10-11 ~ 宣戦布告 ~


「……害虫、ね」


 同級生である強姦魔レイパー君の言葉を聞いた俺は、呆れかえってそう呟くことしか出来なかった。

 確かにこの未来社会ではほぼ機械化が進み実感が湧かないのだろうけれど……それでもやはり人間はお互いが助け合わないと生きていけない脆弱な生き物であることに違いはない。

 自分が曲りなりにも社会人をやっていて、会社内という狭い範囲とは言え助け助けられという相互関係を築いていたからこそ理解できるのだが……人間社会というものはそうやって小さな助け合いが見えないほどの大きな輪となって造り上げられているのだ。

 特に、これほど男女比が偏ってしまった未来社会においては、幾ら機械化が進んでいたとしても、男だけでは都市一つを築き上げることも叶わないだろう。

 

 ──それが……分かる訳ないか。


 自分も学生の頃はそうだった。

 自分一人の力で生きていけると思っていたし、何の役にも立たない勉強を強要される日々に嫌気がさしていたし、親の小言の意図なんて何一つ理解しようとも思わなかった。

 まぁ、実際に社会人をやってみると、両親が何故そういうことを言っていたのかをようやく理解できるようになりはしたのだが……その時はもう社会人であり、学ぶには遅すぎたというオチが付くのだが。


 ──どんな小言を言われたかは、もう覚えてもないんだけどな。


 既に親の顔すらも思い出せない俺ではあるが……細かいエピソード記憶が吹っ飛んでしまったこの脳みそにも、社会人になってから「親の言っていたことが正しかったんだなぁ」と実感した感嘆だけは未だに焼き付いている。

 ……そして。

 そんな俺の脳みそ内の事情を彼らが知らない以上、今この場でどれだけ言葉を連ねても彼らの価値観を修正することなど出来る訳もなく、ただ言葉が上滑りするだけでしかない。

 結局、人間は痛い目を見ないと学習しない動物の一種でしかないのだから。

 

「そうだっ、害虫なんかのために、こんな酷いことをっ!」


 殴られた後で泣き喚いて、ようやく落ち着いてきたのだろう、強姦魔レイパー君の兄とやらがそんな抗議の声を上げる。

 ただ、そんな威勢の良い態度も俺が少しだけ拳を握りしめて見せると……


「ひぃっ、暴力反対っ!

 何て野蛮な餓鬼なんだっ!」


 酷く脅えた眼でこちらを見上げ……だと言うのに、口は減らずそんなふざけた言葉を吐く始末である。

 無神経な暴言は身体ではなく心を抉るものだから、暴力なんかよりもずっと傷が深く残るとは考えないのだろうか?

 いや、そもそも……


「暴力って大げさな。

 たかがVR程度、暴力にも入らないだろうに……」

 

 600年前の、VRなんてない時代に生きていた俺としては、そうぼやくしかない。

 事実、この身体はただの仮想データでしかなく、元の身体に戻れば幾ら殴られようが怪我一つ残っていないのだから……たとえ殺されたところでそんなに騒ぐほどのことじゃない、というのが俺の感覚である。


「何、無茶言ってるんだ、アイツ」


「もしかして、VR犯罪って知らないのかぁ?」


「……あ~、俺、二年前に罰金刑食らったっけな」


 尤も、俺の考え方というのは、この未来社会では少しばかり時代錯誤が過ぎるらしく、級友たちの口からはそんな呟きが零れていた。


 ──VR犯罪って……


 俺がそんな疑問を抱いた次の瞬間には、BQCO脳内量子通信器官によってその新たな知識が頭の中に転送されてくる。

 とは言え、それほど難しい話でも面倒な話でもなく……今から200年ほど昔の、男女比がもう少しマシだった頃に、VR空間内で女性による男性への付きまとい、セクハラ等が横行し、VR空間内も基本的に通常社会と同じように犯罪を取り締まろうという法律が出来た、というだけの話である。


 ──まぁ、ネトゲでも変なヤツ湧いてたらしいからなぁ。


 女性キャラのスカート内を覗き込む変態とか、リアル女との出会いやらを求めてナンパを繰り返すアホとか、まぁ、色々と記憶の底から浮かんでは来るものの、俺自身はその手のゲームをやった記憶はさほどないのだが……そうしてやったことのないゲームでも悪質行為が記憶に焼き付いてしまうほど、その手のマナー違反者連中の迷惑さは常軌を逸していたのだろうと推測される。

 である以上、VRが普及しているこの未来社会において、男性に対するセクハラや女性同士であっても暴力行為が問題にされない筈もない。


 ──そういう意味じゃ、俺のやってたゲームって……


 通常痛覚と疲労度で巨大な蟻と殺し合うゲームやら、サイボーグとは言えぶん殴り合って殺し合う系のゲームなんて、実のところ一般人からは滅茶苦茶敬遠される系のゲームではないだろうか?

 単に、昔と違ってAIがデータ保持してくれる関係で管理費が要らないから残されているだけで……

 俺自身としては、ゲームと言えば殺し合うか撃ち合うか殴り合うかという固定概念があった所為で、それが普通と思い込んでいたのだが……

 そうして俺が自分の今までやっていたゲームについて思いを馳せている間に、殴られた当の本人は俺の言葉を受け、厭らしい笑みを浮かべやがった。


「か、仮想現実ならどんな怪我をしようと暴力じゃない、そ、そ、そう言ったなっ!」


「……あ、ああ」


 この未来社会においても、一度吐いた言葉を呑み込む技術などは存在する筈もなく……俺はこの泣き腫らした顔を晒す年上の男の声に、ただ頷くことしか出来やしない。

 まぁ、また自分の女を馬鹿にされたならもう一度ぶん殴ってやろうとは思っていたが。


「な、ならっ!

 せ、せ、戦争だっ!

 お、お、お前なんてっ、VR空間で、ぶっ殺してやるっ!」


 この男……よく考えてみればまだ名前も知らない強姦魔レイパー君の兄は、俺に向かって血走った眼でヒステリックにそう叫んだのだった。

 その言葉の意味を理解した瞬間、俺はB脳内Q量子C通信O器官に接続して銃器を具現化……VR空間内のゲームで出来るコマンドを打ち込むものの、学校は武器系統の実現は不可能とされているらしく、俺の右手はただ虚空を彷徨うだけに終わってしまう。

 ならばと、近くに転がっていた椅子を手に取ると、眼前の頭一つ分身長の高い男に叩きつけるべく、大きく振りかぶったのだが……


「待てっ!

 待て待て待て待てっ!

 今すぐじゃないっ、椅子を下ろせっ!

 下ろしてくれぇええええっ!」


 すぐさま男の、身体全体を両腕で庇いながら必死に哀願するその叫びを聞いて椅子を片付けることになってしまう。

 まぁ、実のところ腰が引けた挙句、ビビり過ぎて鼻水と涙を垂れ流しにしている男の顔があまりにも情けなかったので、椅子でぶん殴ることに少しばかり躊躇ってしまったのが真相なのだが……


「戦争は国際法でレギュレーションが決められているんだよ。

 お互いの数と、武器とかを合わせてやるんだよっ!」


「学校で習う以前の教育だろうに……

 何でそんな常識も知らないんだ、この野蛮人の餓鬼は……」


 強姦魔レイパー君とその兄が悲鳴に近い声でそう叫んだことで、俺はこの時代の戦争について初めて知ることが出来た。

 一番最初に目にしたのがテロリストの襲撃だった所為もあり……この未来社会であっても戦争は戦争、問答無用で人が死ぬ地獄のような代物だと思っていたのだが、どうやらそれなりに未来ではも生まれているらしい。


 ──いや、違うか。


 BQCO脳内量子通信器官を通じた検索結果によると、この600年後の未来社会では、戦争にも三種類あるらしい。

 一つは、国家間戦争。

 直近で一番有名なのは、地球圏を主な支配域とする地球政府と、木星のアステロイドベルトを中心とした木星政府との間で、鉱物の開発権を争っている対木星戦争のことだろう。

 当然のことながらこちらも最初にルールを規定し、ある程度の裁量を決めて殺し合っている訳ではあるが……それでも俺の知っている戦争に近い。

 二つ目は、世界各地でたまに非市民が引き起こす男性強奪戦争のことである。

 正直、大規模な強盗というか誘拐……戦争と言うより襲撃と言った方が正しいのだが、賊が数十人から数百人単位になり、防衛側も都市一つで応戦するため、確かに戦争として扱われてもおかしくはない。

 ちなみにこちらは宣戦布告もなければルールすらもない、問答無用の無法地帯である。

 唯一のルールは、男性を傷つけないこと……強奪者側も男性が欲しくてやっているため、男性を傷つけては戦争する意味がなく、女性たちの間ではかなりの死傷者を出してはいるものの、男性の犠牲者が出たことだけはないようだった。

 そして三つ目が、今俺が直面しているコレ……男性同士の意地の張り合いによって発生する、VRを利用した都市間戦争である。


「まさか、逃げるとは言わねぇよなぁ?

 なぁ、クリオネ君よぉ?」


「あ~、その前に、一つ」


 どうせ戦いは避けられないと悟った俺は、人様を見下すように厭らしい嗤いを浮かべる眼前の男に向け、ずっと気になっていたことを訊ねることにした。


「何だよ、今さら命乞いかぁ?

 残念ながら、もう詫びの受け付けは……」


「あんた、誰だっけ?」


「……てめぇっ、ふざけてんのかぁあああっ?」


 こうして、俺とこの男……結局、名前も聞けなかった強姦魔レイパー君の兄貴との決裂は確実となり。

 俺の海上都市『クリオネ』は、彼の都市『ファッカー』との間で戦争状態に突入することとなったのだった。

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