで来てもらおうと考えている」
俺の説明がそこまで至った瞬間、リリス嬢が目を見開き口を開きかけた……が、男性の言葉を途中で遮るのを躊躇ったのか、彼女の口から疑問の声が漏れることはなかった。
いや、もしかしたら21世紀の頃と違って、未来の教育では「人の意見を野次や抗議で遮ってはいけません」というディベートの最低限のマナーが教え込まれている可能性があり、過去の日本の政治家やコメンテイター連中にも義務化させて貰いたかったのだが……まぁ、今はまだ説明の途中であり、
「俺とあの野郎との喧嘩のいきさつを大々的に宣伝する。
そして、俺がこれから都市間戦争まで、毎日戦闘参加者と一緒に訓練に参加する。
これで、どれだけの参加者が集まると思う?」
「……それは、あまりにも、あなたの、そのご負担が……」
俺の提案はこの未来社会の女性たちにとって非常に美味しい餌になってしまうと理解したのだろう。
未来の
とは言え……
──ゲームやるのはいつものこと、なんだよなぁ。
仮想現実で痛みと疲労を伴う戦闘を毎日行うなんて、VRゲームを知ってから毎日のように行っているし……そもそも俺は毎日毎日やることがなくて困っているのが実情だ。
未だに記憶の残滓にへばりついているような、絶望と狂気に塗りたくられている労働条件で働きたいとは欠片も思えないものの……それでも多少の義務くらいならば果たしてやろうとは思うくらいには暇を持て余しているのが現状なのだ。
出来れば本来の義務の方も頑張ろうと思ってはいるのだが……生憎とまだ我が息子様が元服なさる日は遠そうだ。
「その案を実行するなら、恐らく……外民を入れる必要もない、でしょう。
残る700名の枠は全て、レイヴンたちで埋まると思います。
いや、彼女たちは相当の確率で移住を希望することとなるでしょう」
俺の提案を聞いた未来の
彼女の肯定を聞いた俺は、自分の考えが間違っていなかったことに知らず知らずの内に軽く安堵の溜息を吐き出していた。
──そりゃそうだろうなぁ。
とは言え、勝算がなかった訳じゃない。
この未来社会の女性は、俺の暮らしていた時代ではモテない男性と同等……その中でも不人気なVR戦争ゲームなんかにハマって各地の都市間戦争にまで出入りしている連中は、要するに21世紀で言うところのFPSをやりこんであちこちの大会に顔を出す類の、孤高のゲーマーみたいな連中だ。
その事実を理解できたのは、「物理的処置済みの全身機械化警護官の体験ゲーム」というマイナーゲームを共にやっている戦友たちと少しばかりおしゃべりをしたから、だった。
ちなみに彼女たちを雇うことも少しばかり考えたものの……一緒に遊ぶ戦友を部下にしてしまうのは何というか、その、折角の遊び友達を無くしてしまうような気がして気が引けてしまい、仕方なく見送ったのだが。
それは兎も角として。
そんな孤高のゲーマー共の集まりに、突如として異性が入り込むと……21世紀の感覚に変換すると、「野郎共のゲームサークルに、ゲームに理解を示してくれるばかりではなく、明らかに距離感がバグった女性が入り込んできて『一緒にゲームをしましょう』って宣言した」なんて状況になり……その場合ゲーマー共がどうなってしまうかなんて考えるまでもないだろう。
当然のことながら、ほぼ全員が「一緒に遊ぼう」と手を上げてしまい、その内の何割かが迂闊にもあっさり惚れてしまうに違いない。
これをもし名付けるとするならば、『オタサーの姫』作戦。
異性に飢えている連中がこの餌に飛びつくのは必然であり……そんな独身喪女の悲しい習性を利用した、アユの友釣りみたいな本能に訴える系の、極悪非道な戦術である。
先日、自都市で志願兵を募る時にも同じような手法を用いたものだが、あの時は「有効だろう」という程度の感想しか抱いていなかった。
それが、今日になってようやくこの極悪非道の戦法が一体21世紀でどういう代物なのか、その具体例を思いついてしまい……それを「意図的に自分がやろうとしている」というその事実に、凄まじい自己嫌悪に襲われたのだが。
それでも、俺はきっちりとゲームを楽しもうと思っていることは紛れもない事実なので……一緒に遊ぶ女性たちも、多少の政治利用くらいなら許してくれると信じたい。
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