10-4 ~ 窃視 ~
その猫耳族の女性の部屋に視点が侵入してしまったことに驚く俺だったが……残念ながら驚きはそこで終わらなかった。
何しろ、部屋へと戻った直後にその猫耳族の女性はさっきまで着ていたスーツを脱ぎ始めたのだ。
「おいおいおいおい」
「人の家の中どころか、着替えシーンも見えるのかよ?」と内心で驚いている間にも眼前の女性はスーツをハンガーに掛け、次にスカートを脱いで隣の洗濯ばさみ付きハンガーに引っ掛け、次にシャツを……
「……まさかの、白、だと」
しかも柄物……猫の足跡が幾つもポイントされている、何と言うか二十代後半の女性が身に付けるとは思えないような下着の上下である。
加えて言うと、デザインがものすごく野暮ったく……男性の視線を全く意識することなく育ったから、十代前半で付け始めた下着がそのまま着ているような錯覚を覚える。
──まさか、な?
そんな疑問を脳裏に抱いたのが問題だったのだろう。
瞬時に
──ワイヤー可変型下着、か。
正確に言うと、21世紀で使われていたワイヤーとは少し違い、カップ全体が柔らかい布素材を張り付けた可変式の合金の微細ワイヤーを編み込んだ立体構造になっているようで、カップや身体の成長と共にある程度下着のサイズも変わることが出来る、らしい。
勿論、この600年後の科学力は合金の継ぎ足しが容易に可能であるため、金属部の可変は自由に出来るものの、布素材の関係から可変にも許容値があるようで……眼前の彼女のバストサイズが十代前半から変化していない限り、この下着をその頃から使い続けることは出来ないようだったが。
そうなると、完全にこの下着が彼女の好みと言うことになり……
俺は何となくさっきまでのエロス混じりの期待が消え失せ、代わりに見てはいけなモノを目の当たりにしてしまった後ろめたさに襲われ始める。
俺がそうして動きを止めている間にも、彼女が吊るしたスーツ類は機械式の箪笥のようなモノに呑み込まれていった。
──微細泡による洗濯、かな?
最近はゲーム明けにしか使っていなかったが、思い出してみれば脱いだ後の服も俺の見えないところで洗浄されていたと誰かから聞いた記憶がある。
目の前で行われているのはまさにそれ、なのだろう。
──そう言えば、服のままで風呂も入れるんだったか。
生憎と俺は、微細泡浴よりも熱い湯に身体ごと浸かる風呂の方が好きなのであまり使用していないのだが。
そう考えると、眼前の彼女……
「だよなぁ、確かに堅苦しくて嫌いだったわ」
ふと俺の口からそんな呟きが零れ落ちる。
女性用のスーツを着た記憶は全くなく、男性用スーツも日常的には使用していなかったと微かに記憶しているのだが……だからこそ余計窮屈に感じていたのかもしれない。
とは言え、そんな記憶すら今の俺には雲を掴むような話ではあるが。
「っと、これ以上は流石に、な」
そうこうしている内に、眼前の彼女が背中に手を回し……どうやらブラジャーを外そうとしているようだったので、慌てて俺は視点を操作して部屋から脱出する。
見たいという欲求はない訳ではなかったが……流石に相手に気付かれるリスクもないまま、一方的に覗き続けるってのは良心が痛んでしまう。
そんな、柄でもない罪の意識を背負ったのが悪かったのだろうか?
俺の
──違う、そうじゃない。
前に
ちなみに、このモードにすると各部屋についてある安全管理用のカメラが小さく赤く光るらしい。
市民たちは監視カメラが日常化したこの500年余り、日常化した監視カメラを意識から外し、あまり気にすることなく生きているらしいのだが……『男性から覗かれるモード』というのがあるという知識だけは都市伝説のように知られているとのことである。
もしソレを実行してみた場合、どういう反応を見せるのだろうか?
やるならやはり赤の他人ではなくて未来の
幾ら婚約者とは言え、親しき仲にも礼儀あり、だろう。
──どうせ、仕事しているだろうしなぁ。
俺が思いとどまった理由の一つが、あのワーカホリックを見てもあまり面白くなさそうという推測であり……もう一つがバストのボリューム的に覗いても面白くなさそうだったことは、この海上都市『クリオネ』のトップシークレットに位置付けるべき内容である。
「しかし、やべぇなこの監視システム」
次に猫耳族の女性たちが駄弁っているマンション前の空間で、視点を色々と動かして遊んでいるのだが……ばっちりローアングルでも見えてしまう。
スカートの中が思いっきり見えるのだ。
幸いにして、下着の色よりも尻尾がどこから出ているかの方に意識が向きがちなのだが……問題はそんなことよりも。
──やべぇ、全く反応しねぇ。
逆さ吊り系のアダルトビデオもそんな業者が捕まったニュースの後、どっかのインターネットアダルト動画サイトで何度か見た覚えはあるのだが。
今はそんな誰かの撮影を見るレベルではなく、自分の意思で視点を変え、好き勝手に歩き回る実在の人物のリアルタイムを見ているにも関わらず、俺自身は何の反応も示さない。
そういう窃視系の動画は、特に俺の性癖にぶっ刺さる類でもないものの、あの動画を見た時の俺はもう少しばかり興奮を覚えたような……
「……くそったれ」
もはや薄っすらとした記憶しかない、身体の奥底から湧き上がってくるあの心拍数の増加と股間に血流が集中する感覚が、全く欠片もさっぱり感じられない事実に、俺はそう悪態を放つ。
どうやら俺はまだ種馬に昇格できず、このままニート生活を続けなければならないようだった。
もう一度大きな溜息を吐き出した俺だったが、流石に長湯し過ぎた感覚があり……湯から身体を引き上げる。
「……やべぇ、のぼせたか?」
自分では全く気付かなかったが、俺はかなりの時間、湯に入って窃視を続けていたようで……身体の重心を保つのも難しいという有様だった。
尤も、こんな理由で湯当たりを食らうなんて恥ずかしくて口に出来る訳もなく……俺はただ精神力だけで風呂から上がると、全裸のまま脱衣所に寝転び。
──気温を3度ほど下げて、室内に気流を発生させる。
床上5cmのところで俺の身体を柔らかく受け止めてくれた仮想力場に身体を預けながら、気流によってじわじわ体温が奪われ始めたのを感じつつ、俺はもう一度大きく溜息を吐き出したのだった。
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