第十一章 「戦前交渉編」
11-1 ~ 戦争の原因 ~
「あ~、リリス。
悪いが、その、戦争することになってしまった」
「……ふぁっ?」
学校から帰るや否や、相変わらず部屋で仕事をしている未来の
その3秒後……俺の放った言葉の意味を理解するのに必要だったらしき3秒が経過した後に、婚約者であるリリス嬢は驚きのあまり椅子から床へと転がり落ちるという大げさなリアクションを見せてくれる。
ついでにブレザー系の制服だったお陰で、淡い水色の下着まで見せてくれていたのだが……そんなことよりも、俺が名前を呼んだ瞬間に浮かべた喜色満面の表情が、「戦争」という言葉で真っ青に染まるという百面相の方に意識が向いてしまい、残念ながらソレをじっくり眺める余裕には恵まれなかった。
「せ、せせせ、戦争っ?
戦争ですって?
何で、何故、何ゆえに、そんなことにっ?」
ひっくり返った亀の真似事をしているつもりなのか、非常に表現しづらい格好で
──大げさだなぁ。
この未来の、都市間で起こる戦争なんて所詮は仮想空間で殺し合う程度の『お遊び』……要するにサバゲーどころか体感型のFPS程度でしかないのだから、そう驚くほどのこともないだろうに、なんて考えている俺は、婚約者の少女が見せた驚きに全く共感出来やしない。
確かに戦争というくらいなのだから、都市人口を動員するとか結構な手間はかかるだろうけれど……それも所詮は仮想現実の中での話である。
俺としては、流石に「〇〇ちゃん、あーそーぼー」とは言わないが、「『求、戦友、12日00:00時より』って掲示板に張り付ければ、暇をしているヤツらが勝手に集まって来るだろう」という感覚から逃れられなかったのだ。
……だけど。
椅子の存在を忘れたかのように床に直接座ったまま、仮想モニタを開き色々と確認を続ける婚約者様の慌てっぷりを見る限り……どうやら「俺の考えは少しばかり甘かったのか?」という気分に、今さらながらなり始めていた。
「あ~、VRで戦争するだけなんだが……問題が、何かあるのか?」
「ありますよっ!
山積みですっ!
一緒に死んでくださいって言わなきゃならないんですっ!
一体、相手はどこの……えっ?」
だからこそ、俺はそうおずおずと問いかけたのだが……未来の
……直後に鎮火する。
「……嘘……」
そんな一言を呟いたきり彼女が固まってしまったことに首を傾げる俺だったが……すぐさま彼女がそうなった理由は察することが出来た。
俺の眼前に展開した仮想モニタ……彼女が開き目にしてしまった画像を転写し、俺の目の前に持ってきたソレには、次の戦争で相対する敵都市と、その市長の名前とが載っていたのだ。
……地上歩行都市『ファッカー』。
現在、人口は3,000人を超えており、これは『都市』平均人口の半分くらい……要するに未だ発展途上ではあるものの、人口100人程度の弱小都市が敵う相手ではないことを意味している。
まだあのファッカーとかいうクソ野郎が十代半ばであることを考えると、あの野郎の都市は非常に発展が進んでいると断言できる。
──まぁ、兄弟持ちだからな。
──人気も高いんだろうなぁ。
男女比1:110,721という頭のおかしいこの未来社会で、その狂った男女比率が更に進行しているという事実は、男子が減少傾向にあることを……基本的に「一つの都市で男子が一人すらも生まれない可能性がある」ことを意味している。
そんな中、歳の近い男の兄弟がいる都市を見れば、誰だってその恩恵に預かりたいと思うだろう。
何しろ女性たちは男児を産むだけで人生丸々遊んで暮らせるだけのお金が振り込まれるというのだから。
そして……
──気付かれてしまったんだろうなぁ。
俺が何故、都市『ファッカー』との戦争をする羽目に陥ったのか。
俺としてはその理由を口にしたくなかったのだが……残念ながら同級生ですらないあの野郎と俺との間には、接点になりそうな要素などただの一つしかない。
……そう。
眼前で信じられないと目を見開いている未来の
「まさか……そんなのって……」
次に彼女の前にある仮想モニタが映し出したのは、都市『ファッカー』側が流し始めたプロパガンダ動画……要するに今回の戦争に至った原因……俺の右スマッシュだった。
その原因としてファッカーの野郎が俺の
しかしながら……
──えげつねぇなぁ、市長特権。
眼前で未来の
勿論、女性同士の間ではプライバシーは保護されているのだろうが……男性がその埒外にいる時点でまさに未来社会だと言うしかない現状があった。
21世紀人にもわかりやすく言うと、人様の携帯やパソコンの閲覧履歴・検索履歴を合法的に探れるのに近い。
「い、今からでも戦争を取りやめて下さいっ!
私との婚約を破棄してっ!
こんなのは、あなたのためになりませんっ!」
「……阿呆。
これは男と男の喧嘩だ。
黙って俺を勝たせろ」
我に返った婚約者様はすぐさまそんな提案をしてくるものの……生憎とそんなのは予想の範疇である。
彼女が言い出すだろうそれらの言葉を一切聞くつもりがなかった俺は、自分の中で最も男らしい言葉を選択し、完全に上から目線で一方的に叩きつける。
まぁ、ぶっちゃけた話、記憶の片隅に残っていた昭和の頃に見たらしきドラマの、亭主関白のような台詞をもじっただけの……令和の時代ですら時代錯誤と言われるような、演技がかった下手糞な台詞だったのだが……
少なくともこの男女比がイカれた未来社会では、その効果は絶大だったらしい。
「……は、はい。
この命に代えましてもっ!」
個人的な意見を言わせていただければ、たかが十代の餓鬼同士の喧嘩が発端の、VRで行い誰も死なない戦争ごっこなんかで、命なんて高価なモノを懸けられてしまってはたまったものじゃないのだが……
当事者である婚約者様のやる気に水を差すのもどうかと思い、取り合えず俺は口を噤み彼女の思うが儘にやらせてみることにしたのだった。
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