第十二章 「都市間戦争編」

12-1 ~ 戦闘訓練 ~


「人を集めなくてはなりません」


 仮想空間におけるファッカーの野郎と戦前交渉を終えた直後、俺の隣に眠っていた未来の正妻ウィーフェ様は起き上がるなりそう仰った。

 あまり頭の出来がよろしくないのを自覚している俺でも、流石に彼女の言わんとしているところは理解していた。

 何しろ、我が海上都市『クリオネ』の人口はたったの100人余り。

 その内、戦闘要員は8人……俺の専属である男性警護官が5名、あまり見かけたことはないものの正妻ウィーフェ直属の警護官は確か3人いて、合計で8名である。

 都市全体を見張る治安維持部隊の女性たち……要するに俺の記憶で言うところの警察官の役割をしている準戦闘員を動員したとしても、たったの11人にしかならないのだ。

 そこに俺と正妻ウィーフェを入れたとしても、戦争をする上限である755人には程遠い現実があり……彼女が「人を集めなければらない」と口にするのは至極当然の結論でしかない。


「……参加者を募集するのは?」


「この都市の市民なら全員が参加することでしょう。

 いえ、させてみせます。

 ですが、それでも106名でしかありませんので、どうしても外部から雇い入れるしかありません」


 VRとは言えもの凄くリアルな感覚を持たされるゲームをさせられ、しかも殺される上に、痛みまであるのを強制するのはどうかとは思うものの……そもそもの頭数が足りないのだから、綺麗ごとなんて口にする余裕すらないのだろう。


 ──強制的な徴兵ってのは気に入らないが。

 ──ただのゲームだと割り切って考えるか。


 戦争と考えず、ゲームに過ぎないと考えると……21世紀の頃ならば、女の子から「一緒にゲームやろう」と誘われた場合、非モテ野郎の大半は鼻の下を伸ばし頷いていたことだろう。

 だからこそ、あの時代の男性よりも遥かに非モテ環境に置かれた女性が多いこの未来社会では、男の俺がたった一言、「一緒にゲームやろう」と言うだけで、女性たちは幾らでも付いてくる気はする。

 仮想現実とは言え、甘い文句で誘っておいて酷い目に遭わせると言うのは、強制よりは少しマシではあるが、詐欺の範疇に入る気がしないでもないのだが……まぁ、今は非常事態である。


「なら、訓練を実施しよう。

 勿論、俺も参加するので……市民全員に参加を呼び掛けてくれ」


「え、あ、はい?

 ……あの、本気ですか?

 殿方と一緒にゲームをやるなんて、市民の方々はあまり正気を保てないような……いえ、私たちで護るようにはいたしますが……」


 俺としては精子目当てとは言え、この海上都市『クリオネ』に住もうと思ってくれた人たちと一緒に遊ぼう……それくらいのつもりで提案した訓練ではあるが、政策決定者の正妻ウィーフェ様はどうにも気が乗らない様子だった。

 しかしながら……


 ──味方になる筈の市民が「正気を保てない」っていったいどんな状況だ?

 

 俺は溜息を吐き出しながら、声に出さないままにそう呟く。

 痛覚が50%しかないとは言え、それでも銃弾を食らえば痛いじゃ済まないほどの激痛が走る。

 幾ら色ボケに頭が染まったようなこの未来社会の住民でも銃口を向けられたならば、命令に従うくらいはするだろう。


 ──少し過保護過ぎるんだよなぁ。


 俺は彼女が都市内に告知を行っているのを横目で眺めつつ、そう内心でぼやきを零す。

 開始までたったの2時間しか設けないスケジュールに「誰か一人くらいは参加してくれるだろうか?」なんて思いつつ、俺はそれまでの暇つぶしを兼ねて都市間戦争の歴史を調べることにしたのだった。

 そして……

 彼女の懸念がただの杞憂じゃないことを知ってしまったのは、その日の訓練を開始してから5分ほど経ったときのことである。





「……これは、ひでぇ」


 俺は眼前で行われている大虐殺に、小さくそう呟くことしか出来ない。


「アルノー、そちらに向かいました。

 数7っ!」


「オッケー、目視した。

 排除する」


 ユーミカさんの叫びが木魂した瞬間、アルノーが手にしているガトリングガンが火を噴き、こちらへと向かって来ている女性たちが片っ端から血に沈む。

 彼女たちも武器を持っているというのに、何故かこちらに発砲する様子もなく、ホラー映画か何かのように……伝統的な歩くだけのゾンビではなく、目を血走らせて走って来る系のアレではあるが、一切の戦術戦略を用いることなく突っ込んでくるだけなのだから、もう本当に救いがない。


「狙撃っと、はいキル1追加」


「……エネルギーバズーカで吹き飛ばすのを狙撃とは言わないと思う」


「北北西から一気に20っ!

 これで最後っ!」


 トリーの遠距離射撃に、仮想障壁で足場を作ったままのタマが突っ込みを入れ、射程のあまりないエネルギーマシンガンしか持っていないヒヨは上空からの目視によってレーダー代わりを務めている。


 ──レーダージャミング対策、か。


 ゾンビアタックを繰り返すだけの市民たちではあるが、一応はレーダーを潰すくらいの知性はあるようで……しかしながら、手にした銃器を用いるでもなく、無策に突っ込んで来るだけなのは何故だろう?

 本来ならば、レーダーを潰し終えたら上空の監視役は狙撃で叩き落とすことに専念するのが基本だと思うのだが……重ねて言うが、どうも訓練に参加している市民たちはそんな戦術的行動を一切行っている様子がない。

 いや、それ以上に……


「……どうしていちいちアーマーを脱ぐんだ、猫耳族アイツら

 

「……それは、その、いえ……」


 素朴な俺の疑問に、俺の隣で最終防衛線を兼務している正妻ウィーフェ様が目を逸らしながら言葉を濁すばかりだった。

 実のところ、戦場で裸になる行為自体は別に珍しいモノじゃない。

 戦国絵巻の中では、賭けに負けて鎧兜を巻き上げられたと思しき人が描かれていると授業中、耳にしたような記憶があり……まぁ、戦場でBQCO脳内量子通信器官による真偽判定を行うのは危ないからスルーしたが。

 とは言え、ほんの2時間前に開催を決めた模擬戦で、賭けに勝った負けたが出来ないのは明白だった。

 しかも猫耳族ばかりか市民のほぼ全員が半裸となり……いや、コイツらがのは、我が婚約者様の助言によって模擬戦に『全裸禁止』の項目を設けたお陰なのを考えると、どうも彼女の助言は非常に的を射ていたらしい。


「その、アピールだと思います。

 普通に訓練しても、あなたの目に留まることは少ないので……」


 正妻ウィーフェ様のお言葉は実に真っ当なもので……彼女たちが脱ぐ理由は何となく理解できた。

 事実、警護官である三姉妹たちも「仕事するより恋人ラーヴェの座を射止める可能性の方を優先する」とまで言い切っていたくらいなのだから、彼女たちが市長である俺の目に留まろうと、この場で脱ぎ始めてしまったのも、この未来社会においてはある意味必然なのだろう。

 だけど……


「いや、そもそも……まっとうに訓練もしないヤツが、恋人ラーヴェになれると思ってるんだろうか?」


 それなりに社会人をやっていた人間としては、恋愛感情を抱く相手はやはり「真っ当な社会人生活をやっていて、ある程度常識が合う人にしたい」と思うのが普通だと思うのだが。

 いや、当然のことながら性的関係だけで言えば、売春婦やらデリヘル嬢やらと関係を結ぶのはだと思ってるが……そういう相手を恋愛対象として見るかどうかは別問題だろう。

 勿論、ヤっちゃった後で情が湧てしまうことは、別に否定しないけれども。

 だけど、この未来社会では男が一発ヤろうものなら恋人ラーヴェとして一生の責任を負わされるような社会である。

 男の一発が重いのか女の扱いが軽いのか微妙なラインではあるが、俺の感覚で言えばそういう感じの……ある意味、将軍やら皇帝やらの後宮に似ている状況に立たされているのだ。

 そんな中では、そこら中の女に声をかけまくって迂闊に恋人ラーヴェを選びまくる、なんてエロいゲームみたいな真似が出来る筈もなく……


 ──まぁ、今の俺はそれ以前の問題ではあるんだが。


 そもそもナニが奮い勃たない以上、恋人ラーヴェを作る以前の段階であり……そんな身体だというのに女性たちを仮想とは言え死地に送っている自分に少しばかり罪悪感を覚えなくはない今日この頃。

 とは言え、どうせこのも、この未来社会においては「生存本能に訴えかけた云々で、少子化対策のために奨励されている行為」なのだろうとは思う。

 貴重な男性である市長同士がいがみ合い、仮想とは言え女性同士が殺し合うというのに、中央政府によって禁止されてはいないのだから。

 しかしながら、そうして推奨されているような戦争も、これほど市民たちの練度が低いようだと……


「このままじゃ、役に立たない、よな?」


「……はい、せめて役に立つまで訓練を。

 そして、同時に傭兵の雇用を進めようと思います」


 幸いにして俺の見解と正妻ウィーフェ様の見解は同じ……この訓練を目の当たりにして、市民たちで頭数を揃えただけでは絶対に勝てないと判断したらしい。


「予算の関係上、都市計画に狂いが生じるので、出来れば少数で済ませたかったのですが……」


 尤も、彼女がボソッと呟いたその一言で、俺と彼女との視野が少しばかり違うことを……眼前の戦争しか見てなかった自分を少しばかり恥じる羽目に陥ったのだが。

 それは兎も角として、俺の我儘で始まった戦争は、よくできた眼前の正妻ウィーフェ様にまだまだ苦労をかけてしまうようだった。

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