10-5 ~ ワーカホリック~
ナニが役に立ってくれないという現状の自分に危機を覚えたところで、男性という立場の俺に何かが出来る訳もない。
未来の
かと言って、精を吐き出す以外、この未来社会で男性に出来る仕事なんて一つたりともありゃしない。
……そもそも、男という生き物は市長という社会的地位を持ちながらも、自由に外出することすら叶わないのだから。
「……今日も、見回るか」
流石にニートである自分を自覚した翌日すぐにゲームをやれるほど俺の精神は強靭に出来ておらず……俺は静かにそう呟くと椅子に座りこんだ状態で眼前に仮想モニタを起動する。
その絵図はどう見てもダメ人間のソレであり、それを自覚した俺は見回りを一瞬だけ躊躇ったのだが……「男性は他にやることなんてない」と自分を正当化させ、眼前のモニタへと意識を向け直す。
さて、今日の見回りのお題は『仕事』である。
野郎が仕事できない環境に置かれているのだから、そうした女性自身はさぞかししっかりした仕事をしているのだろうと好奇心に駆られたからだ。
──まずは、と。
俺は眼前の仮想モニタを昨日と同じ都市見学モードにすると、この海上都市『クリオネ』で最も働いていると信頼できる少女のところへと視線を向かわせる。
……そう、我が未来の
俺の視点は壁にも、都市で二番目に偉い筈の
──こりゃ、ひでぇ。
机に座ったリリス嬢は、眼前に仮想モニタを16ほど開き、右のモニタに触れ、左のモニタを確認し、後ろのを前に持っていき、また新たなモニタを開きと……まるで八面六臂の如く人智を超えた動きで働き続けている。
恐らくではあるが、これだけの仮想モニタを展開しているのは、
電子化した図面データのチェックに、おっさんがいちいち紙で打ち出してチェックしているようなもの、と言えば聞こえが悪すぎるだろうか。
それよりも、彼女の問題は……その格好の方だろう。
「……気持ちは、分かるがなぁ」
彼女は、寝起きの……しかもパジャマをお情けのように上着だけ着た状態、だったのだ。
服を着替えている時間や化粧なんかも無駄だと思っているのか、身体を締め付ける体力精神力すらも無駄だと割り切っているのか……もしくは一睡もせずに働き続けているのか。
何となく最後のが正解だと思えるが……眼前で仕事をしている彼女は目の下にクマを作り、髪の毛はボサボサで……何と言うか、もし俺が「彼女のキッチリしたビジネスウーマンっぽいところ」が好きだったならば、100年の恋も冷める有様と言えるだろう。
まぁ、俺のために頑張ってくれていると知っている以上、俺が幻滅する訳もないのだが……それでももう少し身なりと健康に気を使ってくれと言いたくなってくる。
「こりゃ、流石にドクターストップさせるか」
以前に調べたところ、この未来社会の場合、男性は
だからこそ俺は、
「ふぁっ、えっ、な、なななっ、何でっ?」
突如、自室へと男性の突入を受けた彼女のリアクションは、21世紀では芸人になれるだろうというほど盛大なものだった。
少なくとも驚きのあまり椅子から転がり落ちるなんて生まれて初めて目の当たりにしたし、その直後も、流石に自分の顔が酷いことになっていると理解していたのだろう。
慌てて「見ないで下さいっ!」と叫びつつ、顔を俺から背け……その所為で尻をこちらに向けたのだが、パジャマを上しか着ていないものだから、ピンク色のパンツに包まれたお尻を俺に向ける羽目に陥っている。
──う~ん。
頭隠して尻隠さずだったか、その文字通りの状況を見ても、俺は特に興奮することもなく未来の
いや、鼻の下を伸ばしてゆっくりと尻を眺めたいという欲求自体はまだ枯れ切ってはいないのだが……その精神的な性的欲求と下半身とが全く繋がっていない実感がある。
ついでに言うと、リリス嬢はまだ十代半ばでしかなく、俺の好みから言うと一回りくらい若いのもこの問題の一因かもしれなかった。
「え、夢?
えっ、現実?
……私、今、寝ながら仕事してた?」
取り合えず驚きのあまり混乱の極みにあるらしき我が婚約者様は金髪の髪を振り乱しながら現実逃避と状況確認とを繰り返しているようだった。
尤も……人様に尻を向けなのでもう身体を張ったギャグをかましているようにしか見えなかったが。
「夢よ、これは絶対に、だって殿方が女性の部屋を訪れること自体、都市伝説のようなものでしかなくて、
どうやら俺が、先日彼女が来ていたセーラー服に合わせようと、気まぐれで学生服を着て彼女の部屋に訪れたことも、彼女の混乱に拍車をかける形になっているようだった。
確かに言われてみれば、彼女が来ていたセーラー服は、ほとんど神話に近いレベルで言い伝えられている、男女同権だった600年昔の、男子の性欲を掻き立てるという代物であり……男子の学生服もそれに類するモノに違いない。
そんなのを着た男性が、無防備にも女性の部屋に訪れるなんてあり得ない状況に陥った時、許容量を超えてしまった彼女の脳はそれ自体を夢だと判断してしまった……のだと思われる。
「……まぁ、寝ろ」
流石に見かねた俺は、ぶつぶつ呟き続けている金髪碧眼の婚約者様の肩を抱き留めると、ゆっくりと体温を彼女に分け与えるように密着しながら、彼女の身体に体重をかけてそのまま押し倒し、お互いに床へと倒れ込んだ。
そんな状況でも『自宅』内に働いている床上5cm機構はまだ生きているらしく、俺とリリス嬢の身体は不可視の仮想力場に抱き留められ、柔らかなベッドの上に横たわるのと同じような感触に包まれる。
「……ぁあ、温かい」
そうして異性と共に横たわった段階で、彼女の理性だか気力だかの限界が訪れたらしく……未来の
──絶対に、働き過ぎだ。
リリス嬢は寝不足の脳みそをカフェインか何かの興奮剤で強引に覚醒させているに違いないと考えた俺だったが……彼女が用いている眠気覚ましは、
例によって具体的な原理は俺の頭ではさっぱり理解できなかったため簡潔に言うと、
当然、血圧と血管の状態が
はっきり言って、我が未来の
「さて、と。
流石にこのまま放置するのは可哀想か」
さっき寝落ちしたのも、俺の行動なんかはただのきっかけに過ぎず……そもそもの原因は彼女の脳みそが既に限界を迎えていたから、なのだろう。
俺はここ最近のゲーム生活で鍛え上げられた両腕で彼女の身体を抱き上げ、そのまま奥にあるベッドへと運ぶ。
正直、北極の海から引き揚げられ、再生されたこの身体では十代半ばの少女の身体ですら持ち上げるのは一苦労であり、俺は歯を食いしばりながら必死に彼女の身体を運ぶ羽目に陥っていた。
実のところ、その気になれば
「……じゃあ、お休み」
俺は完全に白目を剥いて意識を失っている未来の
本来ならば女性の寝顔を眺めるなんてマナー違反も甚だしいのだが……正直、放っておくとリリス嬢は起きてすぐ仕事をしてしまいそうで、俺が彼女の寝顔をこうして眺めているのは、マナーよりも彼女自身の健康を優先した結果の不可抗力であると言い訳をしておく。
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