10-6 ~ 警護官たち ~
白目を剥いて倒れてしまった未来の
何故ならば、当の婚約者様が穏やかな寝息を立て、「うへへへへ」とかいう100年の恋も冷めそうな寝言を呟き、涎を垂れ流し始めたから、である。
いや、普通に体調が悪いのならば水を飲ませるなり額を冷やすなり看病をする気にもなるのだが……平和そうに寝ている十代半ばの少女に対し、ただ見つめ続けるってのも具体的年齢こそ記憶にないものの、アラフォーとか言われる年齢だった筈のおっさんとしては、非常に体裁が悪い。
だからこそ俺は、眼前に仮想モニタを展開して都市の見回りを再開したのだが……
「……何やってんだ、このアホ共は」
見回りの再開を決意した時点では、開始して僅か15秒でそう呟く羽目に陥るとは思っていなかった。
まぁ、当然と言えば当然だろう。
ちょいと『自室』から外へと視点を飛ばしてみれば、市長である男性を護るための警護官が、俺の『自室』の防護壁にへばりついているなんて、誰が想像をするものか。
「これは、市長のお部屋の壁の検査だから、大丈夫」
「そうそう、力場の歪み一つで市長の命に関わる可能性もあるんだから」
「……仮想力場シールド、絶対に使い方間違えていると思う」
何をしているのかとじっと眺めて見てみれば、これはまた簡単で……タマの仮想力場シールドを任意の座標に固定し、その上にトリー・ヒヨ・タマの三人娘がのっかって、俺の自室の壁……俺の暮らしている最上階の家の、外側にある庭の、その更に外側にある不可視の仮想力場へと張り付いて、俺の部屋を覗こうと必死になっている、ようだった。
──電気的処置とやらはどうなってるんだ?
確か電気的処置を受けた警護官は、警護対象に性的興奮を抱けば
──市長の安全確保行動は最優先される、か。
──つまりが抜け穴みたいなもの、か?
21世紀でも、女性が溺れて心肺停止になった時、人工呼吸を行って助かった後で唇がどうのこうので逮捕されないように……多分されなかったように、緊急時の安全確保行動には電気的処置は通じないようになっているらしい。
実のところ、今送られてきた知識によると、仮想力場技術が発達したお陰で男性は
男性には自由に死ぬ権利すらないのかと小一時間問い詰めたいところではあるが、確かに野郎一人に対して都市を作成するだけの巨額投資を行っておいて、「勝手に死なれては困る」と女性たちが考えてしまうのは至極真っ当なこと、だろう。
「……しかし、それを悪用するとはなぁ」
彼女たち三馬鹿警護官は明らかに性的興奮を覚えているにも関わらず、電気的処置が届いていない。
現実問題として壁に張り付かれたところで実害はないからこそ、電気ショックが作動していないだけかもしれないが……まぁ、それは兎も角として。
──なんっつー格好してるんだ、コイツら。
光学的に偏向を持たせた仮想障壁に対し、ミニスカでへばりついているものだから、詳しくナニとは言わないがよく見えるのだ。
しかも仮想モニタの視点は自由自在に動かせるものだから、何となく大昔に見た記憶のあるAV並のアングルの、その上至近距離からも覗けてしまう。
問題があるとすれば、下心満載で大股を広げて壁にへばりついている女性に対して性欲を抱くことが難しいこと、くらいだろうか。
覗きに必死になっている所為で自分自身が覗かれていることを全く理解せず、恥ずかしい姿を晒しているという、ある意味ではミイラ取りがミイラになっているような、因果応報感がある。
「……まぁ、武士の情けか」
俺自身も下心からと言うよりは興味本位ではあるものの、仮想モニタを使って窃視を行ってしまった身である。
彼女たちの気持ちは分からなくはないので……壁にへばりつくことくらいは許してやろうと思う。
風呂場の中まで覗かれた訳でもなし……いや、まぁ、そうされたところで俺としてはあまり実害はないのだが。
「……さて、と」
そうして三人娘の愚行を目の当たりにしたお陰で、不意に残る二人の警護官が何をしているのか気になった俺は、三馬鹿を放ったまま仮想モニタを階下へと飛ばしていく。
アルノーはすぐさま見つかった。
5階にある防衛課……警護官に与えられた専用の部屋で、銃器の手入れをしていたのだから見つけ出せたのは当然とも言える。
未来の武器なのにそれほどの整備が必要なのかと気になったが、彼女がそうしているのはレーザーやビームなどの現代兵器ではなく、この時代では骨とう品に近い火薬を用いた重火器だから、だろう。
勿論、警護官の銃器類は厳重なプロテクトがかかっていてそう簡単に無力化することなど出来る筈もなく、そもそもクラッキング行為は違法であり、通信の全てが
だからこそ彼女は最悪の事態に備えて重火器の整備をしているのだろう。
──まぁ、ただの趣味、という可能性もあるが。
「残る一人の、ユーミカさんは、と」
アルノーの状況は理解できたので、俺は同階層にいる筈のもう一人の警護官……ユーミカさんへと意識を向ける。
彼女は眼前に数多の仮想モニタを開き、都市内を延々と見回っている辺り、忠実に業務をこなしているように見えた。
……だけど。
何故か口元がずっと、まるで何かを食べるかのように、噛むかのように、飲むかのように、延々と動き続けているのだ。
「……何、やってんだ?」
正直、一目見ただけならば、ガムでも噛んでいるのか、それともただのエア食事か、程度にしか思えなかったが。
──VR機能の限定使用。
……そう。
彼女は真面目な顔で仕事をしながらも、全くカロリーを摂取しない、存在していない食事を食べ続けていたのだ。
──そんなことが、出来るのか……。
理論上は理解できるのだ。
味覚なんて感覚の一つでしかなく、VRを用いればそれらをデータ上で味わえている以上、今俺が望むだけで舌の上に角砂糖を舐めたのと同じ感覚を再現することも可能だ、ということは。
……だけど、VRの食事で使う感覚をそのままリアルで味合いながら、しかも仕事をするいうのは、一体どれだけ高度な技術を要しているのか。
「……いや、冷静に考えればそれほど難しいことでもないのか」
俺自身も、納期がヤバい頃だと弁当を食いながらCAD図面を書いたこともあるし、ハンバーガー食いながら運転したこともある。
要するに彼女が行っているのは、それと同じことで……付け加えるなら、ただデータだけを食っているので、幾ら食っても満腹にはならず、幾ら食っても肥満になることも高血圧になることもない、ことか。
「……当時、こんなのがあればなぁ」
思わず俺はそう呟くものの、締め切り直前の深夜帯までかかる図面作成作業では、間食のカロリーなしでは残業を耐えられなかっただろう。
その所為でメタボと運動不足とが身体を蝕んでいたようで、体重計を気にしていたような記憶が微かに残っている。
まぁ、俺が北極の水底に沈められた病気の原因がその辺りの生活習慣にあったのかどうかすら、今となっては思い出すことすら叶わないのだが。
脳みその内部から吹っ飛んでしまった記憶をいくら幾ら思い出そうと頑張ったところで不毛であると、蘇生させられてからの生活で学んでいた俺は、首を振ることで過去がない不安と袋小路に迷い込んだ思考とを脳みそから追い出す。
「……さて、と。
一通り見回ったから、次は何をしようかな、と」
そう呟きつつも都市の見回りに飽きた俺は、眼前の仮想モニタに映し出されていた都市巡回モードを終わらせる。
未来の
流石に見捨てて自室へと戻るのも忍びなく……俺は女の子の匂いが充満しているこの部屋の中で若干の居心地悪さを感じつつも、仮想モニタ上で遊べる何かを探すのだった。
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