11-2 ~ 戦争をする前に ~



「戦争を始めるにあたりまして、まず最初に行うべきはです」


「……ん?」


 一時期は離縁を申し出るほどに悲壮感を漂わしていた未来の正妻ウィーフェであるリリス嬢は、5分ほどが経過して落ち着きを取り戻したと思うと、すぐさま口を開いてそう告げる。

 その言葉はこの時代のルールを知らない俺からしてみるとさっぱり理解が及ばない内容でしかなく……俺は思わず首を傾げてしまう。


 ──まずは、奇襲攻撃だよな?


 俺の頭の中にある戦争という漠然としたイメージを言語化すると、最初に行うべき第一手はそんなモノだった。

 尤も、直後にBQCO脳内量子通信器官によって「そのイメージは1941年に実行された太平洋戦争のイメージです」と否定された挙句、「宇宙歴238年以降、戦闘開始前における現実世界での奇襲等の妨害行為は国際法により禁止されており、非常に高額の罰金刑を課される恐れがあります」という突っ込みまで頂いてしまったが。


 ──なら、まずは経済封鎖か?

 ──いや、相手の都市にスパイ送り込んで、情報機関の統制もしくは世論の操作か?


 俺は思いつく限りのを頭に浮かべるものの、やはりBQCO脳内量子通信器官を経由した知識によってそれら全てが妨害行為……戦争犯罪に該当するとの指摘つっこみを受けてしまう。

 実際のところ、既に都市『ファッカー』はそれに該当することを行っているようだったが、嘘偽りのない事実を……「ことで自分に有利になるような情報で世界中に発信し、戦争の大義名分を得る」というのは世論操作には該当しない、ギリギリのラインなのだろう。

 ちなみにではあるが、BQCO脳内量子通信器官がついでに送ってくれた情報によると、相手都市の報道機関を統制しようにも情報化が進みまくったこの未来社会では情報なんてモノはほぼ駄々洩れ状態であり……ついでに言えば、ニュースがほぼAIによるチェックが入るこの未来社会では、フェイクニュースを流そうにも即座に指摘が入ってしまうらしい。

 勿論、多少の事実を伏せることは可能ではあるが……そもそもVRを始めとする情報技術によって情報伝達にタイムラグがほぼなくなっているこの時代では、情報を伏せたところでそこまで大きな効果はなく、第一印象を少しばかり修正する程度に過ぎないのだとか。


 ──それでも、女性たちの印象は変わる、か。


 ならばこの情報操作も、「やっても大差ないと分かっているが、やれる範囲でのちょっとした嫌がらせを実行してみた」程度のような感覚だと思われる。

 そもそも市長権限を用いるだけで、戸籍、健康状態、財産状況、容姿スタイルに病歴、購入品の履歴から検索履歴までの個人情報を始めとして、企業の財政状況から行政文書まで……よほどの国家機密以外は、全て開示請求すらせずに閲覧が可能となるのであるのがこの未来社会である。

 残念ながら、行政文書や企業の財政状況に関心を持つ男性などほぼ存在せず……無用の長物と化している権利ではあるらしいが。

 例外があるとすれば、別都市の市長のプライバシーだけだが……俺は野郎のプライバシーなんぞ欠片の興味もなく、そんなものを知って喜ぶのはあのホモ=セクシャルを公言しているアレム先生の類だけだろう。

 余談ではあるが、女性が情報開示の権利を行使する場合、個人のプライバシー情報に関する関係は基本的に伏せられ、行政文章も法で定められた一定期間が過ぎたものだけに限られるとか。

 そんなことを考えている間にも、我が未来の正妻ウィーフェは何やら仮想モニタを操作して調べ物をしていたようで……


「都市間戦争を行う場合、まずは相手方の都市と折衝を行い、『参加人数』、『戦場の指定』、『使用する武器の範囲』、そして『勝利条件と敗北条件』等を決める必要があります。

 こうしなければ、戦争にすらなりませんので……」


 十代半ばとは思えないほど堂々とした声で、俺に対して都市間戦争をそう教授してくれる。


「……確かに」


 リリス嬢の口から放たれた言葉に、俺は納得せざるを得ない。

 確かに勝利条件も敗北条件も決まっていないVRの戦争なんて、ただの泥沼でしかないだろう。

 何しろ無限コンテニュー可能なFPSを時間無制限で続けるようなものなのだ。

 ……そんなぐだぐだの戦闘なんて、相手の心が折れるまで延々と続く泥仕合となるのが目に見えている。

 そういう意味では、この未来社会での戦争は、中世ヨーロッパ辺りの戦争に近いと言えるだろうか。

 まぁ、俺の曖昧な記憶でも更にうろ覚えでしかないのだが、お互いに数を決めて決戦の日時を決め合い、名乗りを上げてから突撃をして、大将首を取ったら終わりとか何とか……そんなルールを完全に破って滅茶苦茶にしてしまったのがジャンヌ=ダルクだったとか何とか。

 

「ですので、まずは都市『ファッカー』との戦前交渉に入りますが、日時の指定とかはありますか?

 もしくは、戦争条件で絶対に譲れないところなど……」


「……細かいことは分からないので、出たとこ勝負、だな」


 恐らくリリス嬢は俺を勝たせるため、既に色々と策を練ってくれているのだろう。

 しかしながら、俺自身がこの未来社会で行われている都市間戦争に全く知識がないため……いや、そもそも21世紀で起こっていた戦争の知識すらろくに持っていなかった気がするずぶの素人でしかなく、有用な意見などどれだけ絞り出しても一滴すら出てこないのが実情である。


 ──こんなザマでよく戦争しようと思ったな、俺。


 まぁ、正確には喧嘩を売られてぶん殴ったら戦争を吹っ掛けられたというのが実情なのだが。

 そんな俺が勝てるかどうか分からない戦争に直面しているにもかかわらず欠片も慌てていない理由と言えば……


 ──所詮、VRの戦争ごっこだしなぁ。


 男子の首が取られる訳でもない……むしろ1:110,721というアホなレベルで希少な男が、プライド如きで命のやり取りをやらかし始めると、女性たちは全力でストップをかけてくることだろう。

 そして、今BQCO脳内量子通信器官で検索をかけてみたのだが、敗けた側の正妻ウィーフェが責任を負わされて離縁させられたことはあっても、それはあくまでも男側が強弁した所為であり、敗戦の義務という訳はなく。

 更に言えば、戦前交渉で賠償金や関税率についての取り決めがあれば都市が損することはあるが、今回のようなケースならば、そういう取り決めすら出てこない場合が多い。

 要するにこの時代の戦争なんざ、単なる野郎同士の意地の張り合い……言ってしまえばでしかない、という話である。

 もしかすると、凄まじい死者数を出した20世紀頃の世界大戦ですら、それと同じような低レベルの意地の張り合いが続いただけ、なのかもしれないが……まぁ、それも今となっては検証の余地などありはしないのだが。

 そして、ついでにもう一つ、俺が慌てていない理由を挙げるとすれば……


「だから、ま、頼む。

 上手いこと、交渉してくれ」


「は、はいっ!

 お任せ下さいっ!」


 この限りなく優秀な未来の正妻ウィーフェ……リリス嬢がいてくれるから、だろう。

 俺のどこまでも他力本願な言葉に、彼女はそう大きく頷くと……敵都市である『ファッカー』に向け、戦前交渉の連絡を取り付け始めたのだった。

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